シトラとケイレブが結婚した未来の話 【シトラ視点】
ちょっと背後注意です。
私は今、義理の妹となったリリアーナと、カーター侯爵家の中庭にてお茶会をしている。
もうすぐ19歳となる彼女は、ここ数年でさらに美しくなり、婚約話がひっきりなしに続いているらしい。だが本人は結婚をする気が全くないそうで、こうして今でも私とお茶を共にしている。……そんな彼女だが、現在とても険しい顔をしてこちらを見ている。
「お兄様が、手を出してこないのは何故かぁ?」
「ちょっ!ももももっと小さい声で話してよ!!?」
恥ずかしさに声がどもってしまう。そんな私を見てリリアーナは、わざとらしく大きなため息をついて、紅茶の入ったカップを手に取る。
私はあれから、ハリソン公爵とカーター侯爵の確固たる関係のために、ケイレブと婚約する事となった。私が次期当主の妻になれるのか!?と最初は兄と反対していたが、ケイレブ自身がそれを望んでいると、カーター侯から告げられたのだ。
……ケイレブは、確か政略結婚したいタイプだったな。と思い出した私は、特に婚約者もいないし、それなら仲のいいケイレブと、このまま結婚してしまった方がいいのでは?と考え、了承した。
そして数ヶ月前、私の20歳の誕生日に、私とケイレブは結婚をした。結婚式は盛大に行われ、招待客として来てもらった友人達にも祝福の言葉をもらった。
……しかしその際、ケイレブは友人達と物陰に隠れ話し込んでいたので、おそらくそれは、友人同士で政略結婚をしてしまった私達に心配していたのだろう。花嫁の私には何も言わない所が彼ららしい。
「お兄様の事は、全く心配する必要ないと思いますけど?」
「でも、結婚初夜にギルベルト達と明け方まで飲みにいってたし……」
「…………それは、あの方々も……まさかの人物に取られたのが悔しかったんでしょう」
「何それ〜〜〜答えになってないよ〜〜〜〜」
私は答えにならない回答に、テーブルに突っ伏す。……すると、その背中を優しく触れる感触がする。それに反応して顔だけ上げると、そこには心配そうにこちらを見るケイレブがいた。
「具合でも悪いのか、シトラ」
出会った頃よりもさらに背が伸び、美しい顔立ちも、少し色気のが出て大人の男性らしくなった。先ほどの会話は聞こえていなかっただろう。……よかった、聞こえていたのなら私は恥ずかしくて数日はケイレブを見れなかっただろう。
「大丈夫ですわ、お兄様。……お姉様はお菓子を食べすぎて、眠くなってしまいましたの」
しれっとフォローをしてくれるリリアーナの言葉に、ケイレブは安堵の表情を見せる。
「それならいい。……明日から新婚旅行だから、今日はゆっくり休もう」
そう優しく私の頭を撫でるケイレブに、私は不覚にも胸がときめいてしまった。……本当に、私には勿体無いほどの男性だ。…………本当にいいのか!?私が妻でいいのかケイレブ!?
そんな私とケイレブの姿を見て、リリアーナは再び大きなため息を吐いた。
あれから数時間後、もう夕食も食べ終わり、明日からの新婚旅行の準備も終わった私は、ケイレブの部屋の前に立っている。結婚後もお互い別々の部屋があるので、よほどの事がない限り彼の部屋には来ない。……多分、最近来たのは転移魔法で、リリアーナの部屋に行こうとして間違えた時以来かもしれない。
「………だ、大丈夫だ私……それとなく、それとなく伝えるんだ………」
ケイレブと夫婦になった、次期当主として、次の後継者を作る責任が私達にはある。……うまいこと言うのだ。「子供何人ほしいですかぁ?」とおバカな感じで行けば、賢いケイレブならわかってくれるはずだ。……私は、震える手で数回、ドアをノックした。部屋から「誰だ?」とケイレブの声が聞こえる。夜中の訪問だからか、少し棘のある声だ。
「私です、シトラです」
「シトラ!?」
驚いた声と共に、部屋から慌てている音が聞こえる。しばらくするとドアが開き、そこにはワイシャツのボタンをかけ間違えているケイレブが、驚いた表情でこちらを見ていた。
「どうしたんだ!?……まさか、やはり体調が!?」
「ちちち違います!私は元気です!」
「な、なら、本当にどうしたんだ……?」
私がきた意味が分からないケイレブは、戸惑いながら私に問いかける。……私は深く深く深呼吸をし、そして目を見開きケイレブを見つめた。
「私の体では不満ですか!?」
「は!!??」
思い切り言い間違えてしまった、やってしまった、しかも廊下で叫んでしまった。ケイレブは耳まで赤くして、「とりあえず中に!」と私の腕を掴んで部屋の中に入れた。
部屋の中は、かつて私が移動魔法で突撃してきた時と、あまり変わっていない。ただソファの上に明日からの新婚旅行の荷物が置かれており、荷造りを終えて寝巻きに着替え寝ようとしていたのだろう、急いで脱いだ寝巻きがベッドの上に無造作に置かれている。
「……シトラ、一体どうしたんだ?……あんな事、易々というもんじゃない」
ケイレブは前髪を手でかきあげながら、恥ずかしそうに目線を逸らした。……もしや、ケイレブは政略結婚は望んでも、私以外の女性との子供を、後継者にしようとしているのでは?……それはものすごく嫌だ。政略結婚だがケイレブの事は、ちゃんと異性として考えている。ケイレブに微笑まれると動悸息切れをしていたのも、早すぎる更年期ではなく、ケイレブにときめいているのだと、最近ようやく理解したのだ。
「や、易々と言っていないです!……ケイレブ様が、夫婦になってから一度も手を出されなかったのは、……私が魅力がないからだと分かっています」
「……」
私の吐く言葉に、眉間に皺を寄せながら鋭い目で見てくる。……初めてそんな表情を向けられたので、手の震えが再び襲ってきたが、ここでめげるわけにはいかない。
「でっ、でも!例え気持ちのない政略結婚だったとしても!私はカーター家の後継者を身籠る必要があるのです!だ、だだだから、からっ、体が」
「俺がお前に、気持ちがないだと?」
話す言葉に覆いかぶせる様に、ケイレブが声を出したと思えば、ケイレブに腕を掴まれそのままベッドに投げ飛ばされた。……今でも鮮明に覚えている、このベッドの感触。あまりの急な行動に驚いてケイレブに声をかけようとしたが、気づいた時には彼はベッドを軋ませ、すぐ目と鼻の先に顔があった。相変わらずの鋭い目線が熱を込めている。……自分の心臓の音がうるさい。
「俺はハリソン公爵家と縁を結びたくて、お前と婚姻を結んだわけじゃない」
「……えっ」
「……父上から聞いてないのか?「俺自身が婚姻を望んでいる」と」
そのままケイレブは私の頬に手を添える。……確かに、確かにカーター侯から教えてもらった。だが、それは公爵家と縁を結びたかったからだと信じていた。私の表情を見て、ケイレブはさらに眉間に皺を寄せる。
「俺は、親戚のお茶会でお前を見て一目惚れをした。……だから俺の14歳の誕生日にお前を呼んだ」
「………そう、だったん、ですか」
「やって来たお前が……その、とても美しくて、声を出せない位に緊張した。お前と話をしたくて、ずっと目で追っていたから、お前がリリアーナと出会った時にすぐに駆けつけれたんだ」
私は過去のケイレブの誕生日と、リリアーナの出会いを思い出す。確かに彼の言う通り、誕生日の主役があんな所にいるのがおかしい。……全く気づかなかった。
「俺はあの時、リリアーナの事で周りから哀れだと言われ続けていた。……そんな言葉以外を聞きたくて、俺は努力をして功績を残した。だか、それでも変わらなかった」
「……それは」
私は何も答える事ができずに、言葉が途中で止まってしまう。……彼が相当苦労していたのは、周りから聞いている。それなのに私は当時、「一緒にリリアーナを支えよう!」なんて言っていたのだ。今更ながら恥ずかしい。
「……シトラ、お前はそんな俺が欲しかった言葉を、あの時にくれたんだ。そして、自分を頼れと……それから俺は、お前しか見てない……俺は、お前を………」
彼の熱を込めた顔が、近づいてくる。
私は、受け入れるために目を閉じる。……彼の少し荒れた唇が、くすぐったい。
少しすると唇が離れたので目を開ける。そこにはいつもの表情で、ケイレブが微笑んでいた。私は逆に、今までの事が堪らなく恥ずかしいので、耳まで赤い。そんな私の耳にケイレブは顔を近づける。
「お前を、この世で一番愛している」
あまりの甘い声に、小さく悲鳴をあげて耳を手でふざく。胸の鼓動が益々早くなる。……どうして私は今まで、この鼓動を更年期だとか思っていたんだ。
対するケイレブは笑いながら自分から離れていく。……随分前から知っている彼が、大人になっていく姿に、気持ちが愚弄されているのが悔しい。私は思わずケイレブの腕を掴む。私の行動に、驚いた表情を向ける。
「シトラ?」
しかし、ここから何も考えていなかった。私は恥ずかしさと悔しさと
………ようやく気づいた彼への気持ちで溢れすぎて、思考が停止した。
「じ、じゃあ……じゃあ、愛している……私のっ、体は……不満なんですか?」
「…………………………………」
そこからケイレブの目が、本当に今まで見たこともない位に獣じみた所から…………………記憶がない。
「で……何故シトラがケイレブに、横抱きをされているんだね?」
「シトラは今、疲れて立てなくなっておりまして」
新婚旅行当日、旅行先へ向かうケイレブに横抱き、可愛くいえばお姫様だっこをされている私を見て、カーター侯は笑顔で答えたケイレブにため息を吐く。隣の夫人は「あらあら」と言いながら微笑んでいるが。……その隣のリリアーナは眉間に皺を寄せて私を見ている……頼むから見るな、リリアーナ。
ケイレブはそういえば、とそのままカーター侯に話を続けた。
「新婚旅行から帰って来ましたら、シトラと部屋を同じにしようと思います」
「……お前、照れるから同じ部屋はやめると、前に言っていなかったか?」
「気が変わりました」
「……………そうか」
照れるから部屋を同室にしなかったんかい!!知らなかった私は今の状況もあり、手で顔を隠す。隙間から見るカーター侯のなんとも言えない表情!やめて!見ないで!!
ケイレブはそのまま、笑顔で私を馬車に乗せて家族へしばしの別れを告げる。私はあまりの恥ずかしさに、手で顔を隠したまま馬車の椅子に寝転がる。……同じく馬車に乗ったケイレブは、私の手を優しく顔から剥がす。出て来た私の表情を見て、愛おしそうに目を細める。
「……本当に可愛いなシトラは。……ああ、滾るな」
「なんなんですか!?昨日から本当にどうしたんですか!?」
「昨日のお前が全部悪いんだ。観念して俺の愛を受け入れろ」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
私は昨日で酷使しすぎた体を、動ける範囲で暴れさせる。ケイレブは笑いながら私を軽く抱き抱える。
そして昨晩、何十回と聞いた甘い言葉を、また耳元で囁く。
「この世で一番愛している、シトラ」
私は、馬車の中で恥ずかしさのあまり奇声をあげた。
次回はケイレブ視点です。