再演される恐怖(リバイバル・フィアー) その1
【1. 入魔の境界】
武蔵野の夕暮れは、境界が曖昧だ。 入間の市街地を抜けた先、狭山丘陵の深い雑木林は、かつてこの地が「入魔」と呼ばれ、大和の国に魔が入り込むのを防ぐ境界だった時代の空気を今も色濃く残しているのか。
出雲祝神社と呼ばれる既存の建物の中さらに奥、森の中のある一角にある小さな石の祠の前で、ある巫女姿の女性が立ち尽くしていた。 彼女は目をつぶり、何か集中しているようにして、立っているのだが途中で苦しくなったのか、その祠の中に入り戸を閉めた。
(またくるのか)
扉を閉めた瞬間、森のざわめきが完全に遮断され、真空のような静寂が奏を包んだ。 唯一の光であるコンソールの青白い反射が、彼女の顔を土気色に照らし出す。
【AUTHENTICATED ︓ KANADE IZUMO=SANIWAHIME】
少し苦しそうにふらつきながら、彼女は空いた扉から地下室につながる階段を下りてそして地下にある祠の大きさと想定できないほどの大きな祭壇のような広間にでた。祭壇なのにもかかわらず前方の壁には液晶がならんでおり、そしてそこに様々な場面が映っていた。その画面がみれるこの広間の中央と思しき場所にあるソファに彼女は頭を抱えながら座った。
眼をつむり、そして集中をさらに高めて時に何か意味不明な言葉をもらしながらしばらくそういていつものあの声をキャッチしようとしていた。
5分ほどしただろうか。
彼女はすこし安堵の表情を浮かべた
(また塗り替えられる)そしてソファーの前にあるタブレットを手にし、ある人物に通話をするのであった。
ーーー202X年。平穏とした日常が強い平和的な様相が続きに続いていたが、経済が弱り人々の中に不満が募っている中、大きな政治的なうねりも起こり時代が動き出そうとしているそんな激動を感じさせる時。
そんな世相とは別に古より紡がれてきたこの世界の運命をめぐる戦いに身を投じる血脈があった。それは古より祭祀の役割をしてきた一族の出雲家がその血脈を通じて賭してきた祈りによって世界の安寧を守ることを続けていたのだが、激動の世界情勢に合わせて日本の政府の内部ではその出雲家ゆかりのある人物の貴重な能力を通じて、日本の安全の運命を守るための組織WSIU(世界脚本調査班)を編成していた。その中心になっていたのが、SANIWAHIME=サワラヒメと呼ばれる出雲奏であった。彼女とその他のメンバー数名によって、過去世界には知られずにさまざまな防御がされてきていた。
出雲奏は天皇家とも縁が深い出雲家の子孫である。彼女は霊感によって世界の声が様々な方向に動き、ある種の歪みをつくり人の運命やそして文明の形に悪い影を落とす原因などを察知できる、ある種の啓示を受けられる巫女のような存在だった。
この出雲家は神話によると、出雲の祖神である大国主命が、かつて目に見える現実の政を天皇家へと譲り、自らは「目に見えない世界」――すなわち神事と精神世界を司ることを約束したことによって、出雲家は古来より祈りと祭壇を築くことで、この国(大和)の深層に澱む闇を調律し、安寧を保つ役割を担ってきたのである。
そんな出雲家の中に、ときより彼女のような、その祭祀に対して敏感な特殊能力者がでることがある。彼女は実に数百年ぶりの逸材いわゆる”ハナレのモノ”と呼ばれていた。
ヤマトというこの世界と幽界の境界線に立つことができるという立場を持つのが、(離れのもの)と言われ、彼女はその特異体質によって、神の声を聞く『キキミ』を実現していたのだ。しかし彼女が特殊だったのは、そればかりでなくその声を審くもしくは理解する『サニワ』という能力すら兼ねそねていた。これを一人でこなすのを『独りサニワ』と呼ぶのだが、歴史に数名程度しか現れていない特別な能力者だったのだ。
人は彼女をサニワのヒメと呼んでいた。
その彼女を中心にして、彼女の特異能力によってもたらされるある種啓示みたいなものに基づいて世界の安寧を保つため歪みを訂正するのがこの組織WSIUである。
何度となく世界の脚本の歪みを彼らは修正してきたのである。
ーーーーーー
奏がある人物に連絡しようとしたその瞬間、タイミングがよくタブレットに着信があった。それはWSIUのリーダーである九条蓮からの着信だ。
「かなさん。……報告があります。SNS上の認識汚染が臨界点を超えました」
その声の主は落ち着いた声で彼女に語り掛けた。彼がいうに、ネット上でのよくある陰謀論的なAIが人類を滅ぼすという内容の投稿がここ数日で増殖したという。過去似たようなことはあったが、どうも言葉の誘導が意図的に、古めかしいAI陰謀論になっていてあまりにもつくりものくさくあの組織の陰謀とWSIUは判断したとのことだった。
「これは意図的な脚本の改変だと思われます」
奏の啓示は確かに同じことを告げていた。彼女にはまだその生暖かい、霊界からの通信の感触が残っていたのだ。そして九条の言葉の改変という言葉が彼女の心に引っかかった。
「九条さん、今回もやっかいなことにならないといいのですが」
そうなることはわかっているのだが、いつものごとく奏はそう九条に返すのだった。言葉の思いや願いがまずは、一つの処方箋なのだから…
「空白」
奏ではつぶやいた。
「なんといいましたか」
「余剰」
そしてこれは彼女は彼に口をだしていえなかった。最悪のイメージだった。
「また沼が入り込んでいく。心の中の余剰部分にしみわたって。今回も脚本を守らないといけません」
「そうですか」
九条は久しぶりの改変の予兆に、そして奏のその心配げの声のトーンがいつもより彼の心をとらえた。彼は、眼鏡の奥で鋭く目を細めた。
「了解しました。奏さん、こちらで論理の座標を固定します。まずは処理に入ってください」
奏はまた目を閉じて何か感じとろうとした。ここからは、WSIUと同調して、改変を止めないとならない。深い瞑想とも祈りともわからない沈黙の中に彼女は入っていった。
読んでいただいてありがとうございます
世界の脚本とは何、そしてそれを変える組織の正体は




