表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェルマータ  作者: すてるす
6/9

5話『vivace』

会場に到着する。


15分ぐらい前の到着だったが、メンバーはもうほとんど揃っており、トラックから降ろした楽器を控え室に運び始めていた。


僕と黒田さんも楽器運搬を手分けして手伝う。


いよいよ本番が近づいてきている。



今回の本番は、リハーサルなどは無く、ぶっつけ本番で行われる。参加する団体が多いからだ。


控室も、使ってるのは僕らだけじゃなく、他の団体も使用している。


空調機からの熱気だけじゃなく、人の密集による熱気、そして色々な楽器の色々な音が混じり、僕は少し気分が悪くなってしまった。


僕は部長の横山さんに声をかけ、控室から出て、水を買いに行くことにした。


自動販売機で水を買って飲んでいると、そこに、1stトロンボーンを務める2年生、高梨小百合がやってきた。


高梨さんは僕に


「あら、白木くんも休憩かしら?」


と聞く。


「まぁそんなとこです。熱気と、人多いのと、音が混じって具合悪くなっちゃって……」


高梨さんは僕と同じように水を買うと、


「私もよ」


と言って、僕の横に立つ。そして、


「緊張してない?」


と僕に問う。


「そりゃあ適度な緊張感はあります。どうしたんですか?急に」


高梨さんははぁとため息をついた後に


「羨ましいわ。貴方が」


と言う。


「羨ましい?」


「そうよ。難しいソロを抱えた上で、その落ち着きを見せてる貴方が羨ましいの」


「馬のとこですね。まぁ、あそこは練習にかなり時間をかけたんで、きっと本番でも上手くいきます。馬だけに」


高梨さんはさらに深いため息をつく。


「冗談も言える余裕があるのね」


僕はしまったと思い、咳払いをする。


「とにかく、楽しい2曲なんで、本番は楽しんでやりましょう。なんと言っても、本番は一度きりしかないんですから……」


高梨さんは


「本番は一度きりしかない、か。さっきまで変な冗談言ってた割にはいいこと言うのね」


「あはは……」


悩みの種の一部が露出してしまったが、この部分だけならまだマイナスのイメージではない。


高梨さんは、水を少しだけ飲むと、


「そろそろ戻りましょう。横山さんに心配されるわ」


と言い、軽く腕のストレッチをする。


「そうですね。本番、楽しみましょう」


そう言って僕も指のストレッチをしながら、2人で休憩室を後にした。



ステージの下手側、僕らは前の団体の演奏が終わるのを待機していた。


部員全員の頭には、サンタ帽が被せられている。


これは山下の計らいによるもので、山下曰く、「野郎がサンタ帽被るのはどうでもいいけど、女子が被ってたら可愛いだろ。だから上手いこと永山先生に頼み込んで、部費で下ろしてもらったんだよ」とのこと。


こんな事のために部費使うなよ……


なんて思いつつ、横目で、2列目の待機列に並んでいる黒田さんに目をやる。


サンタ帽に制服、そして華奢な体に抱えられた、大きめの楽器であるユーフォニアム。


確かに可愛いかもしれない……


いやいや、さっきまでの事に引っ張られるな。


余計なこと考えてないで、適度な緊張感を保って演奏に臨まないと。


これが最後のクリスマスコンサートなんだから。


そう、これが最後の……


もう本番を浪費するだけの演奏をしてはいけない。


何故終わりが来るか、その答えが今日出なくても、仕方ないと思っている。


まだわからなくても、なんとしても、自分で探し当てなくてはならない。


考えをまとめていると、前の団体が演奏を終えて、上手に捌けていく。


ついにステージだ。


ステージに上がる前、必ず僕がやる事がある。


中学時代に父親に買ってもらい、今まで使っている銀色のトランペットに、


「今日もよろしく。楽しい演奏を」


と挨拶する。


バストロンボーンを持つ山下の後ろに続いて、ライトが照らすステージの上へ。


いよいよ始まる。


全員が着席すると、燕尾服を着た永山先生がステージに上がる。


僕らは立ち上がり、正面を向く。


永山先生が客席に一礼し、こちらに向き直る。そして、僕らに座るよう指示を出す。


僕らは一斉に座り、永山先生はそれを見届けてから、指揮棒を構える。


『恋人たちのクリスマス』の演奏が始まる。


グロッケンが綺麗な前奏の旋律を奏で、その後に阿部さんのアルトサックスのソロが始まる。チューブラーベルとサスペンドシンバルがそれを彩る。


阿部さんのソロは大成功に終わり、客席から拍手が上がる。


16分音符で木琴、木管楽器が軽快なリズムを刻み、8分音符で刻まれる鈴の音、そしてドラムのフィルイン。


僕が務めるトランペット隊が主旋律を華々しく演奏する。


そして木管隊にバトンタッチ。曲で言えばBメロに入る。


ホルンの対旋律が曲を包み込む。


そしてサビ。ここもトランペット隊の見せ所。


メロディラインの合間にトロンボーンのグリッサンドが響き渡る。


そして繰り返し、2番まで終わる。中間部、Cメロに入っていく。トロンボーン隊の見せ所だ。


その後に木管隊が続く。


ああ、なんて楽しい演奏なんだ。


終わって欲しくない。


CメロからはBメロに繋がり、そしてラスサビ。


バランスを考え、音量調整をしながらだが、華々しくトランペットを吹き鳴らす。


ああ、また終わってしまうのか。


終わりが来てしまう。


そして原曲には無い、編曲の特別なアウトロへ突入する。


そしてアウトロの最後の1音にフェルマータ。


包み込んでくれ。この空間の何もかもを。


永久に閉じ込めてくれ。


この楽しいひと時を。


その夢は儚くも終わる。


永山先生の指揮の合図で僕らは音を止める。


余韻が残る。


客席から拍手が聞こえる。


次の一曲で、クリスマスコンサートも終わりだ。


永山先生がもう一度、指揮棒を構える。


『そりすべり』の演奏が始まる。


この曲は最初から見せ場だ。複雑なメロディをピッコロと共に奏でる。


各楽器に見せ場があるが、それだけ腕が見えやすい、危険な曲でもある。演奏難度もやや高い曲だろう。


木管楽器がトリル奏法で楽曲を彩る中、僕らトランペット隊は主旋律を奏でる。


横でトロンボーンは対旋律を奏でる。


煌びやかな鈴の音が曲を包み込む。


中間部を過ぎ、一度抑えてから曲がさらに盛り上がりをみせる。


先程まで奏でていた主旋律が少し砕けたものに変わる。そのバックではシンバルが4分音符で鳴らされている。


一番の見せ場だろう。しっかりと息を合わせて吹き切る。


曲は落ち着きを取り戻し、元あった主旋律をピッコロ、フルートが奏で、その後クラリネットにバトンタッチ。


そして問題のラストに差し掛かる。


さぁ、なるぞ。馬に。


今まで研究してきた成果を見せる時。


特殊な技法を使い、トランペットで精一杯の馬のいななきを表現する。


そして、曲が終わった。


客席から拍手が送られてくる。


永山先生は僕らを立たせて、客席の方へ挨拶をする。


結局、僕はちゃんとした馬になれたかどうかはわからなかったが、自分の中では評価点は高い方だった。


ああ、最後のクリスマスコンサートが終わってしまった。


また僕は本番を浪費してしまったのだろうか。


何故音楽、楽しいことが終わるのか、の答えはどうにもまだ出そうにもない。


バストロンボーンの山下に続いてひな壇から降り、上手側へ捌ける。


捌けて、ステージ裏に入った瞬間に山下から声がかかる。


「もうお前、馬だな。明日から馬って呼ぶわ」


「なんだよそれ」


「それぐらい上手かったって事だよ。馬だけにな」


さっき僕が高梨さんに言ったギャグを使われた。


列の後ろにいる相澤も


「拓人、やっぱアンタ凄いわ」


と言ってくれた。


どうやら馬は上出来だったらしい。


安心した。


しかし、どうして音楽や、楽しいことに終わりが来るのか、まだ結局わからないまま、本番が終わってしまった。


僕はそのことを、悔やんでいた。



各自楽器を片付けて、トラックに積み込む。荷下ろしは明日になる。


明日はその後、学校の音楽室で打ち上げと忘年会をやるらしい。


楽器の積み込みが終わり、トラックを見送った後、エントランス付近、邪魔にならない場所に僕らは集められた。


今日の演奏の総評を永山先生は僕たちに伝える。


「いい演奏ではありましたが、ところどころ課題が残る演奏でもありました。各楽器のユニゾン感や、音のキャッチとリリースなど、合わせられるところをしっかり合わせて、これからの演奏に活かしましょう。」


「皆さん。本当にお疲れ様でした。本日はクリスマス・イブですね。このまま遊びに行かれる方もいると思いますが、羽目を外しすぎないように。」


「以上。解散です。今日はありがとうございました。」


そう言い終わった瞬間に、山下が、


「サンタの帽子被って、みんなで写真撮ろうぜ!」


なんて言い出す。


記念に写真を撮ることになった。


ああ、音楽も、こうやって一瞬のきらめきをカタチに残せたらいいのに。


スタッフの方にお願いをして山下のスマートフォンで写真を撮ってもらった。


後でメールアプリの吹奏楽部グループに、掲載されるだろう。



コンサートホールを出る。


まだ雪がちらついている。本当のホワイトクリスマスだ。


コンサートホールの近くの並木道は、綺麗な電飾で飾られていた。そのせいで暗さを感じない。


仙台でも有名な光のページェントと言うイベントだ。


クリスマス・イブとの事もあって、ものすごく人も多い。


人混みは苦手だ。


さっさと帰ろうと思って、地下鉄の駅に歩き出した時に、メールの着信があった。


グループの通知は切ってるから、おそらくさっきの写真ではないだろう。


差出人は黒田さんからだった。


『ねぇ。今から、ちょっと時間ある?』


6話へ続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ