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スコーバレーの雪に照らせ  作者: 山手順一郎
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琥珀の蝶

 僕は琥珀が好きで、恋人の美保は花が好きだった。二人で暮らす家にはいつも、季節の花々が咲き誇っている。どの花にも虫は来ない。僕の持っている蝶は、樹液の中で千年も羽を休めている。

「歩夢。アルバイト行ってくるね」

「ああ、行ってらっしゃい」

 美保は最近になって近所のコンビニで働き始めた。パワハラに耐えきれず彼女が会社を辞めてから、一か月が経っていた。そして、僕が仕事を失ってから三ヶ月が過ぎた。

 二人とも働いていなかった間は、昼間から愛しあって、爛れた生活をしていたが、僕の失職のショックは彼女によって癒されつつあった。

 だけど今一人の時間が増えて、嫌なことを思い出したときは、現実逃避のために琥珀の蝶を見つめて、彼女に話しかけた。

「夏美、可愛いよ」

 高校生のとき付き合っていた彼女が、僕の誕生日にプレゼントしてくれたものだった。

 瀬田夏美。十五歳。華奢で可愛い女の子。蝶を見るたび僕の精神は十年若返り、当時を思い出す。その世界で僕は彼女とセックスをするのだ。

「ああ……」

 早めにシャワーを浴びなければ。下半身を洗った後に琥珀も水洗いした。美保の勤務時間はまだ六時間もある。だがその間に友人が飲みにくるのだ。やっと着替え終わった頃、最寄りのコンビニで酒とつまみを買ってきた高校の同級生がインターフォンを鳴らした。美保がレジを担当したのだろうか。

「お前の所為じゃない」快人がいった。僕が会社を辞職することになった原因を。「悪いのは信号無視のトラック運転手だ。助手席の後輩が亡くなったのは気の毒だけど、歩夢は無事だった。これからの人生を有意義に生きてくれよ。そろそろ就活したらどうだ?」

「社用車を運転できない」

「免許が必要ない仕事だってたくさんあるだろ。俺の職場だってそうだ」

 だけど僕にはまだ休みたい理由があった。会話は高校生のときの昔話に転じ、馬鹿馬鹿しいエピソードに二人で笑った。

 この男の所為なのだ。

 僕が夏美と些細なことで喧嘩し、別れた後に復縁出来なかったのは、夏美が次に快人と付き合い始めたからだった。だけどそれは仕方のないことだ。彼は僕と同じくらいイケメンで、僕よりも三センチ背が高い。しかし、半年で奴も夏美と別れたときは、安心した。

「またな、歩夢」

 快人は仕事終わりで疲れているからといって、いつもよりあまり飲まずに帰っていった。僕も少し疲れていたので、昼寝をした。

 美保にキスで起こされ、コンビニの廃棄の弁当を温めて二人で食べた。それからセックスをして、本格的に疲れたので、裸で抱き合って朝まで眠った。


 三日後の水曜日。僕は昼間から営業している居酒屋へ行った。向かいの席は一人の女性が座っている。十年後の瀬田夏美。彼女の勤めている会社の定休日が平日だった。無職になったおかげで、僕は以前より頻繁に彼女と会えるようになった。

「快人の奴、もうすぐ二人目が産まれるらしいよ」僕は話した。

 夏美はまだ独身だ。今は付き合っている男もいないという。彼女には美保との結婚を勧められたことはないし、僕はまだ身を固めるつもりもなかった。

 他愛ない会話を二時間くらいして、店を出た。そのあとホテルへいって、夜に別れた。一ヶ月ぶりのセックス。


 その翌日、元同僚に電話で呼び出された。きっとまた戻ってきてほしいと言われるかと思ったが、智美は「ただ会いたいだけ」と行ったので彼女の家に行った。

 同期の中でも特に親しかった彼女はすべて知っている。あの事故も、僕の性癖、そして缶ビールを飲みながら先日の夏美との一夜を打ち明けた。

「最低だね」

「なにが?」

「それって浮気でしょ? 同棲中の恋人が働いている間に、他の女の子と会ってるんだ」

「お前だってそうだろ」僕が家に上がるなり、酒の入ったスーパーのレジ袋を見て、ゴムは用意してきたのか、と尋く女だ。

「私は同僚だから」

「元、同僚だ」

「今、決めなよ」智美はハイボールを一気飲みしてからいった。「今の彼女を選ぶ? それとも別れて浮気相手を選ぶ?」

(琥珀だ……)

「夏美だ」

「なにを考えているの? 歩夢、気でも違った? 支えてくれる彼女を捨てて、別の女の子と付き合うの?」

「初恋の相手なんだ」

「知らない、そんなの」

 会話はそこで途切れた。しばらくお互いにアルコールを流し込んで、最後にセックスをして家に帰った。


「歩夢が後輩になるとはな」快人は少し恥ずかしそうにいった。

「今日からよろしくお願いします、佐々木さん」僕は頭を下げた。

 智美に叱責されてから二ヶ月が経ち、僕は再就職した。美保も就活を始めている。僕らはまだ一緒に住んでいた。琥珀を手放せないように、美保を失うことも耐えられない。だからきっと僕らは結婚するだろう。もう少し夏美と会って、智美と折り合いをつけたら。

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