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呪いと祝福、そして人の話  作者: 灰色
本編 ファイル1 呪いと祝福
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ファイル1 呪いと祝福9

 呪罰裁判が終わったその日の夜。透たち三人は彩織に夕食会に招待され、天海家の屋敷に来ていた。豪邸と言って差支えの無い年代と風格を感じさせる巨大な屋敷は、一部修繕したのか透が過去に来た時とは少し変わっている部分もあった。

 豪華な食事に舌鼓を打ち、食後の飲み物を飲みながらゆっくりと話をしていた。席は四つあり、透と彩織、清花と正幸に分かれている。

「ご飯、メッチャ美味しかったです。でも本当に俺も良かったんですか?」

 見た事の無い豪華な料理に装飾、雰囲気全てに慣れない正幸は気後れしていた。親には彩織から連絡をいれてあり、快く許可をもらっていた。

「お気になさらずに。裁判を見ていましたが、遠藤さんは立派でしたよ。想具の扱いも丁寧でとても関心しました」

「え? いやぁ、そういってくれると嬉しいです」

 彩織に褒められた正幸が鼻の下を伸ばす。

「お義母さん私は?」

 対抗するように清花が聞いた。

「貴女は・・・カレスの職員としてはまだまだでしたね。裁判前に資料を読みましたが、特に吉川さんの事に気付いていなかった点が」

「う・・・それは反省してる。なんかいろいろ考えてたら結局大事なとこ見落としてた。先生はいつ吉川先輩の事に気付いたの?」

「最初、病院で会った時から気にしてた。普通の怪我じゃなくて、自殺未遂だったからな。親族以外の人が居る事自体、親しい間柄だろうと。だからスマホに着けてたキーホルダーも覚えてたんだよ」

「じゃあ、確信は両親に聞きに行った時? あの時、先生笑ったから」

「そりゃそうだ。呪想具に使う大事な物を、両親があまり知らないとか普通ありえない。それで吉川さんが似た物を着けていた事を思い出してな。職員に急がして両親を調べ直させたんだよ」

「先生・・・ちゃんと先生してたんだねぇ」

「お前は俺を何だと思ってたんだ・・・。だがまぁ、裁判で天海さんも良くやったよ。そうだな、彩織ちゃん」

「そうですね、至らぬ点があったとしても私の娘としては上出来でした。よく、過去の事を話しましたね」

「あれはまぁ、必要かなって思っただけよ」

「あの時、天海が急に叫ぶからビビったぜ。まぁ、話を聞いてなんとなく察したけど」

 好みである甘めのコーヒーを正幸が飲みながら言う。

「しかし、今回の裁判。結局上原先輩自身はどう思ってたのかな」

 思い出すように清花が言う。どうあれ成美は殺され、そしてすぐその後を高志も追う事になる。救いがないような気がしていた。

「そうですね。上原さんの思い通りになったと言う事です」

 彩織の答えに清花と正幸は驚いた。

「死んだのに?」

「死んだのに?」

「それがどうかしましたか? 上原さんの目的は野村さんを自分だけの物にする事。吉川さんも言っていたでしょう。賭けに勝ったと。上原さんのスマホに動画があったのも、相手を縛る為か、あるいは大切な思い出・・・結果だけ言うなら、上原さんは自分の幸せだと思う結果を得たという事です」

「あー・・・なるほど。すっきりはしないけど、そうなるのかぁ。でもやっぱ、最後の吉川先輩見てると、上原先輩にも生きていてほしかったなぁ」

 呪罰をした紀子の表情が清花と正幸の脳裏に焼き付いていた。テレビとは違って直に体験する事は思っていた以上に強烈だった。

「ま、結局他人の心なんて分からないってことだ。それでも出来るだけ寄り添うために呪罰裁判がある。お前たちはこれからもいろいろ体験するだろうから、覚悟だけはしておくように」

 透が言うと、二人は短く返事をした。

「ああ、そうだ。天海さんと遠藤さんは、今後パートナーを組んでもらう」

「え? なんで?」

「なんだよ天海、俺じゃ不満かよ」

「いや、そうじゃなくてただの疑問」

 やれやれといった感じで透は二人のやり取りを見ていた。

「理由はどっちかっていうと天海さんの方にある。別に天海さん自身に問題があるんじゃなくて、天海財閥の看板だな。今回見て分かったが、遠藤さんの天海さんに対する壁のない対応は今後必要になる。分かってると思うけど、他の人となんとなく壁があるのは分かるだろ?」

「それはまぁ・・・そうだけど」

 天海財閥という名前は憧れ以上に、時に畏怖される物があった。

「呪罰裁判において、そういった遠慮とかあると、今後問題が起こる可能性が高いからな。まぁ、こればっかりは仕方ないと思ってほしい。今後遠藤さんような本当に気兼ねなく話せる相手できたら、またその時考えるよ」

 理屈は理解できたが、タダで言う事を聞く事に抵抗があった清花は一つの提案を出した。

「それでもいいけど、その代わりこっちも一つ提案があります」

「ん? なんだ? 無茶な事じゃないならいいが」

「今後、私の事も名前で呼んでください。勿論、ちゃん付けで」

「はい?」

 透が間抜けな声を上げた。

「お義母さんと一緒だと、天海さんと呼ばされた時、どっちか分からない。あと、なんか距離を感じるので。ここらでグっと距離を縮めよう」

「あ、待てよ。天海だけずるいだろ。それだったら俺の事も下の名前で呼んでくれよ。俺は君でな」

 困った透は理事長である彩織を見た。

「なぁ、これって贔屓にならないか?」

「そうですねぇ・・・まぁ、私の娘という時点でアレですし。本人たちが直接希望してるなら大丈夫かと。問題視されるのは、勝手に性別の判断で呼ばれる事ですから」

 二人を見ると、早く呼べといった感じで目を輝かせていた。透が軽い溜息を吐く。

「分かったよ。これからも頑張れよ、清花ちゃん、正幸君」

 二人は透の言葉を聞くと、なぜか勝ち誇った顔をしてハイタッチした。そんな様子を透と彩織はやれやれと言った感じで眺めている。やがて一息つくと、清花が思い出したように言った。

「そう言えば先生は私の事知っていたみたいだけど、お義母さんが話したの?」

「そうですよ。先生と別れてからの8年、先生に連絡を取ったのは貴女が中学生の時と、今の星爛学園に呼んだ時くらいですが」

「そういえば、結局お義母さんって、先生とは家庭教師の時に初めて出会ったの?」

 と、そこで透と彩織はお互いを見合う。透が頷くと彩織が口を開いた。

「透先生とはそうですが、月白の名は別です。ほぼ知っている人はいませんが、月白一族も呪術者の家系なのです。ただし、完全な裏方で」

「裏方?」

「日本には天海を含め有名な呪術者の家系はありますが、ほとんどは政治や経済などの太いパイプを作り、表の世界に進出しました。しかし、月白家は一切そんな事をしなかった。呪術者の中でも絶対に触れるなと言われるほど、謎に満ちている家系なのです。私も正直、先生の過去の家業については詳しく知りません」

 そこまで言うと、意味ありげに彩織は透を見た。暫く顎をさすりにながら考える仕草をする。

「まぁ、俺んとこも今の世界になって、すでにほぼ廃業してるしなぁ。早い話、俺の家系は呪術者を殺す事を生業としていたんだよ。今はみんな呪術研究とか、好きな事してるけど」

「・・・え?」

 予想外の答えに清花が驚きながら声を上げ、彩織と正幸も同じ表情をしていた。

「バランス取りってやつだ。一強にならないように、適度に危険な人を刈り取ってた。何でも一つだけ強いのが残ると、ろくな事がないからね」

「それって、他の人から目の敵にして逆に殺されるんじゃ?」

「それは無理かなぁ。日本の弱点は無駄に血の濃さへの拘りや閉鎖的な考えにあるからね。俺たちは海外とのパイプが太かったんだよ。お互いに情報交換や呪術の教え合いとか。月白が使う呪術は、日本と海外のを混ぜたオリジナルだから、知らない人から見ると、訳の分からない殺され方で防ぎようもなかったんだ」

「なるほど・・・それで過去の文献で月白家の話が妙に少ない事が分かりました。どの文献にも、月白の呪術だけは、意味が分からないと書かれていましたね」

 納得したように彩織が頷いた。

「ま、スパイとか送って来ても、その翌日にはそいつ家に死体で送り返してたからな。相手からしたら、なんで? っていう感じだったろう。今、一緒に居るセラもそういった関係で知り合った家系になるし」

 その名前を出した時、正幸が食いついた。

「セラさんって、あのセラ・フロレスさんだよな! 呪い人でカレスの想具部室長で、現在世界一の想具士って言われてる!! 俺たちの憧れなんだよなぁ。先生、いつか会わせてくれよ!」

「あー・・・あいつ気難しいし、半分引きこもりだし、気紛れだからなぁ。ま、機会があればその内な」

 どこか困ったように透が答えた。

「しかし、先生とうちってそんな接点があったから家庭教師とか呼べたんだ」

 感心したように清花が言う。

「ま、俺の家系はあまり他と関りは少なかったんだけどな、当時の天海家の様子を知りたかったのが大きかった。落ちぶれて見る影もなかったが、特に彩織ちゃんの扱いは酷かった」

「え? 酷いってお義母さんは正式な跡取りとかじゃなかったの?」

「事はそう単純ではないのです。呪いが一般的になると、それは優位性を失いました。しかし、天海の人間は胡坐をかいて、凋落の一途。他の呪術者が新しい道を模索するのに、古いやり方に固執・・・本当に無くなるかもとさえ言われていたんです」

「今の天海財閥を見てると、全然想像が付かないなぁ・・・」

 正幸が今いる部屋を見渡す。どこにも高そうな物が置かれ、日本は特に財閥傘下の企業も多い。

「透先生が呼ばれたのは、家庭教師ではなく、天海家の威厳を取り戻すためだったんですよ」

「なんで先生が来たら威厳が戻るの? 関係なくない?」

 清花が疑問を口にする。

「私は先生への貢ぎ物・・・ある意味、生贄だったんです」

 その言葉に清花と正幸が驚いて反応した。

「私が両親に言われた事は1つ。一年間の間に先生と既成事実を強引にでも作る事だったんです」

「えぇぇ・・・なんでそんな事を」

「簡単な話です。既成事実さえ作れば、例え先生が居なくなっても、呪い人と関係を持った者として箔が付きます。両親はそれが欲しかったのよ」

「そんな無茶苦茶な・・・」

 そこで思い出したように透が笑い出した。

「先生、どしたん?」

 正幸が訪ねる。

「いや、あの当時は面白かったなと。俺が呼ばれて2、3日経った夜に彩織ちゃんが夜這いに来てな。勿論両親の意向だったんだろうが、バスローブの中に下着姿。それがまた、見た事もない下着でさ。色気どころか逆に笑える恰好だったんだよ。あ、ちなみに勿論手は出してないぞ」

「と、透先生・・・あの事は忘れて下さい。アレは両親が勝手に作った物で私の趣味ではありませんので」

 普段冷静で落ち着いている彩織が顔を赤くして言う。清花にとって初めて見る表情だった。

「それに彩織ちゃんは、メチャクチャ優秀でな。ほとんど俺が教える事なんてなくて、結局1年ほぼ遊び倒した」

「それ職務放棄なんじゃないの? 月に給料どれくらい貰ってたんだよ?」

 下世話な質問を正幸がした。その質問に透は指を1本立てる。

「んー、百万? いや、呪い人と天海家のお金持ち度を考えると一千万くらい?」

 正幸の予想に透は首を横に振って答える。

「月、十億だ」

 その金額に思わず正幸と清花は飲み物を吹き出しそうになった。そんな二人を見た彩織が言う。

「それでも安いと私は思っていますよ。呪い人の後ろ盾があれば、その程度の金額は即取り戻せますからね。貴方達が思っている以上に呪い人の価値は凄まじいのです。世界は呪い人をこぞって取り合ってますからね。呪い人のいる国はその恩恵を受けますから」

「ホント、いろいろあった1年だったよ。春に花見をしたら水と間違えてお酒を飲んだ彩織ちゃんが酔って吐いて・・・」

「あの、先生、本当にあの当時の事は・・・」

 透は彩織が止めようとするが構わず続ける。

「夏は山で遭難しかけ、海では浮き輪ごと波に攫われて助けるはめになり、秋は落ち葉でサツイマイモを焼いていたら山が火事になりかけて、冬は雪合戦をした後に熱を出して付きっ切りで看病をしたり」

『・・・・・・』

 普段と違う彩織の人物像に、清花と正幸がポカンと口を開けて彩織を見つめていた。

「ま、まぁ私も若かったのですよ。当時16でしたし、勉強や仕事以外に遊ぶ事などほぼなかったので」

「本当、楽しかったな・・・。今でも鮮明に覚えてるよ」

 透のしみじみとした声に、一言では表せない感情が込められているようだった。

「そうですね。私にとっても、生きてきた16年以上の意味と価値がある1年でした。本当に・・・」

 瞳を閉じ、小さく笑う彩織の表情は幸せそうだった。透と彩織の二人だけの空間と時間がそこにはあった。暫くしてから彩織が目を開けると部屋の時計に目を止めた。

「そろそろ良い時間ですね。お開きにしましょうか。遠藤さん、表に車を用意してあるので、それでお帰り下さい」

「あ、いろいろありがとうございます。本当に美味しい料理でした。とても楽しかったです」

 そう言うと夕食会はお開きなる。


 四人で玄関まで行き、そこで彩織は正幸にお菓子などの入った手土産を渡すと、正幸は透たちに手を振って用意されていた車に乗って帰って行った。

 姿が見えなくなるまで見送ると、おもむろに彩織が口を開く。

「透先生、積もる話もありますでの、私の部屋で先に待っていてくれませんか? 少し、清花と話をしてから参ります。場所は昔と変わっていません・・・覚えていますか?」

「大丈夫、覚えてるよ。じゃあ、先に行って待ってる」

 透は清花と彩織に手を振ると屋敷の中へと消えて行った。彩織は清花と向き合う。

「さて、清花。貴女が中学生の時に起きた事を、先生には相談しています。機会があればお礼を言っておくのですよ」

「はーい」

「あと、今日は私の部屋に近づいてはいけません」

「積もる話でしょ? 分かってるって。あ、でも先生今日はどうするの?」

「今日、先生はこちらで泊まる事になっています。答え合わせをしないといけませんからね」

「? ・・・まぁ、いろいろ話はあるよね。じゃあ、話が終わったあと先生と話をしたいから、どこの部屋か教えてよ」

 その質問に彩織は顎に手を当てると少し考えてから答えた。

「私の部屋に泊まります」

「・・・え?」

 そこで彩織は妖しい笑みを清花に見せた。

「ですから、今日は私の部屋に近づいてはいけませんよ?」

 そう言うと、清花を置いて自分の部屋と戻っていく。その背中を清花は呆然と見送り、暫くして呟いた。

「8年越しかぁ・・・こりゃあ邪魔できないや」

 と、チョーカーをさすりながら清花も自分の部屋と帰って行った。

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