ガヴェインと同じ職場に就職した未来の話。【シトラ視点】
「じゃーん!見てガヴェイン!結構似合ってるでしょ!?」
公爵家の庭の木の下で、お菓子と紅茶を芝生の上に置いて、私達はピクニックのような事をしている。そして私は教会職員が着る藍色の祭服を身にまとい、目の前のガヴェインに見せる。ガヴェインはクッキーを食べながら、眉を寄せてこちらを見る。
「……いいんじゃねぇの?」
「もうちょっとないの!?可愛いよとかないの!?」
「そういうのは、他の奴に言ってもらえ」
ガヴェインはそれだけ言うと、芝生に寝転がる。
私は明日から、教会の職員として働く事になった。このまま公爵家の令嬢としてのんびり生きるのもいいが、婚約の予定もない自分が、働かずにこのまま昼寝とお菓子を食べる生活なのは、流れる日本人の血が許さなかった。……かといって平民のように働くわけにもいかない。そんな事をガヴェインに話をした所、大司教にその話が通り、なんと教会職員として働く事が出来るようになったのだ。コネというものは本当に素晴らしい。
仕事内容は、アメリアの仕事の手伝い中心らしいので、魔法魔術オタクの彼女に何をされるか分かったもんじゃないが、それでも!ようやく自分で働いて、お給料が貰える!なんやかんやまだ聖騎士として私の側にいるガヴェインも、教会の仕事を集中してできる!何度も言うが、素晴らしすぎる!!
「ガヴェイン!明日から一緒に頑張ろうね!」
寝転がるガヴェインを覗き込みながら、明日への期待で胸いっぱいの私は笑顔で伝える。彼は一瞬だけこちらを見たが、そのまま目線を逸らし、耳だけピクピク動かして返事をした。
ガヴェインと一緒に働けるのであれば、話し相手がいないわけではないし、ボッチになる事はない!
しかし、私は周りにあまりにも美形がいた為、ガヴェインの魅力に、全く気づかなかった事に気づく。
教会勤務初日、私はガヴェインと別れ、アメリアに付いて仕事の大まかな説明を受けていた。アメリアの後ろに付いて廊下を歩いていると、近くで女性達の黄色い悲鳴が聞こえる。
思わず窓の外を見ると、外は聖騎士の訓練場で、聖騎士が訓練をしている所だった。……その中で目立つ白髪の獣人が、他の聖騎士二人を相手に対戦している。私が見ているのに気づいたアメリアは、同じ方向を見て「人気ですね」と少し呆れながら言った。
「ガヴェイン君、聖騎士でも一番強いですし、あの見た目ですからねぇ」
「………え、ガヴェインってモテるんですか……?」
「そりゃあモテますよぉ!高給取りの聖騎士で、見た目も良くて、独身の成人男性なんて!」
「……………へぇ」
……確かに、よくよく見れば、紫の瞳を持つ、美しい青年だ。しかも腕っ節も強い……………モテるな!元の世界でも、運動神経がいいイケメンはモテていた!!なんて言うことだ、あまりにも周りに美形しかいなくて、全く何も感じてなかった……!!
しかもガヴェインは成人した男性、今まで私の騎士として常に側にいたが、もう私は誰にも狙われる心配もない、故に守ってもらう必要はない。彼の婚活をこのままでは邪魔をしてしまう。もしかしたらあの声援を送る彼女達の中に、ガヴェインの想い人がいるかもしれない。……考えれば考えるほど私は邪魔な存在じゃないか!学生時代によくやった乙女ゲームの、悪役令嬢みたいじゃん!
「ま、ガヴェイン君は、もう夢中な人がいるみたいですけどね」
「まままままさかあの女子達の中に恋人が!?護衛の仕事で忙しくて婚姻できないんですね!?」
「え!?」
アメリアの言葉に私は真っ青になりながら叫ぶ。彼女は戸惑ったような表情をしているので、やはりあの中にいるのだろう、ガヴェインの恋人が。……こんなアホ聖女の為に、ずっと婚姻を結ぶのを我慢していたのだろう。なんて罪な女なんだ私は。
ガヴェインへの申し訳なさで打ちひしがれていると、突然横から頭を軽く叩かれる。……驚いてそちらへ向くと、窓枠に肘を置き呆れた表情で、ガヴェインがこちらを見ていた。
「おい、何ぼーっとしてんだアホシトラ」
「ガヴェイン!?ご、ごめんね、私今まで本当に申し訳ない事を!」
「はぁ?」
私は、窓に乗り出しガヴェインに顔を近づける。彼は大きく目を開いて、耳をピンと立てこちらを見つめる。……そんな私達の行動に、ガヴェインの後ろから笑い声が聞こえた。その声に驚いてガヴェインの後ろに目線を向けると、そこには聖騎士の制服を着た、金髪の男性がいた。
「建国の聖女様は、本当に元気な方ですね」
金髪焦茶の目の青年、兄とケイレブくらいの年だろうか。同じ金髪のギルベルトには負けるが、それでも中々美しい青年だった。なんとなく見た事がある気がする、と私は首を傾げていく。それを見てもう一度軽く笑い、そして手を胸に当てる。
「ショーン・レギオンです。シトラ様とは一度、ハリソン公爵家で主催されたお茶会でお会いしていますよ」
「ああ!レギオン家の!」
思い出した!過去に私がリリアーナ支えようぜ!作戦でのお茶会に招待していた、伯爵家の次男だ!あまりにも招待客を多く呼び過ぎて、うる覚えになっていた事に恥ずかしくなり、少し顔を赤くしてしまう。それを見てショーンは少し困った顔をした。
「何年か前のお茶会ぶりですし、お気にされる事はありませんよ」
「そう言っていただけると有難いですが……ショーン様は聖騎士だったのですか?」
「ええ、うちは家督を継ぐ者以外は、代々教会職員として勤めますので。有り難い事に、聖騎士の副団長をしております」
教会の聖騎士は、王族直属の騎士団と同等の強さを誇る者達だ。私よりも少し年上には見えるが、それでも副団長になれるという事は相当強いのだろう。私は感心して「ほへ〜」と変な声を出した。それを見てガヴェインは眉間に皺を寄せている。悪かったな、お前の主がこんな聖女で。
「シトラ様、本日よければ昼食をご一緒しても?」
「昼食?……ええ、私なんかでよかったら」
「……………」
ガヴェインがどんどん険しい表情になっていく。何故だ、友達が取られて悔しいのか!それを見ていたアメリアは「あらら〜」と引き攣った表情をこちらに向けている。流石に、仕事中にこれ以上雑談をするわけにはいかない。私は険しい表情のままのガヴェインと、微笑むショーンに別れを告げて仕事に戻った。
仕事の説明が終わった後、私はショーンと昼食を取るために、伝えられていた食堂へ向かう。……今更だが、これはまさか、一種のデートのようなものではないのだろうか?いかんいかん、ガヴェインの事もあって、頭が恋愛脳になってしまっている。煩悩を払うために首を振りながら、私は食堂へ続く廊下を歩いた。
すると突然、腕を強く引っ張られ、私は廊下に面した部屋の一つに引き摺り込まれる。驚いている間に部屋のドアは乱暴に閉まる。
倉庫部屋なのだろうか、大量の書類棚が壁一面に置かれている。私はその棚の壁に抑えつけされた。……その抑えつけた相手の、紫色の目が顔の近くに寄ってくる。
「ガヴェイン!?」
呼ばれたガヴェインは、朝に会った時と同じように険しい表情を浮かべていた。……ガヴェインに壁ドンされている、今までそこまで、直視した事がなかった彼の顔が近くにある。なるほど、確かに整った顔立ちだ。女性職員に人気なのも頷ける。
「………あいつが気になるのか?」
「え?」
「副団長だよ、昼飯誘われてただろ」
……表情は険しいのに、白い耳がどんどん垂れていく。
「どうせ独りでお昼になるから、誘われたからいいかなーって……」
「俺がいるだろ」
ガヴェインが更に密着してくる。……おかしい、毎日一緒にいたから彼に慣れているはずなのに、心臓の音がうるさい。顔が赤くなっていくのがわかる。
「い、いやっ、でも、ガヴェインも、恋人とかと、行くもんだと」
「はぁ?いねぇよそんなの」
「でも……ずっと私に、引っ付いてるし……ガヴェインもとっくに成人してるんでしょ?このままだと、恋人とか婚姻したい人ができても、私邪魔だし………」
「……」
段々と声が小さくなっていく。……ちょっと想像した、ガヴェインが私以外の女性と一緒にいる姿。チクリと心臓に刺さる感触がした。それが表情に出てしまっていたのだろう。ガヴェインは険しい表情をやめて、呆れたようにこちらを見ていた。
「お前、本当に、呆れるほどの鈍感だよな」
「はぁ!?私はガヴェインの為を思っ」
小馬鹿にされたのに怒りが込み上げ、食いかかろうとした私に、ガヴェインは口付けをした。チュッ、と可愛い音が聞こえる位の軽いものだったが、あまりの衝撃に怒りが飛んでいき、目が点になる。
私に口付けをしたガヴェインは、眉間に皺を寄せるのは変わらないが、ほんのり顔を赤くしていた。
「俺は……恋人とか、婚姻とかするなら、お前以外考えてねぇよ」
あまりの破壊力のある表情に、私は胸が締め付けられるように苦しい。……なんだ、このどうしようもない気持ちは、一体なんだ!?目を大きく開き、耳まで赤くなっていく。それを見たガヴェインは一瞬、驚いた表情をしたが…………すぐにそれは意地悪そうなものに変わる。
「へぇ、脈がないって訳じゃねぇんだ」
「は!?何を言っているの!?」
「無自覚かよ。……ま、そういう事なら、これから口説き落としていけばいいか」
「くどっ!!?」
一気にご機嫌になったガヴェインが分からない。……いや、分かっている。
……つまりあれか、まさか……彼は、私の事を……………。
ようやく言葉の意味の理解と、この部屋に連れ込まれた意味がわかると、恥ずかしいのと、なんだか嬉しさも込み上げ涙が出てくる。キャパオーバーで体に力が入らなくなると、ガヴェインが慌てて体を支えてくれた。……心配そうに見つめる私の騎士を見て、今まで感じなかった気持ちに戸惑ってしまう。
「………やめて、口説くとか……心臓が………」
絞り出すように声を出してガヴェインを見つめる。
対する彼は、耳をピンとさせながら目を大きく開き、数秒固まる。
数秒後、顔を歪ませながら、熱い眼差しでこちらを見つめる。
「………………お前、それは反則だろ」
そのまま再び近づく顔に、抵抗ができなかった。