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呪いと祝福、そして人の話  作者: 灰色
本編 ファイル1 呪いと祝福
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ファイル1 呪いと祝福 エピローグ

 彩織の部屋は、家具などが新しくなっている事以外、全体的に暗く落ち着いた色合いも含め、ほぼ何も変わっていなかった。軽く見渡しながら歩くだけで過去の事を思い出させる。その中で透は懐かしい物を見つけ、その前で足を止めていた。やがて背後からドアの開く音が聞こえ、彩織が透の横に立つ。

「これ、まだ持ってたんだな」

 透の目の前には、ガラスのケースで大事に囲われている、一つの折り鶴が小さな座布団の上に置かれてあった。ただその折り鶴は綺麗な色紙でなく、普通のノートから破られた一枚で作られている。

「はい・・・今もまだ、先生の想いは色褪せておりませんので」

 と、彩織がガラスケースを取る。すると折り鶴は羽ばたき始め、彩織の周りを飛び、手を出すとその手に止まった。それは透が一年の家庭教師を終えて別れる少し前にプレゼントした物だった。想具となっている折り鶴は8年経ってもまだ動き、同時に想いの強さを表していた。

 彩織が一枚のノート用紙で作られた折り鶴を見つめる。それは、彩織が昔書いた遺書の書きかけだった。


 髪の美しさは変わらないが、まだ髪が短く、幼さの残る顔立ちの彩織が16歳当時。天海財閥は凋落の一途を辿り、両親から呪い人を呼び寄せたので既成事実を作れと言われ時はショックよりも、今の親ならありえるという諦めだった。

 彩織から見ても、親族は無能だった。過去のやり方に捕らわれ、新しい事を認めない。古い価値観と過去の成功例だけを拠り所にしている、どうしようもない存在だった。事実、仕事の経営などもすでに彩織がほぼ運営、指示しており、親たちは会議の場でそれを自分が提案したかのように言うだけ。天海家で彩織は財閥を動かすためだけの奴隷のような扱いだった。

 転機が訪れたのは透が家庭教師に来た時だ。資料で見た透の情報は呪い人と月白一族の者、それと写真から見たどこか抜けてそうなおじさんという印象だった。自分はこの人物の生贄になるのだと理解していた。

 初めて紹介で会った時、あまりの自分との違いに戦慄し、恐怖を覚えた。言葉遣いは優しく、表情も柔らかい・・・見た目だけは普通だったが、その中にある呪いが見えた。死、苦痛、恐怖、悲しみ、絶望・・・あらゆる負の感情がそこに集約されていると錯覚さえした。同時に自分以外の親族はそんな事を感じる事ができないほど無能になり果てたのだろうと思った。

 だが、透はことごとく彩織の予想を超えていた。透が来て、すぐに親が指定した下着や服を着て迫ったが、透はそれを見て笑うと服を着せ、そんな事はしなくていいと彩織に優しく言った。彩織をベッドに座らせると、本当に他愛ない雑談を始めた。

 それからはとても新鮮で、同時に強烈に印象に残る日々が始まった。本当に分からない事は教えてもらうが、それ以外はただ遊んだ。周りは訝しんだが、透が居る以上、親族もきつく言う事は出来ない。一年の季節ごとの行事を楽しみ、一年という月日はあっという間に過ぎ去って行った。


 透の家庭教師期間が終わる数日前、夜に彩織は自室で机に向かい、一枚のノートにペンを走らせていた。

「彩織ちゃん、何を書いてるんだ?」

 不意に声を掛けられビクっと彩織の身体が反応した。

 当初は天海さんと呼ばれていたが、親族が居るのでややこしく、呼び方を変える提案した所、透が今の呼び方に変えた。初めての呼ばれ方で最初は困惑したが、今では名前を呼ばれるたびに喜びを感じていた。

「え・・・あのちょっとしたレポートを。先生こそどうしてここに?」

 気付かれないようにノートを手で隠す。

「あと数日で家庭教師も終わりだから話でもしに来たんだが・・・部屋に居そうなのに声をかけても返事がなくてね。心配になって入ったんだ。すまないな」

 そんな事に気付かないほど、自分がノートに集中していてたのだと、その時彩織は気付いた。

「それで、レポートって何を書いてたんだ? 見せてほしいな」

 透に質問され答えに戸惑う。適当に誤魔化そうとしたが、透の目は真剣で言い逃れは出来ないと悟り、観念してノートを見せた。

「・・・なるほど。理由を聞いてもいいかな?」

 そこに書かれていたのは、書きかけの遺書だった。彩織を顔をうつ伏せならが答えた。

「先生が帰ると、私が失敗した事を親族は知るでしょう。後はもう、親の言われるがまま、政略結婚をさせられ、子供を作り・・・ただ天海家を存続させる道具になります。嫌だったんです。この一年の記憶が、他の何かに上書きされるのが」

 彩織が透の方をすがるように見つめる。

「だから・・・そんな事になるくらいなら死にたかった。最後くらい私の我儘を貫きたかったんです」

 透は彩織の背後に立つと、その両肩に手を置いた。

「君は勘違いをしている・・・」

 背後から声が聞こえる。いつも聞こえる透の声と、どこか少し違う声色だった。

「君には全てがある。天海財閥という財力、権力、コネ・・・それをなぜ利用しない」

「・・・」

「いや、もっと言うとなぜ親の言う事を聞いてるのかな? この一年ここにいたけど、もう財閥は君抜きに運営は不可能だ。逆に言えば、他は無くても問題ない。それは分かっているだろう?」

「・・・はい」

「もっと我儘になっていいんだ。俺といた一年。それを学んだはずだ。自分らしく生きる事がどれだけ楽しく大切で、それが天海沙織という人生だったという事を」

「あ・・・」

 彩織の肩に置いている、透の手の力が強まる。

「彩織ちゃん、君が幸せになるのに、本当に親族は必要かな? 君の幸せの邪魔になるのなら・・・それらの不必要な存在をどうするかは、すでに分かっているんじゃないか?」

「・・・!」

 彩織にとって、それは青天の霹靂だった。親の言う事だから聞いてきた。それが正しい事だと思っていた。だが言われてみれば、すでに財閥は親族が居なくてもなんとかなり、むしろ邪魔でしかなった。一年という月日は確かに天海財閥の彩織ではなく、天海彩織という一人の人生を感じさせていた。

 それを失う事と、無能で資産を食い尽くす虫どもを排除する事を天秤にかけた時、どっちに傾くかは明白だった。

「・・・」

 彩織は無言で肩にある透の手を合わせた。

「そうですね。先生の言う通りです。なぜ、私は今までそんな事に気付かなったのでしょう。どうして、こんな簡単な事を・・・」

 彩織は声を出す事なく、笑っていた。

「じゃあ、もうこれは必要ないな」

 そう透が言うと、書きかけの遺書をノートから破り、折り鶴へと変えた。折り鶴は想具となって羽ばたくと、彩織に寄り添うに辺りを飛び、その肩に止まる。

「これは俺からのプレゼントだ。いらないなら捨ててくれて構わない」

 彩織は椅子から立ち上がると、透を見つめ左手を両手で優しく包み込むように握った。

「透先生、必ずまたお会いしましょう。その時は本当の天海彩織をお見せします」

 満面の笑みを浮かべ、彩織は透を抱きしめた。


 折り鶴を見て思い出した懐かしい過去に、彩織は小さく笑うと、ガラスケースに折り鶴をしまう。そして透と別れて8年経った今、再び向かい合った。

「さて、じゃあこの8年間の、天海彩織の人生を聞こうか」

 透が優しく微笑んだ。釣られて彩織も微笑む。

「はい、まず先生と別れた私は、無能な親族全てを殺しました。今では仲良く墓に入って喧嘩でもしている事でしょう」

「それが、天海家への計画殺人事件だな?」

 その事件が起きた当時、日本のニュースはその話題で持ち切りだった。

「そうです。幸い親族は敵が多かった。呪罰ではなく、その手で殺したいと思われているほど。同時に呪罰裁判が開かれるほど、心を許した友人など誰もいなかった。あったのは打算的な人間関係だけでしたので」

「よく親族に対する呪罰裁判が開かれなかったな?」

「その辺は親族もバカでなく、確実な証拠は巧妙に隠していたようです。確実性がなければ、呪いは自分に最悪跳ね返りますからね。相手も躊躇したのでしょう。そこで私はそういった人達を集め、計画殺人の話をしました」

「しかし君も天海家だ。簡単には信用されなかっただろう?」

「そこは私も親族を殺したいほど憎んでいるという証拠を見せました。私が親族から受けていた奴隷のような仕打ちの音声や動画です。それで相手は信じて、中には同情して泣いてくれる方もいました」

「なるほどな。それで共犯関係になったわけか」

「今の時代、過去にあった闇バイトなどは無意味どころか、問題しかありません。一人が殺人を犯せばそれを指示した者や知っている関係者全てが呪罰で裁かれますからね。単独か一蓮托生の覚悟のある集まりしか犯罪は割にあわないのです」

「しかし、君は親族を殺した後、呪罰裁判を開いているな?」

「全ては計画通りでした。親族全員を一ヵ所に集め、私はアリバイを作り、恨みのある人たちに殺させました。勿論、その場で犯人は捕まり、私は唯一生き残った者として、呪罰裁判を開く宣言をしました」

「だが、あの呪罰裁判では誰も裁かれなかった」

「そうです。私が裁判を開いた理由は、天海財閥の不正や腐敗を、邪魔が入る事の無い場所で暴露する事にありましからね。カレスのセキュリティは高く、これ以上安心できる場所はありませんでした。私は殺した人達がいかに我が家に苦しまされていたか、そして同時に自分も同じ目に合っており、裁く事は出来ないと言って許しました」

「そうなると、君が怪しまれる。財閥の全てが君の物になるからね」

「はい、そこは親族の一人に身代わりになってもらいました。自殺に見せかけて殺し、偽の遺書を作成。計画殺人は天海家の非道を止めたい思いで行ったと。親族を殺した人たちは仲間ですからね、全員がその者から計画を持ち掛けられたと証言しました」

「そして通常裁判が始まった。あれは結果的に殺人を犯したのに執行猶予が付いた稀な判決だったな」

「すでに世間の同情は私たちにありました。多少情報操作もしましたが・・・SNSで自分の意志を持たない人達は大いに利用できました。それに呪罰裁判で私が暴露した中には行政や司法関係者も多く含まれ、一刻も早く判決を出したかったのですよ。少しでも早く身内の問題を風化させたいために」

「その後、君は18の時に正式に天海財閥の当主になったわけだ」

「それからも大変でした。不正した者は一掃し、ガタガタになった財閥を立て直すのは容易ではありませんでしたが・・・幸い私の味方になってくれる人達もいたので、立て直しは思ったよりも早く済みました」

「しかし、君が養子を取ったのは本当に驚いたよ」

 彩織は透の左手を両手で優しく包むように握った。

「私には先生だけです・・・。結婚する気も子供を作る気もありませんでしたが、財閥の後継だけは見つけておこうかと思っていました。幸い財閥は児童養護施設に寄付もしていたので、たまに顔を出して気になる者がいないか物色していたのです。私は21という年齢的に若かったですが、家の経済状況と身分などは折り紙付きでしたからね。問題なく書類は通りました」

「それが清花という人物か?」

「はい、あの子は他の子とは違う雰囲気がありました。調べて分かりました。心が壊れるには十分な出来事だと。あの子はその経緯から、異常に人の心に拘りがありました。壊れているが故の執着・・・財閥を運営するのには、壊れているくらいが丁度いいと思い、当時13歳の彼女を選びました」

「そこで予定外の事が起こった。君が俺に連絡してきた15歳の頃に起きた親友の件だ」

「ええ・・・あれは本当に困りました。対応を怠れば、あの子の心は本当に壊れ、使い物にならなくなる。語弊の無いように言っておきますが、私は親、家族としてあの子を愛してます。だからこそ、清花の清花たる理由。あの壊れた心を守りたかった。先生のおかげで事なきを得ましたが」

「まぁ、聞いた時、君に似ていると思ったんだ。だから、やる事はシンプルだった。本音でぶつかる事」

「それでも先生の助言のおかげです。本当にありがとうございました。月日は流れ先生を迎え入れる準備をしました。家と同居人の方の工房・・・そして星爛学園です」

「あの学園もか?」

「ええ、せっかく来ていただいても退屈させてはいけないと思いました。勿論、生徒たちを純粋に可愛く、大切にも思っています。ですが、先生をお暇にさせないには丁度いい物でした。様々な年代は数えきれない問題を抱えていますからね」

「確かに、いろんな意味で退屈はしてないよ。アンケートは特にな」

「そこは頑張って下さい。でも本当にどうにかしたい時は、こちらでなんとかしますので」

 そう言うと、彩織は一呼吸置く。

「透先生、これが私が先生と別れて行った事です」

「では最後に、君の答えを聞こう」

 透の手を握っている彩織の力が強くなる。8年越しの答え合わせの時が来た・・・。

「昔の私なら、先生に傍に居てほしい、先生の傍に居たい・・・そう言ったでしょう」

「今は?」

「・・・今、先生は私の見える所、手の届く場所にいます。だから、もう放しません。遠くにも行かせません。私が死ぬ時まで傍に居てもらいます・・・どんな手段を使っても。それが私、天海彩織です」

 そこには覚悟と決意の瞳、そして恍惚とした表情の彩織が居た。

「彩織ちゃん、君は本当に・・・」

 透は右手を彩織の頬に当てると、ゆっくりと何かを確認するように撫で、

「俺好みに育ったなぁ」

 本当にただ優しく微笑む。ぞっとするほどに・・・。

「・・・っ せんせぇ・・・」

 彩織は思い切り透に抱き着いた。満面の笑みの中、大粒の涙が彩織の頬を伝う。

 透の言葉は間違いなく昔も今も呪いだった、だが彩織の全身を満たす幸福感は、同時に極上の祝福でもあった・・・。


~ファイル1 呪いと祝福 完~

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回更新は未定となっております。

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