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第十一話

 

「今日は基礎練に重点をおく。正しいフォームを意識することが目的だ。本数よりも質を重視すること。わかったか?」 

 

 バド部顧問の黒田先生の言葉に皆は「はいっ」とキレのある返事をする。 

 

 ぼーっとしていた私は「はっ…。はい!」と遅れて返事をして、黒田先生に集中しろと注意されてしまった。

  

  

 修学旅行の班が決まってから今日はずっとこの調子だ。別に班員に不満があるわけではないのだが。ただ、なんとなく駿と同じ班になれると思っている自分がいた。 


 駿と同じ班になれなかったことは自分にとってそんなに残念なことなのか…? 

  

 なんとも思っていないはずだったが、自分の中の胸騒ぎは収まらなかった。 

 

 

「坂口。体調でも悪いのか?」 

  

 考え事をしながらメニューをしていると、黒田先生はそんなことを尋ねてきた。 


「いえ。すごい元気ですよ!でも少し眠くて。」 


 ぼーっとしている理由は誤魔化す。 

 

「無理はするなよ。」 


「はい。」

  

 別に無理はしていないと思いつつ私は練習に集中する。 


 それでもラケットを握る右手に力が入ってしまい、いつものようなキレのある動きはできなかった。 

 

 何で駿のことを考えて悩んでいるのだろう。 

 

 ()()()の自分はきっとこんなことで悩んだりしないだろうと吹っ切れて私は無我夢中になって体を動かした。 

 

 

 部活が終わり、私はさっさと校門を出た。

 

 早く帰ってミレニアム懸賞問題でも解きたい気分だ。ミレニアム懸賞問題とはアメリカの組織が発表した懸賞金のかかった未解決の数学問題のことなのだが、これを解いているときは無心になれる。 


 一問一億円の懸賞金がかかっているため、簡単に解けるような問題ではないのだがこの「証明できないという」絶妙なストレスが良いのだ。

  

 数学が私にくれるストレスの方に気が向くため大概のいやなことは忘れられる。 

 

 今日は「リーマン予想」の気分かなと思いつつ足を進めていると、自分の名前を呼ばれた。 

 

「静羽!」 


 振り返ると駿がいた。 


「優等生くんどうしたのかな?」 


 私は明るい声で返した。 

 

「いや。別にいいだろうなんでも。」 

 

 駿はそう言って私の隣を歩いた。 


「用事がないのに話しかけるなんてらしくないぞ。優等生くん。」 

 

 私は明るい声で続けた。

 

 そして小さな声で呟いた。 

 

「駿のせいだからね。同じ班になれなかったとか、つまらないことでがっかりするようになったのは…。」 

 

「やっぱり。俺たちあの時、同じこと考えてたんだな。」 

 

 駿はそう言って笑った。 

 

「俺も。お前と同じ班がよかったな。」 


 私たちは目を合わせて笑った。


「まあ、俺たちは修学旅行を理由にしなくても二人で会えるだろう。終わったらまた遊ぼう。」

 

 駿は照れながらそう言った。

 

「約束だよ。」


 「もちろん。」

  

 修学旅行をきっかけに優花に気が変わりませんように。


   

  

 「じゃあな。」

  

 駅で駿と別れる時、今度は私が駿の腕を掴んでいた。

 

「オキシトシンが必要なんだけど。」

  

 そう言って駿を見つめる。ストレス緩和のためだから。だから…。  

  

 駿を抱きしめようとした。

 

 しかし()()()()が働き、どうすることもできなかった。

  

 駿は不思議そうな顔をしている。 

  

 「ごめん。なんでもない。」 

 

 私は明るい声でそう言って足早にホームへ向かった。 


 ■■■ 

   

 その日の夜、私は部屋でミレニアム懸賞問題に向き合っていた。証明したい内容も大まかな論理もわかるのだが、それを証明するのはやはり難しい。

  

 コンコン

 

 部屋の扉がノックされ母の声が聞こえた。 

 

「静羽入るわよ。」 

 

「はーい。」 

 

 母は私に封筒を差し出す。

 

「国立研究所からよ。次はいつ行くの?」 

 

「うーん。修学旅行から帰ってきたら行こうかな。」 

 

「そう。決まったらお母さんにも教えてね。」 

 

「もちろん。」 

 

 早く寝るのよ、と言って母は部屋を出ていった。

 

 母からもらった封筒の中身を読み、返信用の封筒を取り出す。私は書類に必要事項を書き記して封筒に入れて封をした。

 

 明日学校に行く途中にポストに投函しようと思い私はリュックの中に封筒を入れる。


「研究所ね…。」

  

 一人で呟いていた。いけない。今は余計なことを考えたくない。


 その後は母の言葉を無視して、日付が変わるまで懸賞問題とにらめっこするのであった。

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