このままでいたい
「春、そろそろ勉強しないと……」
「香乃、もう少し頭を撫でていて」
「せっかく春の家で一緒に宿題しようって、約束したんだから。私たち、高校生最後の夏休みなんだよ。はやく課題を片付けて、満喫したいと思わない?」
「私の学校は、香乃よりも宿題が少ないの」
「でも、私の宿題が進まないよ」
「もうちょっとだけ、このままでいたい」
「それは私も嬉しいけれど。甘えん坊な春はいつも、私のお膝の上に寝て、くっついてくれるけど、今日は長いから、足が痺れそう」
「慰めてほしいの」
「春、なにかあったの?」
「彼氏に振られた」
「え? うそ……」
「他に好きな人ができたんだって」
「佐久間君を許せない。春はこんなに可愛いのに」
「その浮気相手が私と同じくらい可愛い人だったの」
「知っている人なの?」
「私の、お姉ちゃん」
「……そんな」
「最悪な気分」
「美咲さんは、春の彼氏だと知っていて、佐久間君と恋愛関係になったってこと?」
「知らなかったの」
「いや、そんなわけないでしょう?」
「お姉ちゃんには、彼氏ができたって報告していなかったから」
「なんで? 仲がいいでしょ?」
「私のお姉ちゃん、旦那に浮気されて実家に戻ってきたでしょ。離婚について考えている人に、いうのは気が咎めたの」
「そもそも二人は、どうやって知り合ったの?」
「お姉ちゃん、近所のコンビニで働き始めたでしょ。そこが、佑くんのアルバイト先だったの」
「それじゃあ、佐久間君は美咲さんが春のお姉さんだってことは知っていたの?」
「それも知らなかった。籍はまだ抜けていないから、佐々木姓で気づかないよ」
「それで、春はお姉さんから知ったの?」
「うん。お姉ちゃんはすごく喜んでた。新しい彼氏ができたって。それで写真を見せてもらったら、私の彼氏だったの。そして次の日に私は振られた」
「……そっか。つらかったね」
「ありがとう。香乃はやさしいね」
「春だってやさしいよ。私が春のお兄さんと付き合ってこの家に初めて来たとき、春は気さくに接してくれた。恋愛の相談にものってくれたし、お兄さんが東京の大学に行って、別れることになったときには慰めてくれた。今度は、私が春を慰める番だよ。今日はずっと、甘えていていいからね」
「……甘えるだけでいいの?」
「うん。宿題はまた今度、一緒にしよう」
「そうじゃなくて」
「え?」
「私、気づいてるよ」
「…………なにを?」
「香乃、ドキドキしてるね。本当はね、彼氏がいたときに私も浮気してたの。友達と。私が躰をくっつけると、いつも胸が高鳴るのを感じていたよ。今みたいに」
「春……私っ」
「本当のことをいって」
「春のことが、好き」
「香乃。目を閉じて……」