1-2 叔父
翌日、ルクスは約束通り、エレティクとの修行のために指定された広場に向かっていた。空は澄み渡り、風が静かに吹き抜ける午後。普段なら穏やかな日常が広がる場所だが、今は何かが違う。ルクスの心は静かではなかった。
広場には、すでにエレティクが待っていた。黒いマントとフードで姿を覆ったその男は、静かに立っている。ルクスが近づくと、エレティクは振り向きもせずに言った。
「遅かったな。」
ルクスは深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。そして言った。「すみません。今日は何をするんですか?」
「まずは、業についての基本的なことを教えてやろう。」
エレティクはゆっくりと歩きながら、ルクスを広場の中心に導いた。
「お前には可能性がある。だが、それを引き出すためには力が必要だ。力を手に入れなければ、この先何もできない。」
エレティクの言葉は、最初こそ曖昧で掴みどころがないように感じられたが、徐々にその意味がルクスの中に染み込んでいった。
「君が使うことになる業の力、その大部分は心から来ている。イグニスのような火の業であれば、単に炎を出すだけでは力は発揮されない。火の業を使いこなすためには、その火がどのように燃え、どのように動くのかを感じ取ることが必要だ。」
ルクスは真剣に耳を傾けた。単に炎を操る力だと思っていたが、どうやらそれだけでは足りないらしい。
「心の中でその火をどう扱うかを理解し、その感覚を感じ取ることだ。だが、もっと大事なことがある。」
エレティクは立ち止まり、ルクスをじっと見つめた。
「君の心が乱れていると、その火は暴走する。制御できない力を使っても、ただの破壊にしかならない。だからこそ、君はまず心を落ち着け、穏やかにすることから始めなければならない。」
ルクスはエレティクの言葉を心に刻むように受け止めた。心を整えること、そしてその先に待っている業の力を使いこなすこと。それが自分にとっての試練だと感じた。
「業。それは世界にもお前の体内にも流れる力、ウィースを操る力だ。業にはいくつかの種類がある。自然系、付与系、そして…特別業。」
最後のことばは聞き取りずらかった
「最後、なんていいました?」
「あーそれはまたあとででいーんだ」
業とは、ウィースというエネルギーを使って発動する力のことだ。そして、それは種類ごとに異なる力を発揮する。自然業には、火の炎や水の水禍などがあり、付与業には強化や変化の力がある。
これは授業でも聞いたしみんなしっていることだ知っていることだ
「お前が今から学ぶのは自然系の一つ、火の業、炎だ。
五級業だな」
エレティクは、ルクスに向かって手を差し出した。「炎は基本だが、習得するには相応の鍛錬が必要だ。」
ルクスはその言葉を聞き、少し不安そうに眉をひそめた。
「使えるようになる。」
エレティクは冷静に答えた。
「お前の中には力が眠っている。俺が引き出してやる。」
ルクスはその言葉に勇気をもらった。確かに、自分の中には何かが眠っているような気がしていた。業を使えない自分が、これからどう変わるのか分からないが、エレティクが言うように、この修行が自分を変える一歩なのだろう。
「それじゃ、早速始めようか。」エレティクは軽く笑った。「まずは基本からだ。足元の地面に意識を集中してみろ。」
ルクスは、エレティクの指示に従い、足元に意識を向けた。すると、地面の感覚が手に取るように感じ取れるようになった。それは、まるで自分と地面が一体になったような感覚だった。
「今、地面のウィースを感じただろう?」
「うん、ちょっとだけだけど…」
「その感覚を大事にしろ。そして、次は火――自分の中の火を感じるんだ。目を閉じて、火の気配を感じ取れ。」
ルクスは目を閉じて、手のひらを前に出した。しばらく無音の中で沈黙が続く。突然、ルクスの手のひらに微かな熱が伝わる。その熱を感じ取った瞬間、ルクスの心臓が高鳴った。
「感じたか?」
「うん、ちょっとだけど…あった。」
「それがのウィースだ。お前の手にその力を引き寄せて、今度はそれを放出するんだ。」エレティクは、ルクスにさらに指示を出した。
ルクスはそれを試みようとするが、どうしてもその力をうまく放出できない。手のひらに集中し、エレティクの指導を受けながら何度も繰り返すうちに、ようやく手のひらから微弱な火花が飛び散る。
「よし、初めてだ。だが、これではまだ弱すぎる。火の力を完全にコントロールできるようになるまで、続けていくぞ。」
エレティクの言葉に、ルクスは深く頷いた。この先、どんな困難が待っているのか分からないが、修行が始まったことを実感した。そして、今はその一歩を踏み出せたことに、確かな達成感を感じていた。
「僕はもっと強くなりたいです!」
ルクスは目を見開いて宣言した。
「その意気だ。だが、気をつけろ。力が強ければ強いほど、その力を使うには慎重さが求められる。特に一級業に至ると、その影響力も大きくなるからな」
ルクスは真剣な表情で頷いた。
___________________________________
一方そのころ
アトランティア帝国某所
エレティクの動向を追い詰めるために、いよいよ本格的な手を打ち始めた。彼が一級指名手配の対象となってから、その足取りは誰もが警戒するようになった。帝国中の高官たちは、エレティクの異常な存在に目を光らせ、ついにその捜索を強化することを決定した。
「エレティクが一級指名手配になった時点で、ただの市民というわけにはいかなくなった。」
アトランティア帝国の重臣であるガルフィウス・ディリクス侯爵は、部屋の中で厳かな声を発した。
「彼が何を隠しているのか、それが明らかにし、帝国の安定を脅かす存在として捜索を強化せねばならない。」
「でも、侯爵殿、なぜあの男がここまで注目されるのでしょうか?」
アダス・ヴォルフが、少し不安そうに尋ねた。彼はまだエレティクの真の危険性を理解していなかった。
「オレイヤ家だ。」
ガルフィウスは冷徹に言った。
「エレティクの一族は、特別業の使い手を多く輩出してきた家系なのだ。特別業を使う者が歴代で何人も出ている。そうした特別業持ち主が何者かに誘われて行動を共にすれば、帝国全体を揺るがしかねない。」
「特別業……。」
アダスはその言葉を反芻し、エレティクの存在に対する理解が少しずつ深まってきたように思った。
「だからこそ、あんなにも注目されているわけですね。」
「その通りだ。」
ガルフィウスは言葉を続けた。
「特別業は、普通の業とは異なり、通常の法則を超越した力を持つ。しかし、それを使う者がいる限り、その力は帝国の支配を脅かす可能性がある。エレティクのように無防備に見えて、実際は何かを隠しているような人物こそ最も危険だ。」
「では、私たちはどうすべきですか?」
アダスは焦りの色を見せることなく問うた。
「彼を追い、排除しなければならない。」
ガルフィウスは低い声で決定的に言った。
「エレティクが何を隠しているのかを解明し、それが我々にとって脅威となるものであれば、最悪の事態を避けるために迅速に動かねばならない。」
その言葉にアダスは深くうなずいた。オレイヤ家の特別業の使い手が持つ力の恐ろしさを、理解したからだ。エレティクがただの逃亡者ではなく、
帝国の権威を脅かす可能性を持つ存在であることを、彼はひしひしと感じていた。
「エレティクを追う準備を進める。情報を集め、確実に彼を追い詰めろ。」
ガルフィウスは部屋を支配するように言い放った。
「もし彼が何を隠しているのかがわかれば、帝国にとって最も必要なことが見えてくる。」
その言葉が響く中、アダスは改めてエレティク=オレイヤを知った