上
「聖騎士様……。あなたには人の心がないのですか?」
甲冑に身を包み守りは十分だというのに男の発した声は震えていた。それは目上の者に対する緊張ではないことは私にも分かる。だが、彼のいう人の心とは何か私にはさっぱり理解できない。人の心なんて形のないものを理解する。そんなこと人間にできるはずがないのだ。
「リオン。曖昧な言い方をするな」
私は怒りをにじませた。手元の剣に語気に合わせて力が余計に加わる。魔族とそれに人質にされていた人間を串刺しにしていた剣を二体分の身体から強引に引き出す。どちらもうめき声さえ漏らさない。当然だ。殺すために刺したのだから。
「帝国最強の騎士――聖騎士と呼ばれるあなたなら人質を救う戦い方もできたのではありませんか? その者はあなたに刺されるまでずっと助けを求めていた。なのにあなたは!」
兜の奥に隠された目が私を睨みつける。
「できるよ。だが、その必要があるか? 私に与えられた命令は、帝国に仇を成す魔族をことごとく打ち倒せだ。か弱い市民を助けろ、ではない。そもそも、何のために一つの命を救う? その命は特別なのか? 救うことで多くの命を助けられる特別なものなのか?」
「特別? 特別な命でなければ切り捨ててよいとお思いなのですか?」
リオンの声がさらに荒くなる。
「魔族を一人殺すのに臣民一人の命が使われた。対等な話だ。」
「イカれてますよ。あなたは脳ミソが壊れている。聖騎士モーガン・モードレッド・ドッレトノート。あなたは聖騎士に相応しくない」
今年聞いた冗談の中では一等上等なものだった。奥歯をかみ合わせて私は笑い声を押しつぶした。リオンは私と一戦おっぱじめるつもりなのだろう。身長ほどもある大剣を正面に構えた。私はまだ血に濡れている剣を左手でだらりと床に向けたまま、右手だけあげて打ち込んで来いと手招きをした。
次の瞬間、リオンは獰猛な獣のように大剣を振り下ろした。私は左手で握った剣をやや斜め上に突き出した。大剣の刃を滑るように剣が走る。金属がこすれる甲高い音がする。それと同時に私の甲冑の脇下から側面を抜けてリオンの大剣が落ちていく。
地面に大剣がぶつかり激しい音がする。リオンは斬撃の軌道が逸らされたことに驚いたのか動きが緩慢になった。私は足を振り上げて脚甲で思いっきりリオンを蹴りつけた。甲冑同士がぶつかり金属が歪む嫌な音がした。
「分かった」
私は吹き飛んで地面に倒れ込んだリオンを見下ろし、自らの歪んだ脚甲の留め具を剣で跳ね飛ばし、着込んでいた甲冑の留め具を外して、兜と手甲をリオンに投げつけた。
「あなたみたいに強いだけの人に何が分かるっていうんですか?」
「弱い奴のことなんて分からないことが分かった。だから聖騎士やめる。あとは勝手にやってくれ。私には結局なにも分からない。人の心が分かるっていうならお前が聖騎士をやればいい」
甲冑を外して体が軽くなった。いまなら城壁の一つくらい飛び越えられるかもしれない。私は元部下たちを置き去りにしてその場をあとにした。建物の出入り口で左手がまだ名残惜しそうに剣を握っていたことに気づいて地面に突き立てた
血まみれの剣は少しの間、垂直を維持していたが、重さに負けてガシャンと倒れる。どこにも行く当てがなかったので剣が倒れた方へ歩くことにした。まったく気楽なものだ。こうして聖騎士モーガン・モードレッド・ドッレトノートは姿を消した。
教会領を抜けて帝国領にはいる。国境を越えたと言っても大きな変化はない。
魔物に襲われたのか廃村や焼け落ちた家々が穴ぼこだらけになった街道沿いに点々と続いている。魔族を束ねた魔王との戦いが始まってからすでに二十一年が経過している。平和な世界というのを知っている人間のほうが少ない、というのが今の世界だ。
一年前に神の神託があり、一人の青年――ローランが勇者として選ばれた。
しかし、その青年はあっさり死んでしまった。殺されたのだ。俺が殺してしまったのだ。そのため俺は勇者ローランを名乗って旅をしている。別に勇者として称賛されたいわけではない。ただ、ローランを殺した人間として偽りの希望を演じるという罪を与えられているだけだ。
だから、俺が世界を救うんだ。とか自分が正義だ。などとは思っていない。
きっと人でなしなのだ。
いくつかの廃村を越えたあたりでいくつかの悲鳴が聞こえた。それは数百歩ほどの距離で無視するには近く、好んで駆け出すには億劫な距離だった。それでも声のほうに向かったのは、自衛のためだった。声の主が襲われているのなら早かれ遅かれ、俺にも火の粉が降りかかる。それならばこちらから仕掛けて先を取った方が幾分有利だと思ったからだ。
声のほうに駆けていくと数台の荷馬車が魔物に襲われていた。農民らしい男たちが必死の形相で荷馬車を守っていた。手には農民には不釣り合いな剣や槍を握り。それなりの構えと立ち振る舞いであった。だが、素人の域を少し超えた程度で魔物を撃退できるようなものではなかった。
俺は腰に下げていた剣を抜き放ってまっすぐにに魔物の群れのど真ん中に斬り込んだ。
振り下ろした剣が魔物の肩口から肉と骨を裂いて反対側から抜ける。やはり、この剣は斬れる。握った剣を構え直す。血にまみれた剣身は歪みなく真っすぐで、いかにも勇者の持つ聖剣の様に見える。だが、偽物の勇者である俺が聖剣など持てるはずもない。偽剣ファデイ。聖剣を模して造られ、神に愛されなかった切れ味だけの偽りの剣。それがこの剣だ。
仲間が切り伏せられたことに気づいた魔物が唸り声をあげてこちらに大きな口を開ける。凶器のように並んだ牙がこちらを向くが、俺は剣を口に突き込んで強引に真横に振りぬいた。口の裂けた魔物が絶叫にも近い声をあげて地べたを転げまわる。その頭に剣を振り下ろすと声は止んだが、さらに多くの魔物がこちらに牙を向ける。
一番近くの魔物から一つ、二つ、三つと首を刎ねていくと六つ目で魔物は散り散りになって逃げだした。最後にもう一匹と地面を蹴ろうとしたとき、背後から声をかけられた。
「あ、ありがとうございます!」
ひどく緊張した様子のわりに大きな声だった。荷馬車を守っていた農民の頭らしき青年は、腰をひどくまげて感謝を述べた。
「たまたまだ。少し時間が違えば先に襲われたのは俺だったかもしれない」
声をかけると青年は曲げていた腰を元に戻した。俺はこのときはじめてこの青年の顔を見た。日に焼けた色黒の肌にやや卑屈な瞳が印象的だった。その手に鍬でももっていればすぐに農民だと確信できそうな見た目に反して、彼の手には刃こぼれが見られるものの鋭利な剣が握られていた。
「いやそれでも貴方様は俺たちの命の恩人です。高名な剣士様なので?」
「ただの剣士だよ。君らこそ傭兵か何かなのか? 農夫というにはやや剣や槍に心得がありそうだが」
褒めると青年は「いやー」と嬉しそうにはにかんだ。純朴なものだ。
「おれたちはこの近くのワンダニという村のものです。剣や槍に心得があるのは月に一度、帝国の騎士様が見回りついでに農民でも身を守る術を知っておいた方がいいと稽古をつけてくれたからです。おかげで他の村の者よりも腕っぷしには自信があるのです」
持っていた剣を鞘におさめて青年が微笑む。青年の様子を見て周囲で戦っていた農夫たちが集まってくる。荷馬車の御者たちも含めると二十人ほどになった。思ったほど怪我人は少ないらしく彼らの言葉はあながち大げさではないようだった。
「そのようだな。君の名は?」
「ああ、自己紹介がまだでした。おれはワンダニ村のアルフレッド。剣士様は?」
「俺は……ローランだ」
ローランと名乗るとき気が重くなる。本来なら勇者として人々の希望になるはずだったローランの名を使うということは、俺が希望にならなければならないということだ。偽者が希望とはあまりにひどい話だ。
「ローラン? ローランと言えば、神託の勇者と同じ名前じゃありませんか! もしかして、剣士様は勇者ローラン様なので?」
アルフレッドの声が大きくなり、周りの農夫たちも「勇者様だって」とか「それであの強さか」などと口々に騒ぎ始めた。
「……ああ、そうなるか」
「そりゃすごい! 俺らは勇者様に救ってもらったんだ。良い土産話ができたな」
農夫たちがアルフレッドを中心にわいわいと盛り上がり始める。俺は居心地悪さを感じてアルフレッドに訊ねた。
「帝都に向かっているんだが道は東であっているか?」
「ええ、東で間違いありませんが、よろしければおれらの村に来られませんか? 先ほどのお礼もしたいですし、明日には帝都から騎士団の方々が来られる予定になってます。帝都に向かわれるなら騎士様がたとご一緒のほうがなにかと便利でしょう」
アルフレッドが言うと周りの男たちも是非にとこちらを見る。確かに不案内な帝国領内を案内なしで進むよりは騎士団と合流できたほうが良い。だが、村で歓待されるというのはあまり気が進まない。もし、自分が本物の勇者であればこんな気持ちにならずに済んだのだろうが、偽物という立場はどうしようもない。
「わかった。行こう」
男たちは歓声をあげるとわいわいと騒ぎながらもテキパキと荷馬車の車列を整えた。
移動にも戦いにもここまでこなれている農民というのは珍しい。それほどまでに魔物の被害が多いのか。彼らを指導している騎士様とやらがよほど有能なのだろう。俺は久々に徒歩から解放されて、荷馬車の世話になることになった。相席の積み荷は小麦や干し肉と言った食料が主だった。
先ほどの戦いでついたのか血がわずかに小麦袋に染みを作っていた。痛々しいものだ。ゴトゴトと地面の凹凸に合わせて揺れる荷台に乗っていると夕暮れ前にアルフレッドたちの村についた。ワンダニ村は思っていたよりも小奇麗だった。
村を囲むように石垣が続きその中に木製の家々が立ち並んでいる。地面はところどころ石で舗装されており荷馬車が走りやすくなっている。村や町に行けばどこにでもいる豚は良いものを食べているのかよく肥えていた。
「いい村じゃないか。魔物がでる地域だ。もっと苦しい生活をしているのかと思っていた」
正直な感想を言うとアルフレッドが「騎士様のおかげですよ。戦う術を教えてもらって戦えるようになったから今の村があるんです」と複雑そうな顔をした。自衛ができるようになったゆえの豊かさだとすれば、それまでの襲われる立場だった頃はひどいものだったのだろう。
「その騎士様はどういう人なんだ?」
「騎士様はリオン・ハーベット・トムソンとおっしゃられて、聖騎士の位を持つ立派な方です」
聖騎士は帝国最強の称号だ。
「すごいな。聖騎士から直接の指導だなんて」
「いや、そう言っていただけると照れますね。リオン様は、前任の悪辣な聖騎士を打ち倒して聖騎士になられた方で、おれたちのような下々のことも良く考えてくださる。おれたちへの訓練だって普通の騎士たちは嫌がっていたのですが、リオン様が自衛の力は持つべきと説得してくださったのです」
「確かに立派だな。反対に悪辣な聖騎士とはどんな奴だ?」
「ええ、その騎士の名前はモーガン・モードレッド・ドッレトノートと申しまして、聖騎士などおこがましい方で、人質がいてもお構いなし、魔族を殺せれば民草などいくら死んでも構わない。冷血な狂戦士のような方でした」
「腕のほうは当然良かったのだろうな」
「ええ、武技に関しては帝国無双。百年に一人の天才でした。でも、性格が最低でリオン様が倒されなければ、その剣で魔族と共に多くの民が殺されたことでしょう」
とんでもない騎士がいたものだ。
だが、そこまで魔族殺しが好きならば仲間になってくれれば助かるかもしれない。偽者とは言え魔物や魔族の討伐を頼まれることは多い。いまのところ何とかなっているが仲間がいることに越したことはない。
「そのモーガンって奴はいまはどこに?」
「良くは知りませんが、聖騎士号を剥奪されて帝都からも追放されて、魔族や人に関わらず襲う強盗になったという噂を聞きました」
アルフレッドは神妙な顔つきで話すと、そんな辛気臭い話は止めだとばかりに明るい顔を作ると「そんなことより、ローラン様が来てくださったお祝いと先ほどのお礼を兼ねて盛大に宴を催しますから、楽しみにしておいてください」と言って村の中央のほうへ駆けて行った。
他の男たちも家族のもとや積み荷を倉庫へ運んでいき、俺は村の外れに一人になった。
耕地こそさほど多くはないが落ち着いた村だ。人々は飢えていないし、墓の数が多いということもない。きちんと戦う術を学ぶことで魔物の被害が減るのなら他の村や町でもやればいいかもしれない。人の多い村の中心部へ行くのは何となく気が進まなかったので、畑のほうへ向かう。まだ青い麦が不揃いに並び、ニンニクや根菜が雑草と一緒に植えられている。
この畑の主はあまり農作業が好きではないのだろう。
そんなことを考えて散策をしていると一人の老人が黙々と畑仕事をしていた。彼の畑は綺麗に整えられ雑草ひとつない。小石も几帳面に取り除き、用水路に溜まる泥も綺麗にかき出している。
「良い畑だ」
声をかけると老人は少し驚いた顔をしたあと、こちらを値踏みするように頭の上から足元までゆっくりと眺めていた。
「冒険者か。珍しいな」
「帝都へ行く途中だ。この村の連中と街道沿いで一緒になって厄介になっている」
「……若い連中か。このあたりは魔物が出る長居せずに帝都に行った方がいい」
老人はそういうとプイと顔を背けると再び農作業を始めた。老人からすれば若者たちが本業である農業を蔑ろにして剣や槍を振り回しているように見えるのかもしれない。確かに戦いの訓練をすれば農作業の時間は減る。だが、いくら麦を育てても殺されてしまえば元も子もない。村を守るというのは難しい。
老人に背を向けて村のほうへ戻るとアルフレッドがこちらを見つけて駆けてきた。
「あっ、ローラン様! 探しましたよ。宴の準備が整って気の早い連中はもう一杯始めてますよ。おれらもいきましょう!」
アルフレッドにうながされて村の集会場のような建物に近づくとパチパチと肉の油が弾ける音に焦げた香辛料の香りがした。料理を運ぶ女性や子供がこちらをみて「勇者様!」とか「うちの人らを助けてくれてありがとう」とそれぞれが好き勝手に騒ぐ。その様子を見た男たちがさらに騒いで場が一気に盛り上がる。
すでに顔を真っ赤にした男が葡萄酒をなみなみとついだ木の杯をこちらに押し付ける。
慌てて受け取ると乾杯の声が場に満ち溢れた。
久々に飲んだ酒は、口から喉。喉から胃へ達して身体が温まるのが分かった。良い葡萄酒なのだろう。次々に目の前に出される料理もなかなか豪勢で、味も良い。これだけでもこのワンダニという村が豊かなのが分かる。
村人たちはかわるがわる俺に声をかけて酒をついでいく。夜半過ぎには流石に酔いつかれてアルフレッドが用意してくれた部屋に倒れ込むように入った。
翌朝の気分は最悪だった。
頭の割れるような痛みと倦怠感が寝台の上から降りることをためらわせるが、今日は噂の聖騎士様が訪れるというのだから二日酔いに倒れているわけにはいかない。這いずるように寝台から降りて寝床を貸してくれた宿屋の女将に頭をさげる。女将は「ひどい顔ですよ。勇者様」と言って素焼きの甕から水をくむと差し出してくれた。
昨夜の酒よりも臓腑に沁み込むように水が喉を滑り落ちる。
「あぁ」
年寄りじみた声が漏れる。女将はその様子を見て笑うと麦粥と昨夜のあまりものをさっと温めて出してくれた。胃に物を入れてもう一杯水を飲むと少しだけ気分が良くなった。
「アルフレッドたちなら聖騎士様たちの到着を待ちながら訓練してますよ」
女将に言われた場所に向かうと村の男たちが、剣や槍、弓などを空いている畑で振るっている。腰の引けている者もいれば、なかなかの腕前の者もいる。男たちの訓練の様子を見ていると村の入り口から馬のいななきが聞こえた。その音はすぐに畑のほうまでやってきて男たちが「リオン様!」と手や武器を揺らした。
馬に乗った一団は、立派な鎧に身を包み見ただけで地位の高い騎士たちだと分かった。その中でもひときわ大きな大剣をかついだ男が聖騎士リオンのようだった。さらさらと風になびく金髪に優しそうな瞳、吟遊詩人が語りそうな整った顔立ち。村人たちでなくとも人気になりそうだった。
「リオン様。今日もご指導お願いいたします」
村人を代表してアルフレッドが頭をさげる。リオンはアルフレッドに頭をあげさせると配下の騎士たちに指導を命じた。きびきびとした様子で騎士たちは村人たちのほうへ散ってゆく。
「村のほうは異常ないか?」
「はい、ワンダニ村は御覧の通り平穏無事です。ただ、街道沿いで大農園を拓いていたモリエル夫妻や西のヨースタ村は魔物に襲われたらしくひどい有様です。危ないからうちの村に越してくるように言っていたのですが、故郷を捨てることはできないと……」
アルフレッドが声を詰まらせるとリオンは「君のせいじゃない。少なくともこの村が無事で嬉しいよ」と憂いを残したまま微笑んだ。
「あっ、それと昨日街道で神託の勇者様に助けられまして。この村に滞在していただいているのです」
「……神託の勇者? それはどこに?」
「あちらです」
アルフレッドがこちらを指さすとリオンは柔らかな表情で俺のもとにやって来た。
「あなたが神託の勇者ローラン様ですか?」
「仰々しい言い方をすればそうなります」
偽物ですとは言えないので、自然と苦笑いになるがリオンはそれを謙虚さだと見たのか。元来人が良いのか。黙ってうなずいた。
「では、それが聖剣ですか」
「見ますか?」
俺は腰から下げていた剣をリオンに差し出す。聖剣の紛い物とはいえ、この剣は見た目も切れ味も聖剣と等しい。唯一、違うところは神の加護を得られなかったことだ。そういう意味では俺もこの剣も同じである。
「良いのですか」
「どうぞ」
リオンは剣を鞘から抜き放つと、人差し指で刃に軽く触れた。それにもかかわらず彼の指先の皮はぱっくりと裂けて血が赤い玉になった。リオンは照れくさそうに笑うと剣を鞘におさめて俺に返した。
「流石の切れ味ですね」
「聖なるもの以外は切り裂く聖剣ですから」
「ローラン殿、帝都に直接向かわれなくて幸いでした」
「帝都に向かっていればなにか問題がありましたか?」
「いま、帝都は出入りを厳しく制限しているのです。魔族の侵入があり、帝都内で有力な貴族が殺される事件があり。犯人を帝都から出さないためと仲間を呼ばれないように二重の理由で限られた人だけが出入りできるのです。だから、ローラン殿がそのまま向かわれていれば、門前払いになっていたでしょう」
帝国の首都で魔族に貴族が殺されるとは大事件である。帝都は国境沿いの村よりもはるかに厳重な守りと監視下にあるというのに貴族が殺された。それは入り込んでいる魔族がよほどの手練れであることを示している。
「ということはここでリオン殿に会えたのは僥倖というべきですね」
「ええ、私のほうで帝都にローラン殿の来訪を伝え、許可を取りましょう。しかし、今日は彼らの訓練をしなければなりません。少しお時間をいただきます」
リオンはアルフレッドたち村人のほうを嬉しそうに眺める。
「この村は豊かですね」
「ええ、それは彼らが自ら武器を持ち、故郷を守らんとするからです。いつも聞かれるんです。リオン様は次いつ来てくださるのですか? おれたちはもっと強くなりたいのです、と。帝都の衛兵でもここまで前向きではありません」
「だから、アルフレッドは今日、あなたが来ることを知っていたのですね」
「それくらい心待ちだったのでしょう。部下たちも最初は農民に教えるのは嫌がっていたのですが、彼らの熱意に打たれて今では教えることを楽しんでいます。こういうことを他の村でもできれば被害が減るのかもしれませんが、教えるということは時間がかかります。もっと時間と人がいれば、そう思うばかりです」
確かにリオンは良い人らしい。
「では、貴重な訓練の時間を俺とのお喋りで潰すのは申し訳ない。宿に戻っていますのでアルフレッドたちに稽古をつけてやってください」
俺はそう言ってリオンと別れると宿に戻り、寝台に倒れ込んだ。
頭が痛む。それは二日酔いとは別の痛みだ。嫌なことばかりの世界が嫌になった。