八月十九日
午前3時。小学校の校庭。昇り棒へ向かう人影。動きが止まる。そして、両膝と両手を地面に着ける。カエルの様な姿勢で、呆然と、昇り棒の下に掘られた穴を覗き込んでいた。
僕は、その無防備な首筋の後ろに、ナタを振り下ろした。醜い悲鳴。のたうち回る男。予想通り、若い刑事。
数時間前に聞いた、その男の「全て、終わらせる事が出来る」という言葉に違和感を覚えた。事件は被疑者死亡で書類送検され、捜査は終わっている筈だ。事件が終わってないのは、その事件の当事者である、被害者の関係者と、加害者だけだ。
被害者の気持ちを代弁した言葉だったのかもしれない。そうも思いつつ、僕の家から出て行った男の挙動を観察していたけれど、彼女の頭部の隠されている場所の有力な情報を得たにもかかわらず、他の刑事や担当部署に、携帯電話等で報告する様子はなかった。
一旦、時間を置いて、報告したのかもしれないと思いながら、小学校の校庭の隅で待機していたけれど、何時間経っても、警察関係者が現れる事はなかった。
確信した。あの刑事が真犯人だという事を。そして、証拠隠滅を図るつもりだという事を。
多分、彼女の頭部には、何かしら、犯行の痕跡が残されているのだろう。例えば、殺害時に抵抗した際の、男の血液とか皮膚片とか。何かしらの行為を行った際の体液とか。
証拠と共に、自分も消される可能性も危惧した。夜中、人通りが途絶えた頃、昇り棒の下の土を掘り起こした。フタ付きのポリバケツが埋められていた。
フタの隙間から腐臭がした。フタの隙間から黒い髪がはみ出していた。
フタを開ける。強い腐臭。顔を背けたくなった。けれど、彼女の一部が鼻粘膜を通して、自分の中に侵入してきているのだと思うと、何故だか、興奮した。
彼女の匂いが好きだった。その匂いが濃縮された様なものが、僕の鼻腔を通り、肺へ入る。疑似的な一体感を覚えた。彼女の体に密着し、彼女の匂いを嗅いでる様な錯覚を覚えた。何故か、僕は勃起していた。
感情を落ち着かせる為、久しぶりに、彼女の黒髪を撫でたくなった。撫でた。ごわごわしていた。そして、その、髪の一部に、乾いた糊の様なものが付着していた。
ああ、そうか、あの男は、彼女を殺害する直前か直後、その、汚れた体液で、彼女の美しかった黒髪を穢したのか。
深い深い憤りを覚えた。
校舎裏にポリバケツを隠す。昇り棒の近くの体育倉庫の裏に身を潜める。
そして、現れた男の首筋の後ろに、ナタを振り下ろした。のたうち回る男の首筋に、更に、ナタを振り下ろした。振り下ろした。振り下ろした。振り下ろした。振り下ろした。振り下ろした。振り下ろした。振り下ろした。
切断した。
達成感と充実感。自ら打ち消す事の出来なかった妄想と憎悪と欲求に対する。
射精した時の様な感覚。自らの中にあった、どろどろとしたものを、衝動的に、ぶちまけた感覚。放出感。虚無感。そして、罪悪感。
ふいに、昇り棒が、視界の端に入った。時間差はあれど、この数日の間に、切断された人間の頭部が三つも存在した場所だと考えると、なんだか、可笑しく思えた。笑った。
街灯に照らされた自分が血まみれになっている事に気づいて、更に、笑えた。
そして、『断頭台』の歌を歌いながら、切断された頭部の入った二つのポリバケツを、それぞれ、右手と左手に持って、最寄りの警察署に向かった。
けれど、歌いながら、気づいてしまった。辻褄が合わない事実に。そして、この男が事件に関与している可能性が高かっただけで、本当に犯行に及んだのかどうか、わからない事に。この男が真犯人なら、頭部を埋めた場所を知らない筈はないという事に。
二つの頭部が入ったポリバケツを、それぞれ、右手と左手に持ちながら、立ちすくんでいた…。




