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傍に居たかけがえのないもの



施設を巡りながら、私は相楽から借りたスマホを見つつ空を見上げていた。

あんなにも色濃く意志を持って居た彼らが傍に居ない事、それはこの世で生きている人達からすればとても安全でとても良い事。

なのに少しだけほっとしたのに、寂しく感じる。



「ハルコ、疲れたか?」


「ううん、ごめんなさい……知らない事が多過ぎて参っちゃっただけなの」


「……別に、知らなかった事が悪い訳じゃ無いだろ」


「え?」



ベンチに私を座らせると、びっくりしたノアがカバンの中でビクついた。



「俺達は奴らの核を壊す、それは守る為でありそれ以上に被害を出さない為だ。

だけどハルコに言われてそっちよりの考え方もあるんだと知った。

それなりに中立で居たつもりだったけれど……俺だって知らない事もあるんだよ」


「……」


「なんだよ」


「やっぱり相楽くんが分からない……優しいのか変なのか」


「それは……うーん、俺もお前難しい」



双方が難しいと首を捻ると、相楽が立ち上がり私の手を取った。



「難しいことは帰って考えよう、それよりまだ動物園と映画館が残ってる!」


「えっ、全部回るの?」


「当たり前だ、水族館は水の中で生きる生き物が。

動物園では陸上で生きている生き物が見れる、きっと楽しいぞ」



パンフレットを広げた彼は動物園側の入り口へと私を誘う。

初めて見る場所で少しだけ不安ではあるが、絶対安全圏内である結界内と言う保証と、相楽もノアも居るのだしと私は取られた手を握り返すのだった。



動物園、映画館。

こんなに人が多いところに居て良いんだろうかと不安だったのは一瞬で、ここはそう言う場所なのだと理解するとだんだんと慣れて来た。

私はとても狭い世界に居たと痛感したし、普通の人の暮らしに憧れもあった。

私は一生この世界に見える彼らと共に生きて行くのだと言う世界しか知らなかったのに。

なんだか欲張りになり過ぎている気がする。



「……」



人とノーアが共存する世界……それは幾重にも重なった偶然と紙一重のバランスにより保たれる世界だろう。

どちらかが傾けば今と同じような、ノーアが人の意志に同調し色濃くこちらの世界の人間達へ牙を剥く。

しかし彼らはただ同調しているだけで本質は人の心の弱さ、脆さに引き寄せられて居るだけなのだ。

アヴリウスは、彼等は……私は、まだまだ知る必要があるのだろう。



「ハルコ、こっち」


「え?」



ボーっとしていた時に手を引かれて思わず間抜けな声で返し、歩き出した相楽に着いて行く。



「なんで俺が隣に居るのに別の男見てんだよ」


「男?」


「見てただろ、向かい側のショップに居た男だよ。

呑気に手なんか振られやがって」



急になんの事だろうと振り返ると、気まずそうに1人の男の人が視線を逸らしたところだった。



「ねえ、何か勘違いしていない?」


「勘違い?」


「私そもそも知り合いが居ないし、自分でも愛想がある方だとも思わない。

そんな私が見ず知らずの男の人に手を振った愛想を振りまけるとは思えない……んだけど」



それにさっきは考え事をしていてぼーっとしていた。

何を勘違いしているのだろうかと立ち止まった相楽を見上げると「確かにな」と僅かに赤くなった顔を隠すように手のひらで覆う。



「相楽くんはやっぱり変わってるね、私なんかを連れ出してくれたり、色々教えてくれたり。

こんなに素敵な場所初めて来たよ」


「それは、変わってるじゃなくて優しいと言う言葉に置き換えてくれたら嬉しいかな。

こう言う生き物ってのは邪念が無い分素直に接する事が出来るから良い息抜きになるんだ。

俺達の相手している奴らはいつだって誰だって悲しみや憎しみに満ちていて、それらに触れる俺達も少なからず精神に影響が出る。

それが悪い事とまでは言わないが、悩み苦しんだ彼等に俺達が出来るのは止める事だけ。

自主管理も仕事のうちってな」


「そうだよね……ノーア達をノウンしてしまう事を、少し前まで仕方無い事なのだと思っていた。

だけれど、今は相楽くんやアヴリウスのみんなが身を削って危険を冒して影響されてしまった人達やノーア達を解放していると知った。

私が意味を与える行為は時として人の人としての自由を、そして悪意の無いノーア達を悪に染めてしまう可能性があるのだと知ったわ。

この間の様に、このノアみたいに私の声を聞いてくれる子達が居るのであれば……私でも、まだ出来る事があるなら、動きたいと思っているの」



カバンの中で小さく身じろぐノアを撫でながらそう言うと「なあ」と相楽が1歩距離を詰めて来た。



「俺の事嫌いか?」


「デリカシーが無くて強引な所を除けば嫌いでは無いけれど?」


「……お前」


「どうしてそんな事を聞くの?」



今にして思えば、相楽の行動は不自然な程私に合わせたものだった。

手を引かれるのも、歩幅も、今日連れて来てくれたこの場所も全てだ。

どうしてそんな事を聞くのかと漠然と疑問に思った。



「いや、こんなに興味深い女の子初めてだから。

簡単に言うと嫌われたくない」


「不思議な事を言うのね」


「不思議か?」


「私なんかに嫌われたって、相楽くんにはたくさんの人が周りに居るでしょう?」



そう言うと目を丸くしてショックを受けた様に俯いた。



「……ごめんなさい、私また変な事を言った?」


「いや、今までのハルコの気持ちを考えれば仕方無い事かもしれない。

でも……私なんかって言うな。

今は緒方さんも高城先生も、日向も……ノアも、俺だって、居るだろう。

もう1人じゃ無いんだから、私なんかって簡単に自分の事を軽く扱わないでくれよ」



言われた言葉の意味を考えて、やはり相楽は優しい人だなと苦笑した。

ゆっくりと肩に手を回されて抱き締められて居るのは心地良く、人の温かさを自覚する。

私も同じように生きてるんだなと実感して「ありがとう」と私も相楽の背中に手を回した。



「そう言ってくれて嬉しい、でもまだ私は……自分自身がどこに居るのか不安なの。

ノーア達から離れられない、離れたくない。

だからこそ私は彼らを助けたい、と思う。

被害に遭う人を減らしたいと思う。

その為に私は知識を付ける必要があるから、助けてくれると嬉しいな」


「前にも言ったが、もっと欲張りになって良いんだぞ」


「十分欲張りだよ」



ムッと眉根を寄せる相楽は「じゃあ甘やかせてやるから、覚悟してろ」と言ってまたも頬に柔らかい感触を残して行く。



「何するの!」


「愛情表現。

お前が人に愛される気持ちが欠如していると言うのなら、それを俺が埋めてやる。

人との関わり方が分からないなら俺が身を持って教えてやる。

お前が知らない事は俺が全て教えてやる、これは俺の意思だ」


「えー……」



確固たる意志を持って、相楽くんは満足気に私の手を取ってキスをした。

何故そんなに自信満々なのか全然理解出来ないけれど、知らないより知っていた方がきっと良いだろうと私も諦める事にする。



眼鏡を掛け始めてから、見える景色が凄い勢いで変わっているなとどこか冷静な場所で自覚しつつ。

私は小さく息を吐き出すのだった。

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