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プロローグ
逃げ場を失った。
目の前の刺客が、にたりと歪んだ笑みを浮かべる。
振り上げられた剣先が、まっすぐこちらに向いた。
――まずい。
そう思った瞬間、
視界に、黒い影が飛び込んできた。
「――危ない!」
聞き慣れた声。
風に揺れる、長い黒髪。
次の瞬間、
剣の冷たい感触が、僕の胸ではなく──
彼女の背中を貫いた。
「……フィオナ…さま…?」
受け止めきれず、細い身体が倒れ込んでくる。
王女に手をかけたと気づいた刺客が慌てて
逃げ出していくのが視界の端に見えた。
縹色のドレスが、
じわじわと赤に染まっていく。
「……ランス…無事ね…よかった………」
それだけ言って、
彼女の瞳から光が消えた。
──違う。
守るはずだった。
死ぬのは、僕のはずだった。
「……フィオナ様……!」
何度呼んでも、返事はない。
胸の奥が、音を立てて崩れた。
──まただ。
世界が、音もなく、壊れていった。
「……っ!」
慌てて立ち上がったせいで、イスがガタガタと音を立てて倒れた。
誰もいなくなった図書室。
窓の外からは運動部の掛け声が聞こえる。
「また…あの夢か……」
あの時の感覚は今でもはっきり覚えている。
忘れたくても忘れられない、喪失感と罪悪感。
倒れたイスを戻してゆっくり腰を下ろす。
やり残した委員の仕事に渋々手をつけた。
季節は春。
運命が、またすぐそこまできていることを僕はまだ知らない。




