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フェルマータ  作者: すてるす
8/9

7話『ritardando』

次の日、部室で忘年会が行われた。


各々が楽しい話に花を咲かせている。お菓子を食べたり、ジュースを飲んだりしながら。


『バレるまで黙っていることにしましょ。部内恋愛って難しいから』


昨日、帰り際に美憂はそう語った。


だから、部活の時には、出来るだけ自然に接する。


部活中はお互いにあまり、干渉し合わず。でも、帰りは時間を合わせてバスに乗る。


今日で年内の部活は終わるので、これは、来年からの毎日の楽しみになるだろう。



僕は部室の端でぼーっとしながら、オレンジジュースを飲んでいた。


終わりの無い楽しい事もある。昨日はそう思えたが、来年、部活を引退して、受験勉強をし、大学に行くとなったら……


美憂と離ればなれになったら、僕はどうするんだろう。


仮に僕が、本当に音楽の大学を受けて、東京の方へと出たら。


美憂が宮城に残ったら。


そうなったら、不安だ。


本当に永遠に続く、楽しい事なんてあるのだろうか。


恋にだって終わりが来る時も……


いやいや、駄目だ。こんな考えが出てきては。


また眠れなくなってしまう。


とりあえず、僕は美憂の事を知らなすぎる。


今晩、メールをしてみよう。


「どうした?苦い顔でオレンジジュース入ったコップ見つめて。苦いオレンジジュースだったか?」


顔を上げると、山下が僕に近寄ってきていた。


「いや、ちょっと考え事しててね」


僕はオレンジジュースを飲み干す。


「苦くない。むしろ甘いぐらいだ」


そう言うと山下は


「考えすぎも良くないと思うぞ。例の件だろ。トランペットパートには音大に行くとか言って誤魔化したみたいだけど、嘘で自分の首絞めんなよ」


「そこまで知っているのか」


山下がその事を知っているのは驚きだった。


「情報通の山下とは俺の事だからな」


本当に山下の情報網は広い。


美憂との事だってすぐバレてしまうかもしれない。どうにか隠し通さねば。


「俺もお前の悩みのために色々考えたんだぜ。ま、どれもお前の心に響かないかもしれないけどな」


「いい。聞かせてくれ。山下の意見を」


親友とも呼べる山下の意見だ。しかも僕の為を思って考えてくれた。聞かない選択肢はない。


「じゃあ話すか」


そう言って山下は語り始める。


「そもそも、音楽には終わりと始まりがある。そう作られてるんだよ。自然の摂理だ。終わらない音楽なんてものは、おそらく曲にならない」


「楽しい事もそうだ。これにも始まりと終わりがある。祭りやイベント、まぁ昨日のクリスマスコンサートなんかもそうだな。高校生活もそうだ」


「とにかく、俺の考えでは2つは似たような理由で終わりが来る。残酷な事だが、事実だ。とにかく、演奏も、人生も1回切りしかない。それをどう演奏するか、生きるかなんじゃねぇかな」


僕は一度下を向いて話を咀嚼する。


でも……と言いかけたが、これはあくまで山下の考えだ。そして、僕の為に考えてくれた事だ。


「ありがとう、山下。君の意見を参考に考えをまとめてみるよ」


「そうだな。これはあくまで俺の意見だ。うまく自分で見つけてくれや、答え」


山下はそう言うと、他の部員たちの方に歩いて行った。


山下の意見はかなり正しい。でも、僕が欲しいのは、フェルマータのようなもの。


いや、いつまでもフェルマータに囚われていては、答えが出ないのかもしれない。


でも、やはり魅力的に感じてしまう。


コンサートホールに響き渡る余韻。それを永遠にしたい。


高校生活も、きっとそんな感じで、最後の夏のコンクールの最後の1音。それを永遠に閉じ込めて……


「せーんぱい!どうしたんですか、こんなところに一人で!」


「あ、あの……相澤先輩から、呼んでくるように言われて……」


愛菜さんと佳奈さんの後輩二人組が駆け寄ってくる。


「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてて……」


「白木先輩!相澤先輩からの提案です!トランペットパートで記念写真撮りますよ!行きましょ!」


愛菜さんは元気に、僕を記念撮影に誘う。


「白木先輩……お写真、せっかくですし、みんなで……」


佳奈さんもそう言っている。


そうして僕は相澤のところまで連れて行かれた。


相澤は僕に出会うなり、


「何後ろの方で辛気臭い顔してんのよ。打ち上げも楽しめないほど悩んでるワケ?」


なんて毒を吐く。


「いやいや、その件とは別件でちょっと考え事しててさ……」


「アンタ、いくつ悩み抱えてんのよ。」


「ご、ごめん……」


「ま、アンタにも色々あると思うけどさ、せっかくの打ち上げぐらい、楽しんだらどうなの?」


「それは、そうだね……」


「記念写真撮るわよ。さ、拓人も笑って。後輩ちゃんたちももう少し寄って〜」


「はいチーズ」


僕は口角を上げてその写真に入る。


そうか、そうだよな。


この4人でいられるのもあと少し。


4月になったら、新1年生が入ってくる。


どんなタイミングでも、色んなことに終わりが設定されている。


細かな事象でも、大きな事象でも。


相澤は


「普通の写真と、加工して盛った写真、2つ上げとくから。」


と言う。


「盛った写真って、僕も盛られるんです?」


純粋な疑問を相澤に投げかけると


「そりゃあね。冴えないアンタも、イケイケになるかもよ」


と返される。


すると愛菜さんが


「えー!白木先輩は髪型とか整えたら、元からイケてると思いますよ〜」


なんて言う。


「コイツはそう言う努力はしないから。たまに髭剃ってなかったりもするし」


「うぐ……来年は毎日剃ります……」


そんな会話をしながら、悩みも忘れるような、楽しいひとときをトランペットパートと過ごした。



夜自宅に戻り、食事、風呂などを済ませる。


勇気を持ってメールしてみよう。美憂に。


スマートフォンを取り出し、メールアプリを起動する。


そして美憂のアドレスを開く。


昨日までのやりとりのまま、メッセージが残っていた。


さて、なんて話題を切り出そう。


拝啓……いや違うな。


夜分遅くに……いやまだ21時だな。


僕は部屋の中をうろうろしながら、何て送ろうか迷っていたところ、スマートフォンに電話の着信。


相手は、美憂!?


僕はすぐに応答する。


「もしもし、白木です」


「拓人くん、こんばんは。ごめんね、急に」


「いやいや、いいんです。丁度こちらも、メールを送ろうと思っていた所でして……」


「あ、そーなの?どんな要件で?」


「進路の話とか、ですね。美憂がどんな大学目指しているのかな、なんて……」


「なるほど。確かに、重要かも」


「美憂はどんな要件で?」


「ん?ただ声が聞きたくなっただけ」


可愛すぎるだろ、と、叫びたくなったのを我慢する。


「ほら、打ち上げと言えども、なかなか話せなかったじゃん?やっぱり距離感難しいね。部内恋愛」


「確かに、そうですね……」


「じゃあ話を戻そうか。拓人の聞きたかったこと、進路についてだね」


「お願いします」


「私が進路指導で一応話したのは、普通に宮城の私立大学、宮城中央大学かなって思ってる。学科まではまだ見通し立ってないけど」


「そう……ですか……」


やはり美憂は宮城に残るつもりだ。ならもう嘘をつく必要なんてない。


「拓人は、音楽の大学に行きたいらしいね。具体的な案ってもう決まってるの?」


やばい。美憂にまで嘘が広まっている。


ここは、もう腹を括るしかない。


「音楽の大学に行きたいって言ったのは、あれは咄嗟に出た嘘なんです」


「え?嘘?なんで?嘘なんて、何のために……」


この際だ、もう美憂には話しておこう。本当のことを。僕の悩みを。


「僕には、人から見たらちっぽけに見えるかもしれない、でも、僕にとっては大きな悩みを抱えてるんです。そのせいで寝不足になって、でも、その悩みを話せなくて……」


「……どんな悩み?」


「ねぇ、美憂、何で音楽や、楽しいことに終わりは来ると思う?」


8話へ続く。

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