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スコーバレーの雪に照らせ  作者: 山手順一郎
3/9

月も滴る……

 机に向かう早苗は参考書の頁を捲って問題を読み、ノートに数式を書き連ねている。一時間以上も問題を解くのに集中していて、真面目な妹だと思った。

 私はソファーで制服姿のまま、志織が買ってきた発泡酒の二本目を飲んでいる。塾帰りの乾いた喉を癒すには最高の飲み物。

「ただいま」

 甘い香水の匂い。美穂は仕事着を床に脱ぎ捨てるとテーブルから私の缶を拾い上げた。下着姿のまま一気に飲み干す。まだ半分以上残っていたのに。

「美穂、はしたない」

 風呂上がりの志織は全裸で、肌が少し濡れている。冷蔵庫から新しいビールを出して飲んだ。

「志織には言われたくない」美穂はブラジャーを外して、乳房が揺れる。二人とも私より大きい。社会人だから経験豊富だろうし、揉まれると大きくなるのだろうか。

「長山司くんは補習で私に誘惑されたけれど、同級生の恋人を大事にして、代わりに弟を紹介した。治くんだってさ」

「それで、教え子に手を出したの?」

「もちろんよ。すごく可愛かったわ。美穂の言う通り、我慢は良くないね」

「若い男の子は、いいでしょ」美穂もパンティを脱いだ。「今度貸してよ」空き缶を私に押し付けると、お風呂に行った。「捨てといて」

「唯にもお似合いだと思う」志織は下着を穿かないでパジャマに着替えてからいった。「あなたたち、同級生でしょ。告白しちゃえば。絶対OKされるわ」

「浮気する彼氏なんて、絶対に嫌だ」しかもお姉ちゃんと。「早苗は? どう思う」

 早苗は手を止めて、椅子を回して振り返った。「私も浮気は嫌だな」返事をしてきた早苗の綺麗な顔立ちには、不愉快な感情が見えなかった。純朴な彼女は、先日も男子に告白されたのに断ったという話だ。今年受験を控えているから、きっと教科書が恋人なのだろう。「志織姉、お腹すいた」

「美穂を待ってから晩ご飯にしよう」志織が台所でいう。


「さっぱりした」美穂は長い髪の毛を乾かすのに時間がかかった。その間に赤津家の夕食が用意できていた。夜勤のお母さんが作り置きしていた料理を志織が電子レンジで温めてくれた。私と早苗がテーブルに並べて、

「いただきます」三本目のビールは、苦すぎた。志織に渡す。

「こんなことだけ、無理に大人びて……」志織は私が勝手に盗んだ缶を取り戻した。

「彼氏が欲しいと思わない? 青春は待ってくれないからね」と美穂。

「私たち受験生だよ。そんな暇ない」

「唯、ずっとビール飲んでスマホ弄っていたじゃん」志織がすかさず告げ口した。「さっき職員室で渋谷先生に呼び止められてね、唯の数学の授業態度について報告されたんだ。黒板を見ていないでしょ。板書も写していないし」

「今まで黒板の写真を見ていたの!」私は声が大きかった。「ノートに書くより楽なんだもの」

「嘘でしょ」

「志織には関係ない」

「私はあなたの担任なんだけど」

「生徒が飲酒するのはいいの?」

「可愛い妹だから、見逃しているの」志織はにっこりとして、缶に残っていたビールを飲み干した。「どうせ、大した量も飲めないんだから」

 美穂はハンバーグを食べ終えた。「早苗は? 好きな人いないの?」

「私、彼氏いるよ」さらりといった。

「えっ?」全員が聞き返した。

 早苗は志織に勝ち誇ったようにいった。「司くんは私の恋人なのよ」

 志織は少し居心地悪そうにいう。「私は妹の彼を寝取ろうとしたの?」おかずを一個、早苗の皿に乗せた。「ごめん。知らなかった」

 こんな話を聞くべきじゃなかった。酔っぱらっていなければ、すぐに引き込もっていただろう。私は今日、二度失恋をした。それもお姉ちゃんと妹によって。「私は長山くんが好きだったのに!」突然大声で喚いた。早苗が付き合っていたなんて。クラスの噂になってはいなかった。早苗が驚いた顔をしていたが、私は夕飯を大急ぎで食べ終え席を立った。「ご馳走さま。お風呂入ってくるね」逃げるように。


 下着まで濡れていた。湯船に浸かりながらバスルームの小窓から空を見ているときも涙は止まらない。そのとき声がした。

「お姉ちゃん一緒に入ろうよ」

「やめて」私はいって、湯船のお湯で顔を洗った。「もう小学生じゃないんだから」

 衣擦れの音がして、すぐに早苗がおずおずとバスルームのドアを開け、躰を洗いはじめた。私は浴槽に深く腰かけ、じっとしていた。司くんはこの裸をすでに見たのだろうか。

「ちょっと狭いね」早苗は湯船に入ってきた。躰と躰が触れ合い、お湯が必要以上に溢れた。「お姉ちゃん、いい女だよね」彼女が私の裸をじろじろと見ていってから、肌の密着が増した。顔が近い。

「私、もう出るから」

「駄目。私前から興味あったのよね。女の子同士って、どんな感じなんだろう」

 暑い湯の中でなぜか寒気がした。「まって、早苗。あなたなにを――」

 早苗は顔を近づけて、そのまま、私の唇に唇で触れた。「お姉ちゃんのファーストキス。貰っちゃった」

「なんてこと! 大事にとっておいたのに!」好きな人のために。

「今日私たち初めてキスをしたの」早苗は告白した。「私のファーストキス。司くんと」とほほえむ。念願が叶って有頂天なのか。「まだ、洗ってないよ。唇だけは」

「それって……」

 間接キス。

「司くんの唇の味、唯姉に貸してあげたよ」

 柔らかくて、デミグラスの味がしたけれど……

 後味はよかった。

 抱きしめられて、赤い顔で私に胸を押し付けた早苗が、もう一度キスをしてきた。「返してもらうね」

 離れようとする早苗を私はひん抱いてキスを奪った。「まだ貸して」

「だめ」もう一度キスされる。今度は唇を吸われた。

「やだ」また唇を奪った。私は舌を中に入れた。

「ふあっ……」さすがの早苗も驚いたようで、動きが止まる。その隙に口内を舐め回して、唾液を吸って、それを飲んだ。司くんのわずかな残滓を取り込むため。私のお腹の中に。

「大人のキスは初めてなのに」早苗も負けじと舌を絡めてきた。私たちは貪りあった。のぼせるまで。

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