7話『ritardando』
次の日、部室で忘年会が行われた。
各々が楽しい話に花を咲かせている。お菓子を食べたり、ジュースを飲んだりしながら。
『バレるまで黙っていることにしましょ。部内恋愛って難しいから』
昨日、帰り際に美憂はそう語った。
だから、部活の時には、出来るだけ自然に接する。
部活中はお互いにあまり、干渉し合わず。でも、帰りは時間を合わせてバスに乗る。
今日で年内の部活は終わるので、これは、来年からの毎日の楽しみになるだろう。
*
僕は部室の端でぼーっとしながら、オレンジジュースを飲んでいた。
終わりの無い楽しい事もある。昨日はそう思えたが、来年、部活を引退して、受験勉強をし、大学に行くとなったら……
美憂と離ればなれになったら、僕はどうするんだろう。
仮に僕が、本当に音楽の大学を受けて、東京の方へと出たら。
美憂が宮城に残ったら。
そうなったら、不安だ。
本当に永遠に続く、楽しい事なんてあるのだろうか。
恋にだって終わりが来る時も……
いやいや、駄目だ。こんな考えが出てきては。
また眠れなくなってしまう。
とりあえず、僕は美憂の事を知らなすぎる。
今晩、メールをしてみよう。
「どうした?苦い顔でオレンジジュース入ったコップ見つめて。苦いオレンジジュースだったか?」
顔を上げると、山下が僕に近寄ってきていた。
「いや、ちょっと考え事しててね」
僕はオレンジジュースを飲み干す。
「苦くない。むしろ甘いぐらいだ」
そう言うと山下は
「考えすぎも良くないと思うぞ。例の件だろ。トランペットパートには音大に行くとか言って誤魔化したみたいだけど、嘘で自分の首絞めんなよ」
「そこまで知っているのか」
山下がその事を知っているのは驚きだった。
「情報通の山下とは俺の事だからな」
本当に山下の情報網は広い。
美憂との事だってすぐバレてしまうかもしれない。どうにか隠し通さねば。
「俺もお前の悩みのために色々考えたんだぜ。ま、どれもお前の心に響かないかもしれないけどな」
「いい。聞かせてくれ。山下の意見を」
親友とも呼べる山下の意見だ。しかも僕の為を思って考えてくれた。聞かない選択肢はない。
「じゃあ話すか」
そう言って山下は語り始める。
「そもそも、音楽には終わりと始まりがある。そう作られてるんだよ。自然の摂理だ。終わらない音楽なんてものは、おそらく曲にならない」
「楽しい事もそうだ。これにも始まりと終わりがある。祭りやイベント、まぁ昨日のクリスマスコンサートなんかもそうだな。高校生活もそうだ」
「とにかく、俺の考えでは2つは似たような理由で終わりが来る。残酷な事だが、事実だ。とにかく、演奏も、人生も1回切りしかない。それをどう演奏するか、生きるかなんじゃねぇかな」
僕は一度下を向いて話を咀嚼する。
でも……と言いかけたが、これはあくまで山下の考えだ。そして、僕の為に考えてくれた事だ。
「ありがとう、山下。君の意見を参考に考えをまとめてみるよ」
「そうだな。これはあくまで俺の意見だ。うまく自分で見つけてくれや、答え」
山下はそう言うと、他の部員たちの方に歩いて行った。
山下の意見はかなり正しい。でも、僕が欲しいのは、フェルマータのようなもの。
いや、いつまでもフェルマータに囚われていては、答えが出ないのかもしれない。
でも、やはり魅力的に感じてしまう。
コンサートホールに響き渡る余韻。それを永遠にしたい。
高校生活も、きっとそんな感じで、最後の夏のコンクールの最後の1音。それを永遠に閉じ込めて……
「せーんぱい!どうしたんですか、こんなところに一人で!」
「あ、あの……相澤先輩から、呼んでくるように言われて……」
愛菜さんと佳奈さんの後輩二人組が駆け寄ってくる。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてて……」
「白木先輩!相澤先輩からの提案です!トランペットパートで記念写真撮りますよ!行きましょ!」
愛菜さんは元気に、僕を記念撮影に誘う。
「白木先輩……お写真、せっかくですし、みんなで……」
佳奈さんもそう言っている。
そうして僕は相澤のところまで連れて行かれた。
相澤は僕に出会うなり、
「何後ろの方で辛気臭い顔してんのよ。打ち上げも楽しめないほど悩んでるワケ?」
なんて毒を吐く。
「いやいや、その件とは別件でちょっと考え事しててさ……」
「アンタ、いくつ悩み抱えてんのよ。」
「ご、ごめん……」
「ま、アンタにも色々あると思うけどさ、せっかくの打ち上げぐらい、楽しんだらどうなの?」
「それは、そうだね……」
「記念写真撮るわよ。さ、拓人も笑って。後輩ちゃんたちももう少し寄って〜」
「はいチーズ」
僕は口角を上げてその写真に入る。
そうか、そうだよな。
この4人でいられるのもあと少し。
4月になったら、新1年生が入ってくる。
どんなタイミングでも、色んなことに終わりが設定されている。
細かな事象でも、大きな事象でも。
相澤は
「普通の写真と、加工して盛った写真、2つ上げとくから。」
と言う。
「盛った写真って、僕も盛られるんです?」
純粋な疑問を相澤に投げかけると
「そりゃあね。冴えないアンタも、イケイケになるかもよ」
と返される。
すると愛菜さんが
「えー!白木先輩は髪型とか整えたら、元からイケてると思いますよ〜」
なんて言う。
「コイツはそう言う努力はしないから。たまに髭剃ってなかったりもするし」
「うぐ……来年は毎日剃ります……」
そんな会話をしながら、悩みも忘れるような、楽しいひとときをトランペットパートと過ごした。
*
夜自宅に戻り、食事、風呂などを済ませる。
勇気を持ってメールしてみよう。美憂に。
スマートフォンを取り出し、メールアプリを起動する。
そして美憂のアドレスを開く。
昨日までのやりとりのまま、メッセージが残っていた。
さて、なんて話題を切り出そう。
拝啓……いや違うな。
夜分遅くに……いやまだ21時だな。
僕は部屋の中をうろうろしながら、何て送ろうか迷っていたところ、スマートフォンに電話の着信。
相手は、美憂!?
僕はすぐに応答する。
「もしもし、白木です」
「拓人くん、こんばんは。ごめんね、急に」
「いやいや、いいんです。丁度こちらも、メールを送ろうと思っていた所でして……」
「あ、そーなの?どんな要件で?」
「進路の話とか、ですね。美憂がどんな大学目指しているのかな、なんて……」
「なるほど。確かに、重要かも」
「美憂はどんな要件で?」
「ん?ただ声が聞きたくなっただけ」
可愛すぎるだろ、と、叫びたくなったのを我慢する。
「ほら、打ち上げと言えども、なかなか話せなかったじゃん?やっぱり距離感難しいね。部内恋愛」
「確かに、そうですね……」
「じゃあ話を戻そうか。拓人の聞きたかったこと、進路についてだね」
「お願いします」
「私が進路指導で一応話したのは、普通に宮城の私立大学、宮城中央大学かなって思ってる。学科まではまだ見通し立ってないけど」
「そう……ですか……」
やはり美憂は宮城に残るつもりだ。ならもう嘘をつく必要なんてない。
「拓人は、音楽の大学に行きたいらしいね。具体的な案ってもう決まってるの?」
やばい。美憂にまで嘘が広まっている。
ここは、もう腹を括るしかない。
「音楽の大学に行きたいって言ったのは、あれは咄嗟に出た嘘なんです」
「え?嘘?なんで?嘘なんて、何のために……」
この際だ、もう美憂には話しておこう。本当のことを。僕の悩みを。
「僕には、人から見たらちっぽけに見えるかもしれない、でも、僕にとっては大きな悩みを抱えてるんです。そのせいで寝不足になって、でも、その悩みを話せなくて……」
「……どんな悩み?」
「ねぇ、美憂、何で音楽や、楽しいことに終わりは来ると思う?」
8話へ続く。