表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェルマータ  作者: すてるす
2/9

1話『Largo』

「……起きてください〜」


「あの〜……白木さん……?」


優しそうな女性の声が聞こえる。


何故だろう。僕は……


「起きろ!拓人!」


今度は別な女性から呼ばれ、頭に重い一撃が加わる。


「痛い!何をするんだ!」


思わず上げてしまった大声。


シンと静まり返っていた音楽室は爆笑に包まれた。


どうやら寝落ちしていたようだ。


横に座っている2ndトランペットの2年生、相澤優香は大きなため息をついた。


強い言葉と頭への強打は彼女がやった事だろう。


そして優しく呼んでいたのは、顧問の先生、永山ゆきな先生だった。


僕は永山先生の機嫌を取ろうとして


「今日もスーツ姿がお綺麗ですね。先生」


と言う。


永山先生は少し呆れたように


「……トランペットパート、14小節からお願いします」


と言った。


実際、寝起きにはキツい場所だった。


「参ったな……」


相澤は相変わらずツーンとしたままだ。


後輩二人組も僕に呆れてる事だろう。



その日の合奏が終わり、最終下校時刻までの自由練習になった。


合奏の終わりに、バストロンボーンを務める2年生、友人の山下裕二に指をさされて笑われた。


「ははは!拓人!最近多いよなぁ!寝落ち!今月入ってもう3から4回やってんぜ!」


「笑うなよ、山下。暖房が適度に効いた音楽室で、吹いてない時、眠くならない方がおかしい」


「そのくせ、自由参加の朝練には一番乗りで来てるくせにな」


「それは……そうなんだが」


山下は痛い所を突き、さらに畳み掛けるように


「なんか悩みでもあんのかぁ?恋か?なぁ?恋なのか!?」


なんて茶化してくる。もちろん悩んでいることは、恋の悩みではない。


「いや、そういうんじゃなくてさ……」


「あるのかよ!?悩み!」


山下は食い気味に言う。僕に悩みがある事が、そんなに意外なんだろうか。


だが、ここは正直に山下に打ち明けるべきだ。友人だし、聞いてくれるだろう。


「いや、演奏や、楽しい事には終わりが来るってなんでかな……って考え始めたら、止まんなくてさ……」


僕のその発言に、山下は驚いた様子だった。


「なんだよ。妙に哲学的だな?」


驚いた山下に対し、真剣に悩んでいる僕はちょっとだけ山下を睨み、言う。


「悪いかよ」


山下は僕の顔色に気づいて悪かったよ、と言う顔をしながら


「いや、すまんな。拓人が真剣に悩んでるのに……」


そして山下は話を戻す。


「あー……楽しいことの終わりについてはアレだが、音楽に終わりが来るってのはだな……」


「何かあるのか?」


山下が答えを持っているかもしれない。そう思った僕は、驚きつつも、期待をする。


「ずっと演奏が続いて、ずっと吹いてたら疲れるだろ」


山下の答えは単純だった。


「違うんだよなぁ。なんか、言いたいことはそうじゃないんだよ」


僕の考えてることとは違う。僕は少し弁解する。


「単に演奏が続けば良いという問題ではなくて……そうだな……そう、フェルマータみたいな感覚……?」


山下は笑いながら


「やっぱり、ずっと吹き続けるって事じゃんか!フェルマータが永遠に続いたら死んでまうわ!」


と言う。


僕は山下との考えの差異みたいなものに少し、悩まされてしまった。


僕がうーんと唸っていると、山下は


「ま、あんまり難しく考えんな。確かに進路指導とか活発になって大変だったけどさ。聞いた感じ、お前の考えてるモンに、俺は答えられそうにもないって感じだな」


と言い、


「この後ちょいと用事あるんで先帰るわ。また明日な、拓人」


そして楽器を片付けると、足速に音楽室を出て行った。


山下は山下なりに考えてくれたが、ずっと吹き続けるというのは、僕の求めていた答えとは違う。


フェルマータを例えに出してしまったが故だろうが、どうにも例えようがないのだ。


一番近いのがフェルマータのような感覚なのだ。


最後の音になっても、余韻が残り続けるような……


そう、ずっと音楽の余韻が残って、会場も、メンバーも、僕もそのまま一体化して、それを閉じ込めるような、そんな感覚。


その瞬間、その演奏は一度きりしかない。


それは、寂しい事じゃないか。


録音とかとも違う。メンバーの息遣い、そして会場の雰囲気、それは、その時、壇上にいなければ、伝わらない。


こうして考えてみると、僕は望みすぎなのかもしれない。


でも、望んでしまった事は変えられない。


僕はこのモヤモヤを抱えながら、残りの演奏を続ける事になるんだろう。


僕は音楽室の椅子、自分の定位置、1stトランペットの場所で、ずっと座ったまま考え込んでいた。


そうすると声がかかる。


「あの〜……白木先輩……?」


声の主は4thトランペットの1年生、高橋佳奈だった。


「ん?あぁごめん。ちょっと考え事をしていたよ。どうした、佳奈さん」


「えっと、最近寝たりしてるので、具合とか悪いのかと思って……今も、凄く疲れた表情をしてましたし……」


確かに、さっきまで考え込んでたから、無理もないだろう。


多分、山下と違って、悩みを話したら、佳奈さんまで同じ事で悩みかねない。佳奈さんはそんなタイプの人だからだ。


僕は咄嗟に


「そうだ!」


と言ってトランペットを取る。


そして、ドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』二楽章の有名なフレーズを吹く。


窓を見ると外はもう夕暮れとなっており、辺りはもう暗くなり始めていた。


冬の期間は最終下校時刻は早く設定されている。


残っている部員も、僕が奏でたこのメロディーを聴いて、そろそろ片付けるかという雰囲気になっている。


「あの……?白木先輩?」


佳奈さんは僕の咄嗟に取った行動に困惑してる様子だった。


僕は


「新世界の二楽章には、家路って副題があるそうでね。そろそろ帰らないと。さぁ、楽器を片付けよう」


佳奈さんは不安そうに聞く。


「調子とか、本当に大丈夫なんですか……?」


「大丈夫!ちょっとしたことで悩んでるだけだから。今日は早く帰って、ちゃんと寝て、明日また練習で会おう」


佳奈さんはさらに不安そうに


「悩みがあるんですか……?」


と僕に聞く。


しまったな。これは話さざるを得ないか……?


いや、ここは山下の言っていた事に話をすり替えよう。


「いや、進路とかの事でね……」


佳奈さんは納得した様子で


「そうですよね。もうそろそろ、先輩も3年生ですもんね」


そう言って佳奈さんは続ける。


「まだ進路とか何もわかってない私ですが、先輩が選ぶ道が、きっといい道である事を祈ってますね」


そう言ってにこっと笑う。


「ああ、なんていい後輩を持ったんだ。僕は」


と口走ってしまった。


佳奈さんは照れた様子で、


「わ、私もそろそろ片付けますね!」


と言った。



外に出ると、寒さが身に染みる。


宮城県立太白北高等学校。


僕が通うこの学校は、そんなに高くはないが、山の上に位置する高校だ。山の上と言う事は寒さも少しだけ厳しい。


11月の末にあった定期試験も終わり、一息つく間も無く、12月24日に控えるクリスマスコンサートがある。


「後1週間ほどか……本当、寝落ちとかしていられないな……」


そう考えてると、帰りのバスが来る。


イヤホンを耳につけ、僕はさっき吹いていたドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』二楽章をスマートフォンで再生させる。


そうしてバスに乗り込んだ。

2話へ続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ