政略結婚もどき【シトラ視点】
ギルベルトとシトラが結婚する事になったら、な世界線です。
城のとある一室で、私は鏡の前に座り自分を見ている。
その姿はいつもの適当な、流行りも関係ない服装ではなく、純白のウェディングドレスを着ている。……うん?意味が分からないだって?それは私も同じだ。まさか自分が、この国の第二王子であるギルベルトと婚姻を結ぶなど、考えても見なかったのだ。
時を遡って数ヶ月前、いつもの調子でギルベルトが公爵家に来たと思えば、笑顔で持っていたのは国王陛下の署名付きの嘆願書、というか命令書だった。長々と書かれた内容を簡単に説明すると、『あんたの所の令嬢、まだ婚約者もいないんだろ?もううちの息子と結婚してくれ』というものであった。当然父と兄、そして優しい友人達も国王陛下による暴挙に猛反対をしてくれたが……結局、国王陛下には誰にも逆らえないし、私ももういい年齢なので、自分の嫁ぎ先がまさか王族になるとは思わなかったが、まぁいい縁だと思って了承した。
その時のギルベルトの表情はひどく驚いていたが……いや自分で持ってきたよね!?その嘆願書!?とツッコミを入れたくなったがやめた。
「シトラ様、時間です」
ノックの音ともに城のメイドが私を呼ぶ。……そう、本日はギルベルトと私の結婚式。あの数ヶ月でよく準備したものだと感心したが、新郎であるギルベルトが「君の気持ちが変わらないうちにしなくては」と切羽詰まった表情で準備をしていたのには驚いた。……聖女という肩書き、大きいもんねぇ。
私はゆっくりと、結婚式の会場までの道のりを歩く。この国は前の世界と違い、新郎新婦が初めから登場する様な形らしい。しばらく進んでいると、会場の扉の前で私を待っているのであろうギルベルトが見えた。
男爵による誘拐事件から既に8年、あの時の美少年は美しい青年と姿を変えた。数年前から伸ばしている金髪は、私の癖っ毛とは違い艶やかで、碧眼の瞳と顔面も相まって、後光が出ていると錯覚するほどの美形だ。物凄い隣を歩きたくない。純白の新郎の服を着こなしてもう今は後光の他にキラキラのエフェクトまで見えている。美形は美形すぎると恐ろしく見えてしまうものなのか。
こちらの目線に気づいたのか、ギルベルトが気づいて私の方を向く。そのまま目を大きく開けて固まっているので、おそらくこのウェディングドレスが似合っていないと思ったのだろうか?いや、我が母のセンスは社交界でもお墨付きだ。私は冷や汗をかきながらギルベルトの元へ歩く。
「……変じゃないと思うんですけど、私」
「…………あ、ああ、変じゃないです」
なんだそのセリフは!?変なのか、変なのか私のこの姿は!?私は思わず自分の胴体や腕を見て、何かおかしい所がないか確認する。それにギルベルトは慌てた様な表情を向ける。
「本当に変じゃないです!とても美しいです!」
「いや、でもいつもギルベルト様だったら、似合うなら似合うってすぐ言ってくれるじゃないですか!」
「……そ、それは……」
思わず掴みかかりそうな勢いでギルベルトに顔を近づけると、彼は目線をこちらに向けずに、恥ずかしそうに顔と、耳まで赤くしていた。見たこともない彼の表情に呆けていると、観念したように「ああもう!」と叫んだギルベルトは、ようやく目線をこちらに向けてくる。その表情があまりにも、何かを堪えている様な恥ずかしそうな表情で、呆けていた私も目を大きく広げた。
「………だからっ、見惚れてたんですよ……!!」
「……えっ」
「見惚れてたんです!君に!」
そんな、恥ずかしそうな表情でそんな事を言うとは。……私はここでようやく、数年前に伝えられた彼の告白が、本当の本当だったのだと今更理解した。と言う事は、あんなにも切羽詰まって結婚式を早めていたのも、私が本当に気持ちが変わらない内に婚姻をしてしまおうと思っていたのか?……そう思えば思うほど、胸の奥で締め付けられる様な感覚に襲われる。
私はそのまま顔をギルベルトに近づけたまま、その恥ずかしそうな表情をうっとりと見てしまう。
「……私の事が、好きなんだ?」
「……はい」
「好きだから、婚姻を早めて逃げないようにしたんですね?」
「……っ、は、はい」
どんどん顔を赤くして、恥ずかしすぎて涙が出ている彼が可愛すぎる。思わず意地悪心が出てしまい、私は真っ赤な耳元に息を吹きかける様に言葉を告げる。
「私のウェディングドレス、似合ってます?」
「〜〜〜〜〜っ!!!!」
ギルベルトはか細い悲鳴を出して、床に尻餅ついて座りこむ。そのおかげで、私が上から見上げるような形となり、ギルベルトは荒い口呼吸をしながらこちらを見上げている。
優秀で、なんの隙も与えない完璧な王子様のあられもない姿に、更に胸が締め付けられていく。私はギルベルトと同じ目線にするために、その場でしゃがみ込む。
「国王陛下からの嘆願書も、ギルベルト様が頼んだんですか?」
「………はい、そうです」
「それは何でですか?」
「っ、そ、それはだから……」
荒い息を吐きながら、吃る彼をじっと見つめる。……暫くしてようやく落ち着いたのか、ギルベルトは深呼吸をして、潤んだままの瞳をこちらに向ける。そして、顔を赤くしたまま、悔しそうな表情でこちらに口を開くのだ。
「き、君を……ずっとずっと、6歳の頃から……私の妻にしたくて………あ、愛して、たからです」
数年前の言葉よりも、何十倍も可愛い愛の告白に、私は胸のときめきを抑える事ができなかった。




