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フェルマータ  作者: すてるす
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3話『grave』

朝7時半過ぎ、僕は学校に到着し、朝練を始めるために、事務室に鍵を借りに来ていた。


しかし、鍵はもう借りられてるとの事だった。


ここ最近は自分が朝練の一番乗りだったので、少し驚きだ。


一体誰が、そう考えながら音楽室に足を運んでいると、アルトサックスの音色が聞こえてくる。


今回のクリスマスコンサートで披露する、マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』それを吹奏楽用の譜面に編曲した、冒頭の部分。


グロッケンのソロから続いてサビのワンフレーズをテンポを落とした、独唱部分。


そこはアルトサックスのソロに振り分けられている。


となると1stアルトサックスの2年生、阿部陽子だろう。


僕は邪魔しないように、ワンフレーズを吹き終わるまで待ってから、音楽室のドアを開ける。


やはり阿部さんが来ていた。阿部さんは楽譜に何かメモを書き込んでいる。


「阿部さん。おはようございます。早いですね」


僕は阿部さんに話しかける。


「おはよう。白木くん。君も毎回早いんだね」


楽譜にメモを書き終えた阿部さんはこっちを向き直し、そう言った。


僕が楽器倉庫に楽器を取りに行っていると、阿部さんはまた同じソロの部分の練習を始める。


阿部さんは演奏がとても上手い。サックスが持つ本来の音色を存分に引き出して演奏していると思う。


不自然でない抑揚がついた、ソロの演奏に聞き入り、僕はまた楽器倉庫から音楽室に戻る扉の前で固まってしまっていた。


ワンフレーズが終わり、僕はようやくまた音楽室に入る。そして阿部さんに、


「綺麗な抑揚で素晴らしいソロだと思います」


と率直な感想を述べた。


「原曲に比べたらまだまだ。まぁそもそも音の数も何もかも違ってるから、原曲に近づけようったって無理なんだけどね。しかし、白木くんほどの実力者に言われると、少し自信になるな。ありがとう」


阿部さんはそう話す。


「いやいや!自分なんてまだまだですし……」


そういう僕に阿部さんは、


「謙遜しすぎるのも、よくないと思うな」


そうぴしゃりと言う。


何も言えなくなった僕に、阿部さんはこう続ける。


「悲しいことに、ここは、才能と努力の世界。その二つを兼ね備えた白木くんは、本来部長になってもおかしくなかったはず。その謙遜の一点張りで、部長も拒んだのでしょう」


僕はさらに何も言えなくなった。俯いてる僕に、阿部さんは、


「……ごめん」


と、一言謝った。


しばらく沈黙があった。


先に僕が口を開いた。


「確かに上手いとか、下手とかはあると思いますが、音楽は、こう……もっと、楽しいものでなければならない。だから、それだけで立ち位置を決めるのは、自分はあまり好みません」


阿部さんは少し呆れたように


「白木くんはトップクラスのレベルの人間だからそんな事が言える。本来の大編成の吹奏楽部を見た事がある?テレビとかでやってるでしょう。そんな学校では、3年生ですら2年生、1年生に席を奪われる」


僕はそれに言い返す。


「でも、この学校はそんな学校じゃない。みんなが楽しく音楽に向き合えれば、それが一番ベストなのだと思います」


阿部さんも言い返す。


「じゃあ、仮にコンクール後でも同じ事が言えるの?」


僕何も言い返せなくなった。


確かに、実力がものを言うコンクールで、ただ、楽しければいい。で良いのだろうか。


今日の夢のことがフラッシュバックする。


アンサンブルコンテストで、泣き崩れていたみんな。


『音楽の本番は一生に一度しかない』


『お前は今まで、それを浪費してきたんだよ』


そう語る影の自分自身。


本当の音楽ってなんだろう。


小さい頃、ピアノを習っていた時、初めてトランペットに触った時、高い音が出た時。


楽しかった。


でも、残酷なコンクールの前では、楽しい感情なんてものは、消えてしまう。


結果が全てだからだ。


阿部さんはちゃんと考えている。来るべき来年のコンクールに向けて。


何も考えていなかったのは、僕の方だ。


僕は、阿部さんに


「ごめんなさい。何も考えてなかった。楽しければいい、で済まされる事なんてない」


阿部さんも


「……言いすぎた。こちらこそごめん」


と謝る。


しばらく沈黙が続いた。


その沈黙を破るように音楽室のドアが開けられる。


「おっはよ〜!」


そう言って入ってきたのは、部長、フルートを務める2年生、横山ひよりだった。


横山さんはこの音楽室に漂う空気を読むと、


「え、何この空気、何あった?阿部ちゃん?」


阿部さんは


「ちょっと白木くんと意見の食い違いがあっただけ。問題はないよ」


と言う。


横山さんは驚いた後、


「ええ〜!やめてよもう!クリスマスコンサートまでもう日がないんだから〜!」


そして僕の方を向くと


「白木くん!マジでダメだから!雰囲気から良くしていかないと!合奏にも出ちゃうから!」


と怒る。


僕だけ怒られるのは解せないが、これも男子部員の少ない吹奏楽部ならではの事。ちゃんと謝っておくべきだ。


「ごめんなさい。横山さん」


横山さんは親指を立てて


「分かれば良し!二人とも仲良くしなさいね!」


と言って、楽器倉庫にフルートを取りに向かった。


横山さんが来たと言うことは、8時をちょっと過ぎぐらいの時間だろう。


僕は決まってこの時間に、やる事がある。


僕はケースからトランペット、マウスピースを取り出し、バズィングをした後、トランペットに装着し、ちゃんと音が出るか確かめる。


そうしてベランダへと出る。


音楽室は3階にある。だから、楽器の運搬などが大変で、毎回苦労している。ティンパニーなどを運ぶ時は、1台1台、エレベーターで下まで搬送する。


ベランダは、朝練の時は暖房はつけられないので、音楽室は外気温とそんなに大差ない。それでも、やっぱり外は寒い。ベランダの位置的に昇降口の前に当たる。


8時半が登校最終時刻なので、8時ぐらいになると段々登校する生徒も増えていく。


僕は吹奏楽部の宣伝も兼ねて、ここで毎朝、天空の城ラピュタと言う映画の有名な楽曲、『ハトと少年』を吹く。


大きく息を吸う。


学校中に響き渡るように、大きな音、フォルテで、トランペットを吹き鳴らす。


最後の音のロングトーンを終えると、今日は数名から拍手を貰えた。


僕は下の昇降口付近にいる人達に、


「12月24日にクリスマスコンサートがあります!是非見に来てください!」


と告げ、室内に戻ると、阿部さんと横山さんが僕に向かって拍手を送る。


横山さんが、


「よっ!宣伝隊長!流石の腕前です!」


と僕を褒める。


阿部さんも、一瞬、僕に向かって微笑んでから、また先程のソロの部分を吹き始めた。


こうして、8時25分までの朝練は過ぎていった。



授業が終わり、部活へ向かう。


向かっている途中に山下と会った。


「よっ!拓人。答えは見つかったか?」


出会うなり、これである。


嫌な夢を見たせいか、今それには触れてほしくない話題でもある。


しかし、相手も悪気があって聞いてる訳ではないのだ。


僕はとりあえず


「そんな早く見つからないよ」


と一言だけ言った。


山下は空気を察したのか、


「そっか。拓人にとって良い答えが出ることを祈ってるぜ」


とそれだけ言って、それ以降、会話はなかった。


音楽室に到着し、練習が始まるまで各自音出しの時間だ。


楽器を楽器倉庫から出し、トランペット1stの椅子に座る。


バズィングをしていると相澤がトランペット2ndの位置、僕の右隣に座る。


相澤は座るなり、僕に


「今日寝たら、承知しないから。昨日はチョップだったけど、今日は平手打ちで」


と告げる。


僕は


「容赦ないなぁ。最善を尽くしますよ」


と返す。


すると相澤は


「最善を尽くすじゃなくて、寝るなって言ってんだろ!」


と言い、弱い力で僕の頭にチョップする。


それを見ていた1年生、3rdトランペットの優木愛菜は、くすくすと笑い、


「先輩方、今日も面白いです」


なんて茶化す。


もう一人の1年生、佳奈さんは


「あ、相澤先輩……白木先輩は、進路のことで、悩んでいるらしく……大変みたいなので、あまり……」


と相澤に言う。


しまった。


嘘をついたことが、ヤバいことになりそうだ。


相澤は


「進路?コイツが?」


と言って僕の方を見る。


完全に疑ってる目だ。


僕は


「し、進路指導でちょっとね……」


なんて誤魔化そうとしたが、鋭い相澤は


「なんだかんだで成績優秀なくせに、悩む必要あんの?」


と返す。


このままでは、嘘がバレてしまう。


「あの、音楽の大学に進もうかと思って……」


僕はまた咄嗟に出た嘘をついてしまった。


相澤は驚き、


「本気なの!?」


と聞き返す。


まずいが、嘘を突き通すしかない。


「本当さ。ほら、一応ピアノも現役で弾けるし」


相澤は真剣な顔で、


「その方面の勉強ってウチの学校じゃカリキュラムにあるわけないじゃん。どうするの?」


と僕に聞く。


僕は嘘を嘘で塗り固める。


「永山先生に相談してみようかな、なんて思ってるんだよね」


そして最後に保険をかける。


「まぁ、まだ決まった話じゃないし、ダメ元での挑戦ってことで、ね?」


そう言う僕に、相澤は少し疑心暗鬼になってこう聞く


「ってかもう一度聞くけど、本気?」


僕はもう嘘を押し通すしか無くなっている。


「ま、まぁダメ元で……」


相澤はまた僕に優しくチョップを入れ、こう言う。


「合奏中寝るぐらいの悩みのくせに、ダメ元っておかしいでしょ。ちゃんと永山先生に早めに相談しろ」


少なくともトランペットパートには、僕が音楽の大学に進みたいと言う嘘が浸透し、永山先生まで巻き込むことになってしまった。


最悪だ……


嘘はつくもんじゃない。


頭を抱えていると、今までいろんな音が聞こえていた音楽室が静まり返る。


横山さんが


「起立!」


と言う。


どうやら永山先生が来たようだ。


みんなが一斉に立ち上がる。


「よろしくお願いします!」


横山さんがそう言うと、吹奏楽部メンバー全員が「よろしくお願いします!」と言う。


「着席!」


全員が座る。


今日は本当に寝ないためにコーヒーを2杯、昼休憩に飲んだ。


多分大丈夫だろう。


「では、『恋人たちのクリスマス』、通しでやります」


永山先生はそう言って、指揮棒を構える。


そして、合奏が始まった。


4話へ続く。

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