最古の精霊は常識を知らない【シトラ視点】
ウィリアムとシトラの話です
今私の目の前には、現存する精霊の中でも最古と呼ばれる、炎の精霊ウィリアムがいる。
宰相の事件が終わって暫く、彼は自分が立ち上げた「黒の霧」という宗教を解散させた。その事は喜ばしい事だが……ウィリアムはその後、500年前の将軍だった時の才能を生かして騎士団の団長をしているらしい。……団長って、そんな簡単になれるものなのか?
そして目の前のウィリアムは、美しい赤髪をまとめ上げ、かつてアイザックが着ていたものと同じ白い騎士団服を着ている。顔がいい奴はなんでも似合ってしまうのだから羨ましい。……で、話を戻すが、目の前の美しい炎の精霊は、温室で優雅にお茶をしている所にいきなり現れたと思えば、眉間に皺を寄せてこちらに顔を近づけている。はっきり言って怖い。
「……ど、どうしたの?」
「……頼みがある」
はい来たー!前もあったよね!その時は急に墓に連れて行かれたんだよね!思わず身構えて、すぐに攻撃魔法を唱えなれるように呪文を思い出す。だが、ウィリアムは皺を寄せたまま黙ってこちらを見ている。……暫くそのままこちらを見て黙っていたが、観念したのか色気のあるため息を吐く。
「俺と婚姻してほしい」
「………ん?」
………婚姻?え、誰と誰が?私の呆けた顔を見て、ウィリアムは私が座っている椅子の背もたれを掴み、更に顔を近づけてくる。思わず攻撃魔法を唱えそうになってしまうほどの破壊力ある顔面に思わず顔が赤くなる。いやいや、落ち着け私。目の前にいるのは、殴られて喜ぶ変態だ。
「人間は男女が結ばれる際、それをするそうじゃないか」
「えっ今更?……あ、いや……そ、そうですね」
「こんな貴女でも公爵令嬢だ。……その地位にいる者は、ほぼ必ず婚姻するらしいな」
こんなってなんだよ!?と思ったが、さらに険しい表情になるウィリアムは、背もたれを掴む手を強くした。
「俺は貴女なしで生きていけない。貴女が他の男のものになるなんて、考えたくもない」
「…………」
「なら俺と婚姻すればいいと思ったんだ」
眉間に皺を寄せたまま、真剣な表情で言葉を告げるウィリアムに、私は更に顔に熱が溜まるのを感じる。……な、なんという男だ。まさかかつての主人を取られるのが嫌で婚姻を結ぼうなど。いや、もしかしたら殴ってくれる相手かも知れないが。私は目線を逸らしつつ、弱々しく口を開く。
「いや……婚姻って、お互い好き同士でないと」
「俺は貴女を愛している」
「くっっっ!!!……でっ、でもそれは私が聖女だからでっ」
それ以上を告げる前に、急に唇に柔らかい感触が当たる。目の前に金色の瞳が、目を細めてこちらを見ている。……短いそれが終わると、私は信じられない、と言わんばかりの表情でウィリアムを見つめる。対するウィリアムは、私の唇を指で触りながら、熱い息を吐く。
「……俺はかつて、将軍として人間との戦争で何度も死にかけた。……何度も何度も、この無謀な争いから逃げて、死にたいと思った」
告げられる言葉に私は目を大きく開ける。まさか、かつてのウィリアムがそんな事を考えていると思わなかった。
「だが、俺はそれでも……貴女とまた、出会いたいから生きたんだ」
「………」
「生きて帰れば貴女に会える、貴女に触れられる、笑ってもらえる。それだけがかつての俺の、生きる意味だった」
唇に触れる手が下へ、ゆっくりと私の心臓部分に触れていく。
「500年前も今も、俺は貴女の存在を愛している」
目の前に、今まで見た事もないような、恥ずかしそうに頬を赤く染めるウィリアムがいる。あまりの破壊力に、私は腰に力が出ずに椅子から倒れそうになるが、その前にウィリアムは私を抱き上げる。高く抱き上げられた、その下から見るウィリアムの表情は、とてもじゃないが最古の精霊と呼ばれる存在には思えないほど、幼い。
「シトラ……俺が生きる意味を、取らないでくれ」
「…………っう」
思わず変な声が出た。あまりの衝撃と、自分をずっと想ってくれていた気持ちに、胸が締め付けられる感覚を覚える。落ち着け、落ち着くんだ!この男は変態マゾ男!殴られて喜ぶ男!………決して、決してキュンとしたとか、嬉しいとか、そんな事思ってない!!!
「ウィ、ウィリアム……わかった、わかったから、下ろして」
「下ろしたら逃げるだろう」
「逃げるけど下ろして!」
「貴女が俺と婚姻をすると言うまで下ろさない」
「脅迫じゃんそれ!?」
離れようと力強くウィリアムの胸を押すが、流石元将軍、現騎士団長。全く離れない。そのまま再び顔が近づいたと思えば、唇ではなく首筋に顔を埋める。……その瞬間、首筋にねっとりとした感触が襲い、身体中が痺れるような感覚に襲われる。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
あまりの刺激に変な汗が出てしまう。こちらを見るウィリアムの金色の瞳が、先ほどよりも熱を持っている。それがあまりにも美しい瞳で、それでいて食われそうで恐ろしい。
「シトラ、俺と婚姻すると言え」
首筋に感じる息が、異常に熱い。その温度で溶けてしまいそうだ。……私は、目の前の興奮している男に涙目を向けながら、ゆっくりと口を開く。
「……このっ、この!!この変態精霊め!!!!!」
そう叫んだ後、私は温室の硝子が全て割れるほどの攻撃魔法を、目の前の変態精霊にお見舞いする。
……決して、私はときめいていない、断じてそうではない。