たとえ幻だとしても信じたいから
「じゃあ帰るか」
夕方に近付いた時間になって、相楽くんの声掛けに頷いた。
駐車場へ向かいながら、私は携帯を眺める。
スマートフォンには既にデニム生地のケースが着けられており、相楽くんが俺とお揃いだけどと言って買ってくれたものだ。
本当に、彼には貰ってばかりだなと思いつつも、受け取らないなら捨てろと言う極端な事を言われるので困る。
なにか返せるものは無いかと考えるものの答えは全く出て来ない。
「ねえ、相楽くん」
「なに」
「私が相楽くんに出来る事ってある?」
そう聞くと、しばらく唸って出た答えは「無くはない」だった。
「何?」
「また俺と出掛けてよ」
「そんなのいつだって行くよ、そう言うのじゃ無くて……私、相楽くんに貰ってばかりだから、ちゃんとお返しがしたいの!」
「俺にとっては十分して貰ってると思うけど」
「そうなの?」
「俺、この素のままで居る時間の方が少ないから。
いつもは猫被ってるし、緒方さん達の前以外の俺は知ってるだろ?
そのままずっとってかなり疲れるし、ハルコと居る時は肩の力を抜けてるって自覚してる。
だから……まあ、十分してもらってるけど?」
「イヤ」
「……お前、わがままになったな」
「相楽くんがわがまま言って良いって言ったもん」
ふんっとそっぽ向くと「何かあるかな」と腕を組み始めた。
「じゃあ……ひとつだけ、約束して欲しい」
「約束?お願いとかじゃなくて?」
「そう、約束。お願いより拘束力の強いやつ」
真剣な顔をするので、私も思わず身構える。
すると、深呼吸をして相楽くんは告げた。
「俺以外の男の所に行く時は、教えてくれ」
「は?」
「だから……お前がもし、アヴリウスの中でも外でも、親しくなった男の友達とかが居るのなら、そいつと出掛けたりするんなら……教えてくれ」
「……教えるだけで、良いの?」
「俺は別にお前と付き合ってる訳じゃ無いからな、止める権利なんて無い」
ムスッと拗ねたような様子で顔を背けた相楽くん。
そう言えば水族館に行った時にも付き合ってと言われたけれど……。
「あのね、付き合うって前にも言われたけれど……もしかして大切な言葉なのかな」
「え」
「え?」
そう言われてみると、前にミヤと見ていたドラマでも同じ様な言葉が出来てた気がする。
だけれど考えても考えても、付き合うってどこかに一緒に行く約束の前に出て来る言葉なのでは?と言う答えしか出て来ない。
その答えを知っているのか、相楽くんは絶句したように固まるだけだ。
「忘れてた……そうだな、お前はそう言う奴だった」
「相楽くんは別の答えを知っているの?
私やっぱり何か重要な事なんじゃ無いかって……」
「車行こう、そこで教える」
そう言って相楽くんは私の手を取って歩き出す。
駐車場まではもうすぐだ。
私はやっぱり、普通の人と少し違うんだなと理解した。
怒っている様な雰囲気では無いけれど、黙ったままの相楽くん。
私の無知さに呆れてしまったのかもしれないと思うと少し悲しかった。
車に乗ると「まず謝っとく」と、相楽くんは頭を下げた。
「えっ」
「初めは、コイツもどうせ俺の顔目当ての女なんだろうと思ってた。
で、どうせなら思い知らせてやろうとか思ってた!
でも接する内に芯の強い女だって事と、ノーア達が見えるだけの普通の女の子だって事が分かって、正直……見くびってた」
「……」
「今はそれ含めて俺が大切にしたいと思うし、知らない事は俺が全部教えてやりたいって思ってる。
見くびってて舐めて掛かってた事は本当に悪かった。
だからお前から何かして貰うより、俺がその分を返したいと思ってやってるだけなんだ……済まない」
その言葉に、そう言う事かと思った気持ちが少しと、罪悪感なんて感じる必要が無いと思った気持ちが少し。
しかし何よりも「謝られた事」が悔しかった。
「相楽くんは私をどうしたいの?」
「分からない……」
「分からないの?」
「正直、本当に答えが出せないんだ。
俺のせいでアヴリウスに来たと言う事も、俺が振り回してる原因だ言う事も含めて……俺がお前に拘束を強いるのはなんか違う気がして」
彼は彼なりに答えを探そうとしているのだろう。
しかし、私と言えば答えなんて簡単だ。
「じゃあ、いつも通りが良い」
「へ?」
「相楽くんがアヴリウスに連れて来てくれたから、私はノーア達をノウンしなくて済むようになったわ。
相楽くんが連れ出してくれたから、私はショッピングモールや商業施設、娯楽施設みたいな場所に行っても大丈夫なんだと知れた。
私は保護対象者だもの、不自由を強いられるのは逆を言えば当たり前なはずだし、遠垣内さん達に言わせればモルモットなのでしょう?
ノーア達をノウンしてしまう危険人物として拘束されても仕方ないものを自由にさせてくれる上に知識も与えてくれるなんて優遇されてると私は思ってる。
その上で相楽くんが私に枷を付けていると錯覚出来る?
今私は私の意思で高城先生に協力してノーア達のメカニズムを解析しようとしているし……私は相楽くん達を信じてる。
だから今まで通り接してよ。
アナタ達が私を普通のひとりの女の子として扱ってくれるのが何よりも嬉しいんだから」
私が普通で無い事は分かっている。
理解しているから。
だからアナタ達の前でだけは普通で居たいの。
世間からモルモットと称されようと、実験動物だと言われようと、否定的な声を掛けられようと、それは仕方ない。
事実であり、恐怖であるのは分かってしまったから。
だからこそアナタ達の前でだけは、普通の仮面を被ったままで居たいんだ。




