第十二話
次の日
昨日の徹夜のせいでとてつもない寝不足状態だ。おまけに少し頭も痛い。完全に自業自得なので私はしぶしぶ布団から出て朝仕度を済ませる。
「早く寝るようにって言ったじゃない。」
母には全部お見通しなようで笑いながらお弁当を渡してくれた。
「私、まだ何も言ってないけど…!」
私は思わず母を見て笑う。エスパーみたい。
「研究所には修学旅行が終わった次の土曜日に行く。」
「じゃあ一か月後ね。」
母はそう言ってカレンダーに印を付けた。
仕度を済ませ家を出ると私は最寄り駅まで歩いた。思っていたよりかなり深刻な頭痛で、先が思いやられる。
一応、家を出る前に痛み止めは飲んできたのだが原因が寝不足の頭痛に痛み止めが効くはずがない。学校ではどうせ馬鹿なキャラだし、授業中に寝ていても怪しまれないので今日は一日中寝て過ごそうじゃないか。
電車では奇跡的に空席があったため、座って少し楽になった。しかし眠りにつこうとする頃に桜ケ丘駅に着いてしまった。
だるい体でトボトボと歩いていたせいで研究所宛の郵便をポストに投函するのを忘れてしまった。帰りは絶対に投函しなくちゃ…。
「おはよー。」
教室に入った私は優花に挨拶をした。
「おはよう静羽。眠そうだね。」
こうなった根本的理由はおまえにあるんだよ!と思いつつ私は「寝不足なの」と答える。
優花はジャージの袖をほんの少し捲りながら笑った。
「ちょっと待って。今日って体育何時間目だっけ?」
私は教室をぐるりと見渡す。
優花のみならず周りのみんながジャージを着ている。そっか、今日は体育があるんだっけ。
「二時間目だよ。」
「そっか。じゃあ着替えてこないと…!」
私は自分のロッカーからジャージを取り出して更衣室に向かった。
二時間目が体育というのは誤算だった。この状態では一時間目に休んでも、体育はきつい気がする。
テキパキと済ませたつもりだったが、ジャージに着替えて教室に戻ったのは一時間目が始まる直前だった。
私はそんなにゆっくり歩いていたっけ?と思いつつ、急いで英語の教科書を取り出して席に着いた。
授業が始まると私は一瞬で眠りにつき、あっという間に50分が過ぎているのだった。
「静羽。次、体育だよ。起きて。」
授業が終わると優花が私を起こしてくれた。
「私、寝言とか言ってなかった?」
「全然。英語の先生が何回も静羽に話しかけてたけど、あまりにも静羽が起きないからみんな笑ってたよ。」
「やだ。恥ずかしいな…!」
まあ、これくらい馬鹿な方が演技的には都合がいいのだが。
私たちは急いで体育館に向かって、到着するとすぐに二時間目が始まるのだった。
今日の授業はバスケらしい。長距離走じゃなくてよかったなと思うが、もちろん今も頭は痛いので憂鬱な気分だ。
チームは適当に先生が決めてくれていて、今日は試合形式での練習が中心のようだ。
学校での私はおバカキャラだが運動神経は良いという設定なので、試合中はみんなにボールをパスされた。
ボールをもらったからにはそれなりに動くし、シュートも決めるのだがそんなことよりも頭が痛かった。
こんなに動いたら絶対に体がもたない。そう思っていると、すぐに私は立っていられなくなった。フラッと体が浮いて倒れる。
衝撃力の計算公式は質量と速度をかけた数を時間で割って…。ダメだ。計算が間に合わない。痛いだろうなと思って身構えると、私は優しく誰かに抱きしめられていた。
「先生。坂口さんが。」
駿の声だった。二人きりの時は名前で呼んでくれるが学校では苗字で呼ばれているんだっけ。
体育の先生はすぐに私の方へ駆け寄ってきた。
「すみません。ちょっと頭が痛くて。保健室行ってきます…。」
私はゆっくり立ち上がる。
「本当に大丈夫なのか?柴田、付き添ってあげてくれ。」
みんなに見つめられながら私は駿と二人で体育館を後にした。
「なんで助けてくれたの。」
「朝から体調悪そうだった。」
なんだ。駿はずっと気づいていたのか。
「夜通しリーマン予想解いてたら寝不足になっちゃって…。ちょっと頭痛がひどい。」
「懸賞問題を一晩で解こうとするな!」
私はふふっと笑った。
「無理はしないでほしいけど…。元気になったらすぐに戻ってこいよ。」
駿がそう言うと私たちは保健室の扉の前で別れた。
ああ。なんだこの優しさは。ずるいよ。
「どうしましたか。」
保健室の先生は私を椅子に座らせ、体温計を差し出す。
「熱はないと思います。寝不足で、少し頭が痛いです。」
「とりあえず熱は測ってください。」
いわれるがままに体温計を脇に挟み、ぼーっと時計を眺めた。
少し頭痛が和らいだ気がする。たぶん駿が私を受け止めてくれた時に抱きしめられたから、オキシトシンが分泌されたんだ。痛みにも効くんだな。
ピピッ ピピッ
体温計が鳴って私は体温を確認する。
「37.8」と書かれた体温計を見て私は少し驚いた。
「微熱だね。少しベットで休んで、よくならなかったら早退にしましょう。」
保健室の先生にそう促され、私はベットに入った。
横になって私は自分のおでこに触れる。
いや。絶対に熱はないって。
これはたぶん駿のせいだ。