八月十三日
ラザロの頸部を切断したナタからは、本人と複数の動物の血液しか検出されなかったらしい。
もやもやとした日々を過ごしていた。現時点で、ラザロと彼女の関係が、死体遺棄・損壊事件の加害者と被害者でしかない事に。
後に、教員と生徒という接点があった事は報道されたが、それ以上の関係があった事は報じられぬまま、マスコミが事件を語る時間は減っていった。世の中が彼女の存在を忘れ去っていく様に思えた。彼女の存在が消えてしまう様に思えた。
そして、ラザロの罪も消えてしまう様に思える事に、最も、もやもやした。生命の意味を教えるべき理科教師が、教え子を孕ませて、殺害し、死に逃げた事に。
そして、僕だけが生き残っている事に、もやもやしていた。この残酷な世界に、取り残された事に。
生き残っていた。生きていた。だから、空腹感を覚える。家から出る。コンビニに向かう。
道路の脇で、猫が死んでいた。
腹部から、はみ出たラベンダー色の腸を、きれいだと思った。出血が殆ど見られない事から、即死した後、何かの要因で腹部が裂けたのだろう、そう思った。
何故、僕は、こんなにも、まじまじと死体を観察しているのだろう?
何故、死体は、こんなにも、興味を惹きつけるのだろう?
猫は死んでる。僕は生きている。
生の対極にある、死体という物体を観察する事によって、生きているという事を実感している自分がいた。
なんとなく、ラザロの行動原理が、わかった様な気がした。
いや、根本的には、よく、わからない。何故、死体を、切断したり、飾りたてたりしたのか?
とりあえず、コンビニで、ポテチと菓子パンとアイスを買う。アイスを食べながら、帰宅した。
丑三つ時。軍手を装着。数時間前までポテチと菓子パンとアイスが入っていたレジ袋に、猫の死体を入れる。公園に移動する。
そして、猫の死体の首の部分を、ナタで切断した。
手の平に残る、骨付き肉をブツ切りにした時の様な感覚。




