下
聖騎士リオン達とワンダニ村を出たのは翌日の早朝だった。
リオンに従う数名の騎士は昨夜、村人たちに歓待されたのかやや青白い顔をしていた。おそらく、相当に酒を飲んだのだろう。俺も昨日は似たような顔をしていたのを思い出して苦い笑いがこぼれる。それでもリオン達騎士の行軍に乱れはない。帝国は騎士の支える国と言われるが、その練度は相当なものなのだ。
そんな騎士たちに訓練されたワンダニ村の若者たちは魔物に苦戦してはいたが、一般的な村人たちよりははるかに腕が立つに違いない。
「ローラン殿、帝都に到着すれば、魔族の討伐を依頼されるかもしれませんよ」
「帝都に潜んでいるという魔族ですか?」
「ええ、騎士たちも多く探索に駆り出されていますから。神託の勇者が現れたとなれば帝臣達たちはローラン殿の実力を測るついでに面倒ごとを依頼するかもしれません」
リオンが笑いながら言う。各地を回っていると面倒ごとを押し付けられるのは良くあることだ。過去に存在した勇者の物語のなかにも、王様からややこしい頼みごとをされて四苦八苦する話がある。リオンはそれを思い浮かべて笑ったのだろうが、押し付けられるこちらとしては難儀なことこの上ない。
「旅の仲間の一人でも紹介してもらえるなら、それでもいいのですけどね」
帝国に来た理由は、仲間探しである。神託があったあと帝国は、旅の仲間に腕利きの戦士を送ると言っていたのだが、いまのところ誰一人派遣されていない。帝国内でゴタゴタしているのが理由だろうが、一人旅で魔物や魔族と戦い続けるのは限界がある。
「私が、と言いたいところですが聖騎士の私が職を辞せるとは思えません。ですが、帝都には将来有望な騎士がたくさんいます。きっとローラン殿の力になってくれるものがおりましょう」
根拠のない話だが、リオンは心底からそう思っているのだろう爽やかな口ぶりであった。
「それならありがたいのですが……」
かつて教会から仲間として紹介された人物のことが脳裏に浮かんで消える。
太陽が中天に迫ったころ、リオンは騎士達を集めると昼食を命じた。街道沿いのかつて農園であっただろう建物を借りて携帯食や水を温めると一人旅では味わえない昼食になった。食事を終えて、騎士達が乗っていた馬が草を食むのをのんびり眺めていると、馬たちが耳を立てて急に動きを止めた。
俺は剣を掴むと崩れかけた建物のうえに駆けあがった。
周囲に目を向けると西側のかつて田畑であっただろう荒れ地に無数の影があった。それはワンダニの連中を襲っていたのと同じ四つ足の魔物だった。狼よりも巨大な体躯に肉や骨どころか鎧さえもはぎ取りそうな鋭い爪に牙。なによりもあからさまに人間に向けて襲い来る性質が、人間を餌だと考えていることを示していた。
「西からくるぞ!」
俺が叫んだときにはすでに騎士たちは臨戦態勢に入っていてリオンを中心に騎乗していた。槍を構えた数名が騎士が魔物に突き進む。正面からぶつかる直前に騎士は動きを変えるとぱっと左右に分かれてすれ違いざまに槍を振るう。数匹の魔物は足や顔を突かれて動きが遅くなる。そこへ長剣を構えたリオン達がとどめをさしていく。
彼らに遅れて俺も剣を抜いて魔物に斬りかかる。
偽剣は牙も骨も肉も関係ないようにその刃を魔物の体内に沈めて肉塊に変えていく。それを振るっているのが自分だとしてもその切れ味に恐怖さえ覚える。騎士やリオンにも異常であるように見えるらしく、剣が魔物を両断するたびに息をのむ音がした。
魔物たちは騎士たちに分断され、群れから孤立したものから順番に倒れていく。
群れの数が半数以下になったころ、魔物の一匹がひどく大きな声で鳴いた。その声に魔物たちは瞬間的に動きを止めたが、次の瞬間には四方へばらばらに逃げ出した。それらをリオン達はとくに声を掛け合うこともなく追い詰めていく。
俺はそれを見ながら数匹の魔物を斬った。最後の一匹に剣を向けると魔物は俺に強引に突っ込んできた。
俺は攻撃をなんとなくかわしたくなった。かわされた魔物は、俺を無視して逃げ出した。それを追うために駆けだそうとしたが、俺は足を止めた。
「このさきに他に村は?」
魔物の向かった方を見ながらリオンに訊ねる。
「……ワンダニ村の南に小さな集落があったはずです」
「それはまずいな。逃がしたのは俺の責任だ。追いかける」
「私もご一緒します」
リオンが馬の頭をこちらに向ける。騎士たちも続こうとするが、俺は首を左右に振った。
「あまり人数が多いと魔物が警戒する。俺とリオン殿で追いかけよう」
少し考えてリオンは騎士たちに「先に帝都に戻って神託の勇者の到来を伝えよ」と命令をした。俺は騎士の一人から馬を借りると魔物が逃げた方角へと馬を走らせた。後ろから追いついたリオンが俺を追い抜かす。
「村へはこっちのほうが早いはずです」
リオンの誘導に従って小さな林を抜けて丘陵地を迂回すると村らしい建物と田畑。そして、黒煙が見えた。俺はいやな気持になりながら馬を蹴る。歩みが早くなりリオンと並走する。
「まずいな。急ごう」
黙ってうなずくとリオンと俺は全速力で村へと駆け込んだ。
村はいたるところで火の手が上がり、村人の死体がぽつぽつと転がっていた。もともと住民が少ないのだろうがまとまって防衛したような様子はない。いきなり襲われてなすすべがなかった。そんな様子だった。
「遅かったか」
「そんな!? たった一匹の魔物に……」
きっとそのほうがリオンにとっては良かっただろう。
俺は馬から飛び降りると倒れていた男性の身体を起こした、こと切れた重い体には首元と腹部に大きな傷がある。それが獣じみたひっかき傷や牙を突き立てたものであればまだ救われたかもしれない。しかし、男性のそれは、剣で切り裂き、槍を突き込んだ傷だった。
「残念だが、そうじゃない」
「ローラン殿、それはどうい……う」
リオンの言葉が途中で止まり、彼の視線が村の奥へ向けられたまま動かなくなる。黒煙を上げる村の建物の中から数名の男が出てくる。他の家や納屋からも男たちが笑いながら出てくる。彼らの手には荷袋や食料と思われるものが握られていた。
男たちは村の入り口で死体を抱えていた俺と隣で硬直しているリオンに気づくとゆっくりと近づいてきた。彼らの手には剣や槍、弓と言った武器が握られており、返り血に身体を汚したものも混ざっていた。
「お、お前たちここで何をしてるんだ?」
リオンが分かりきったことを問いかける。
「あれ、どうしてリオン様とローラン様がここに? 帝都へ行ったんじゃなかったのですか?」
丁寧な言葉を使ってはいたが、明らかに卑屈さが混ざった声はワンダニ村のアルフレッドだった。彼の手に握られた剣からはまだ乾いていない血でべったりと濡れていた。
「そんなことどうでもいい! お前たちは何をしている!」
怒りと困惑にまかせてリオンが声を荒げる。アルフレッドたちはやや困惑した顔をしたが、武器を構えた。
「いえ、隣村に魔物が出たみたいで助けに来たんです。でも、間に合わなくてこの有様です」
あからさまな嘘だった。村に転がる死体の中に人間はいても魔物はない。
「……そんなわけないだろ。村人の傷は魔物のものじゃない。武器によるものだ。私は村を魔物から守るために術を教えたのだ。それがなぜこんなことを!」
「リオン様。しってますか? 人間って奴は魔物より簡単に倒せるんですよ。死ぬ思いをして魔物を倒して作物を守るより、簡単に殺せるひとを襲って奪うほうが楽なんですよ」
違和感はあった。
俺とアルフレッドたちが出会ったとき、村を守るべきアルフレッドたちは街道にいた。彼らはどこへ行っていたのか。簡単だ。彼らは他の村を襲っていたのだ。ワンダニ村が本当に酒や料理を振舞うほど豊かな村であったなら、アルフレッドたちは荷馬車まで使って村の外に食料を仕入れに行く必要はない。
外部に物資を求めるワンダニ村は豊かな村ではないからだ。
しかし、村は豊かに見えた。そのカラクリが強盗なのだ。
「魔物に襲われていたのは強盗の帰りだったわけだ」
俺がいうとアルフレッドが笑う。
「あのときは助かりましたよ。魔物は人よりずっと怖いですから」
「なぜかと聞くべきか?」
「ローラン様はご存じないでしょうが、少し前までうちの村はひどいもんでした。繰り返される魔物の襲撃で村人は飢えていた。騎士様方はたまに来て魔物を倒してくれましたよ。でも、ずっとはいてくれないし、食糧を恵んでくれるわけでもない。そんなときですよ。聖騎士様が代わってリオン様が来たのは」
アルフレッドは剣の切っ先をリオンに向けた。
「……私がどうしたというのだ?」
「リオン様は俺たちに自分たちの村は自分たちで守れと言いましたよね。あのとき俺たちは絶望しました。ただでさえ魔物に苦しめられ仲間が殺されているのに、さらに戦えという。騎士っていうのは俺たちを守ってくれないのかって」
「違う。私はお前たちや民たちが少しでも救われればと思って」
リオンは騎士たちの手が届かないところを民に任せようとした。しかし、民に最初からそんな余裕はなかったのだ。ワンダニ村の田畑はあまり手が入れられていなかった。いくらかの老人だけが必死で大地を耕していた。だが、それでは足りないのだ。
アルフレッドのような若者が戦闘訓練に駆り出され、残った者だけで農作業ができるわけはないのだ。
おそらく村は武器を持ったことでより貧しくなったに違いない。
「救われる? そんなわけないじゃないですか。武器を持って魔物をはじめて追い返したとき村人の多くが死にました。でもあなたはよくやった、と褒めたんです。そんなひどい言葉が他にありますか?」
「いつから人を襲うほうが楽だと気づいたんだ?」
俺が尋ねるとアルフレッドは露骨に嫌な顔をした。
「村を守ったすぐあとですよ。おれらが武器を持って魔物を追い払ったそれを聞いた隣村が守ってくれと頼んできたんです。食料を分けてもらうという約束でおれたちは隣村を守ることになりました。そこでも仲間が死にました。それなのに隣村の奴らは約束を破ったのです。渡すと言われていた食料は半分も渡されず。村では飢えで倒れる者が出た。おれたちは隣村に乗り込んだ。そして、気づいたんです。ああ、殺して奪うことは魔物と戦うよりも楽だって」
リオンはアルフレッドの話を呆然と聞いていた。
彼は良い人間だ。民を守りたい、というのも本心からだと思う。だが、人の心は分からなかった。人は救われたいと願うものだ。それがリオンには分からなかったのだ。救われたい。その気持ちの最たるものが勇者だ。
特別な誰かが世界を救ってくれればいい。そういう願いの塊、それが勇者なのだ。
「俺はどうするべきかな」
「ローラン様。あなたはおれたちを助けてくれた。できれば剣を向けたくはないですが」
アルフレッドたちを殺せば、この地域全体としては平和になるだろう。しかし、アルフレッドたち若者を失い。稼ぎをなくしたワンダニ村は間違いなく悲惨な最期を迎える。
「一つ聞くが、今日の強盗は俺を歓待したせいで食料や酒がなくなったからか?」
答えはなかった。だが、アルフレッドの顔を見れば明らかだった。
俺が剣に手をかけると矢が飛んできた。一本を剣で撃ち落とし、もう一本を姿勢を逸らしてかわすと知った顔の男たちが武器を手に襲ってきた。こんなとき本物の勇者であればどうしただろうか、と思う。英雄譚なら彼らを改心させて救うのかもしれない。だが、それは偽者には荷が重すぎる。
どれほど言葉を尽くしても、この地にある危機はなくならない。
だから、俺はもっとも短絡的な方法を選ぶ。剣を振るうたびに知った顔が消えていく、数十振るったころにはアルフレッドだけが残されていた。彼の顔には取り囲んでしまえば人間は殺せるはずなのに、という驚きが張り付けられていた。
剣をアルフレッドに振り下ろそうとした瞬間、斬撃の軌道を強引に変えられた。人同士が争うとき特有の金属がぶつかり合う音がする。リオンはアルフレッドを庇うように立ちふさがっていた。アルフレッドはなぜリオンが助けてくれたのかと分からない顔をして、リオンは世界の終わりのような暗い目でこちらを見ていた。
「私は民を守る」
その言葉は誰に向けられたものなのか。俺の耳にはひどく空虚に聞こえた。
「それが悪人でもか?」
「彼らは悪人ではない。悪人にしてしまったのは私だ」
剣を構え直して相手をアルフレッドからリオンにかえる。帝国最強の聖騎士という名に偽りはなかった。だが、リオンの剣は揺れていた。定まることのない剣は、偽りの剣でたやすく斬れた。崩れ落ちたリオンは何も言わなかった。
目を開けたまま血を流すリオンは、言おうと思えば恨み言の一つでも言えたに違いない。だが、彼は口を開かなかった。その姿をアルフレッドはどう見たかは分からない。俺はアルフレッドを今度こそとらえると首を落とした。
振り返ってリオンを見下ろす。
見開いていた彼の瞳をとざして、俺は帝都への道すがら彼らが魔物に殺されたという話を作ることにした。