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情報素魔術と軍事魔術

(追記:11/15 タイトルの記載ミスを修正)

コトルニロビクの章


 さて、トトリの章では情報素理論からみた魔術について記載した。

 情報素魔術を学びにこの本を訪ねた、(特に世代の若い)魔術師見習いの諸兄はまだ、いわゆる情報素魔術との乖離が気になっているはずである。

 トトリの章で述べた情報素魔術は、現代で行われている情報素魔術と根幹の理論は共通である。ただ実運用上の洗練がされていないだけであって。

 言うなればラップトップやスマートフォンと、真空管時代のコンピュータ、あるいはアナログコンピュータみたいな違いである。どちらもコンピュータであることは間違いないのだが、見かけ上の機能性は大幅に異なる。


 本章では、情報素魔術の背景を踏まえた上で、どのような理由でどのように洗練されていったか、現代の情報素(子)魔術以前までを取り扱う。


.情報素魔術と軍事の関係

 そもそも、情報素魔術は軍事魔術として生まれており、つまり敵への攻撃を行う、あるいは敵の軍事行動を阻害することを目標として作られている。

 情報素魔術以前も古くから軍事を目的とした魔術というのは存在した。古い戦記資料に残る”奇跡”や”不可解な行動”の中には意図的な魔術的介入の存在を示しているものもある。

 しかし知っての通り、近代以前の戦いで、戦場で意図的に用いられる武器・兵器として軍事魔術が語られることはほとんどない。もっぱら占術との境界にあるような儀式魔術が行われた程度である。

 そこには信頼性という、大きな問題があるためである。


.軍事魔術以前の戦乱における魔術

 軍事における武器・兵器の信頼性は、武器・兵器の攻撃力と並んで重要な項目である。特にお互いに危害を加える射程で用いる戦術兵器は敵に影響する力であると同時に使用者の命を守る命綱でもあり、いかに強い兵器であってもそれが使えない状況に陥れば、相手の兵器でダメージを受けるためである。

 そして情報素魔術以前においての魔術は信頼性が相当に低かった。

 近代的な理論化がなされる前の魔術というのは、おおむね経験則に従って行われており、つまり、「前はできたのだから、同じことをすれば今もできるはず」という考えで行われていたわけである。

 それは間違いではないのだが、必要な"同一性"を、試行回数が確保できず環境の制御が困難な戦場で担保することは実際は困難であり、お互いが射程に収まる(あるいはその危険性がある)範囲の地域で用いる戦術兵器としての性能は確保することが困難であった。

 では試行回数が確保できる長距離での魔術はどうかと考えるわけだが、これはこれで困難である。魔術は自己または他者の実在、世界(ロ=パウテ=イルの章を参照)への干渉なわけだが、それを行うにはつまり相手に対する情報素子、つまり相手への影響力を持たなければならない。

 そして影響力とは(あらゆる種類の)距離が互いに離れば離れるほど減衰する。試行回数が確保できる距離で行う魔術では効力を発揮することが困難である。

 このような事情から、近代以前においてごく一部を除き魔術師は常用の兵器として魔術を行使することはなく、もっぱら味方への影響を目的とした儀式魔術が(こちらも珍しくはあるが)行われていた。


.軍事魔術と情報素理論

 ところで、ごく一部を除きと但し書きがあったように、一握りの卓越した魔術師は、比較的に高い信頼性で、魔術を副武器として用いることができた。

 そしてこれらは非魔術師にとっては対策がほぼ不可能であること、通常兵器群とは異なった特性を持つことから戦術レベルでは非常に強力であった。

 このことから、軍事魔術が体系化される前から、各軍事組織は魔術の兵器化を求め研究が行われていた。

その流れのなかで、魔術の理論化、体系化が進み、情報素理論が産み落とされるに至った。初期の情報素魔術は前章で述べた通りのものである。

 一連の体系化で魔術が理論化されたことにより、魔術は奇跡的な偶然の単純な再現から少し離れ、それにより無意味な手順や複雑な手順を簡略化するに至り、扱いやすさと再現性の高さを手に入れた。

 これにより、一部の魔術師においては高い信頼性をもって戦場での魔術行使が可能となり、戦術として組み込める水準に至った。多くの軍事組織内に軍事魔術師が設定されたのはこの時期である。

 一方で、多くの魔術師や、非魔術師における魔術行使の信頼性はあまり変化がなかった。

 これにはいくつかの理由があるがもっとも重要な点として、情報素子量の不足が挙げられる。

 軍事魔術水準の強度を持つ魔術となると、単なる技術技法のみではその目的に必要な情報素子量を補えない。よって先の章で例に出したように、神話や伝説などを媒介に魔術を実行する必要がある。

 これは情報素子量という計測の難しいものに対して、信仰期間や信者数、信仰地域など形で目に見えてわかりやすい指標があり、かつその情報素子量の大きさから必要な分の情報素子量を取り出しやすいためである。

 しかし、神話や伝説は当然のことながら魔術用に設計されているものではないので、目的の方向性以外にも情報素子量を持つ。加えて、特に神話においては、信仰の過程で元々は存在しなかった事項が付加されていく傾向にあり、これもまた不要な情報素子量となることが多い。

 これらの性質は安定し整えられた儀式場などの環境下で行う分には、情報素子量を近づける足がかりとなって便利ではあるが、不安定な戦場では余計な情報素子量を満たさないと機能しないことになる。

 この時代の魔術師のほとんどは戦場に慣れているわけではなかったため、そのような環境変動の多い環境ではより一層情報素子量の管理が困難であった。また職業軍人は魔術師と比べはるかに戦場に耐性や適応能力があるが、 彼らを魔術師にするために訓練を加えても、その複雑な情報素子量の管理ができるほどには至れなかった。

 これらのことから、初期の情報素魔術では軍事魔術としての要求を十分に満たせなかったと言える。この問題を解決することこそが、戦争の加速した世界大戦期において最も重要な事項であった。

 そしていくつかの技術的転換の中でもっとも革新的であったのが、偉大なる魔術師グラントらが開発した、「無名神話魔術」である。


.無名神話と世界分光法

 神話は魔術に用いる素材としては強力であるが、同時に扱いにくいものである。これを扱いやすくするために初期に行われたのは先ほどから記述している簡略化や簡便化であった。

 だが、この手法は要するに『有効無効に関わらず、あらゆる情報素子量をひとまとめに減らしてしまう』措置であり、必要な手順こそ減るものの、ちょっとしたことで必要な情報素子量を満たさなくなる点は変わらない(むしろ悪化している魔術も多数存在した)。

 この問題を解決するには、『神話の持つ情報素子量はそのままに、余計な信仰や教義、その他追加要素を極限まで減らす』必要があるが、既存の神話はどれも信仰・教義などと密接に絡みあい、大元の『必要な神話』を取り出すことは難しかった。

 そして第一次世界大戦期の只中、グラントによってカミル・アル=カッバーニーの神格分光法・その展開である世界分光法が再発見された。

 イシスの章で少し触れたが、世界分光法は、神話世界の集合(厳密には神話世界に付随する"現実"の世界も含める)が、他の神話世界の集合と同等であることを示す。

 つまり、ある神話における神やそれがいる世界、その他霊的存在や人間を含む生物などを総合した全ては、異なる神話の全てと同等の情報素子量があり、これは全ての神話世界において適応できるということである。

 無名神話魔術はこれを応用したものである。すなわちまったく信仰された履歴のない『架空の神話』であっても、それが神話として必要十分であれば、この同等性は適応されうる。

 これによって信仰に伴うあらゆる余計な情報素子量を削り、魔術的な用途に沿った形になった神話世界の情報素子であっても、既存の神話と同様に魔術に用いられると考えられた。

 そしてこの無名神話は、情報素子量を減らしてしまうデメリットこそあるものの、元の既存神話群の情報素子量の多くを活用しながらより扱いやすい形式にすることで、軍事魔術に求められる信頼性と効果性の両立に大きく貢献した。


.無名神話魔術の成立

 とはいえ、神話として必要十分である必要は以前として求められる。世界分光法という理論的裏付けは、魔術においても応用が効くものではある。しかし、本来は既存神話系に対して適応する理論であり、架空神話系に対して同様に適用するには、宣教や信仰の深化のような、既存神話との差分の情報素子量が必要である。もっとも、これを行えば目的のひとつである信頼性を損じかねない。

 この問題を解決したのが、無名神話の父、リチャード・ロブソンである。

 彼は、世界宗教群を横断した宗教研究者であると同時に、民族・土着宗教や新宗教にも広く知識を得ており、特定の宗派に属さない新興派閥の宗教魔術師として数多ある宗教の魔術的性質の研究を行っていた。

 米国陸軍対魔術準備室に招聘された彼は、グラントらと共同で宗教構成の分解とパッケージ化を行い、つまり『神話に精通する宗教家かつ魔術師』が『数多ある既存の神話世界を元に再構築する』ことによって情報素子量を補い、無名神話魔術が成立した。


.無名神話魔術の構造

 無名神話の構造は、魔術と呼ばれるものの中では極めて単純である。既存の魔術に求められた杖や霊衣などの道具も、魔術円や複雑な魔術紋様、儀式場などの大道具も求められない。これらの情報素は無名神話によって全て補完される。

 また、”魔力”を練り上げる内気・外気法も必要なく、これらの情報素もまた無名神話魔術の構造によって自動的に補完される。ただし、こちらは対価を支払う必要はあるので。事故防止のため内気法で自身の魔術許容性を確認しておいた方がよい。鍛錬としてではなく、過剰な使用によるリスクの低減のためである。

 必要なのは比較的短い詠唱、または補助としての簡易的な魔術紋様である。魔術としては簡便な部類であり、最盛期は米国で547名の魔術師が存在した。無名神話魔術以前に、同等の魔術を同じ利便性で行使できたのは1国家あたり数名から十数名程度であったことを鑑みると非常に革命的な魔術理論であったと言える。

 無名神話魔術の詠唱文の例を示す。(実行には、無名神話に対する網羅的な知識が必要である。興味がある読者は他の魔術指南書を読むと良い。いずれも簡単に入手可能であるし、どの書も大した違いはない)

 

 WIH ELK OFGHALIA EN TELITE TOF SFILIO (訳:無明の神オフガリアよ、その名の元に光を沈めよ)


 基本構造はどの詠唱でも同じであり、

 

 神の権能(目的とする魔術の分類)|〜の神よ(神+請願指定文の混合文)|神名|その(冠詞+反文機構の始動文)|名の元に〜をせよ(請願・魔術の効果指定文)+反文機構|(反文機構の停止文)|効果文

となる。

 つまり、ELK EN TELITE TOF の4箇所は共通であり、あとは無名神話魔術に沿った魔術効果の指定となる。

 ちなみに、反文機構の位置の関係で循環詠唱は行えない。術の安定を図るのであれば補助の魔術紋様を用いるのが良い。これは各神話系の神の1柱に対して一つ対応しており、術の起点位置に制約が生じ(紋様が始点となる)効果範囲が制約される代わりに、詠唱が不安定でも成立するため交戦状態ではこちらが優位である。

 

.無名神話魔術と極源による多元魔術の関係

 無名神話魔術は世界大戦期における連合国の魔術的・軍事的な優位性を生み出したわけではなく、むしろ魔術的には遅れをとっていたが故の対抗措置であったといえる。

 理由の一つは間違いなく米国のモンロー主義によるものである。第一次大戦において、米国は魔術戦部隊こそ(秘密裏に)送り込みはしたものの、技術共有はなされなかった。これは、英国もまた近代西洋魔術と称される魔術理論を保持し十分に魔術的対抗が行えたうえ、米国自身、近隣の秘匿国家群への小規模な対魔術防衛の対応に追われていた。これらによって大戦初期に欧州諸国に見られた魔術の発展を後追いする形で対応を迫られることになった。

 理由のもう一つは、第二次世界大戦時、枢軸国が用いた極源による多元魔術による対抗である。こちらは第一次世界大戦下におけるイタリアにおいて成立した魔術系であり、イギリスが主であった連合の軍事魔術を一新し対同盟・秘匿国家連合とのを魔術戦を優位に進めた。ただ、こちらもやはり技術的な共有がなされぬまま終戦。第二次世界大戦時には枢軸国家となったイタリアの元で、米国の本格参戦までの間、魔術戦を優位に推し進め、その後も無名神話魔術と拮抗しつづけた。


.極源による多元魔術

 情報素理論に沿って生み出されたものではないが、極源による多元魔術にも触れておこう。こちらは、新たな神話へと塗り替えたのではなく、既存の魔術をパッチワークのように繋ぎあわせることによって情報素を補っている。

 極源とはおおよそ情報素源と近似した定義の概念であり、当然それを知り得ることは人には不可能であるが、その近似値に魔術的側面(あるいは他の何かしら)から迫ることはできる。そしてある程度迫ることができた魔術師は極源の切り分けである情報素子と情報素子を繋ぎ合わせることで、どのような魔術として成立するかを予測できるというわけである。

 無名神話魔術が情報素子を扱い易い形に取り直したのに対し、極源による多元魔術は情報素子を大雑把に掬いあげることで取り扱いを容易にした、とも言える。

 極源による多元魔術は、そういった性質から、無名神話魔術よりは魔術への熟練が必要であり、また安定性や多様性も欠けるが、一方で既存の神話系を用いる関係で火力に優れる。


.近代西洋魔術

 最後に近代西洋魔術についても述べる。とは言っても、これはほとんどトトリの章で述べた情報素理論で整理された既存の魔術とやっていることは変わりはない。情報素・情報素子といった概念が導入されていない代わりに、方法と概念を整理、分類しなおしたことによって簡素化を図った。

 そんなわけで、ある程度は情報素子を補うことが出来ているものの、(それ以前の魔術と比べればマシではあるが)軍事魔術としては信頼性に乏しく、数少ない熟練の魔術師のみが軍事魔術師として行動していた。

 とはいえ、成立年でいえば古いわけで、置き換えられた古い技術だったという、ただそれだけである。また、広く一般に広まったオカルトとしての『近代西洋魔術』はここが源流であると言われている。

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