奪われた視界は違う色に見えた
相楽が車を走らせる理由を、そう言えばまだ聞けていなかったと思いながらも。
なんとなく無言のこの空間が居心地が良いと感じていた。
外は賑やかだが信号待ちで止まるくらいなので景色が早々と切り替わるからだ。
私の目は人で無いモノ達をよく写すのであまり外に出る事が良い事だとは思っていなかったし、研究所に居ただけでもあんなにたくさん居るのだから外だと怖いとも感じていた。
それなのに気分は自然と高揚するし、腕の中のノアも「あれなんだ!?」と相楽に問い掛けたりと楽しそう。
デートと言う言葉に違和感しか覚えなかったけれど、お出掛けと言う理由で連れ出してくれた事には素直に感謝しかなかった。
「ハルコ、水族館・動物園・映画館ならどれが良い?」
「え?」
「見た事無いとか行った事が無い場所から回って行こう」
問われて、私はその三つの施設の言葉の意味は分かるものの行った事は無かったと理解する。
それを伝えると「マジ?」と相楽はびっくりしたように顔をこちらに向けた。
信号待ちだから良いものを……。
「なら先に水族館だ、海辺に少し出ていて外でイルカショーとかも人気の場所。
もちろんいろんな種類の魚も居るし結構楽しめると思うぞ」
「食べ物か?」
「水槽の中で飼われてて、俺達は見るだけだ。
種類とかその生き物の名前や分布なんかを確認する魚専用のでっかいリアル図鑑みたいなもんかな」
こともなげに言うと、相楽が「どうだ?」と聞いて来たので頷いた。
そして気になっていた事も聞いてしまう。
「ねえ相楽くん」
「なに?」
「その、仕事の方は大丈夫なの?」
相楽があまりにも目を丸くして固まっている。
そしてそれは信号が青になっても同じで、後ろからクラクションを鳴らされて慌ててわきに避けた。
そして黙り込みハンドルに頭を付けて「お前さぁ〜」と不機嫌さをあらわにして顔を上げる。
「え、ごめん怒らせた?」
「違う」
「じゃあ困らせた?」
「それも……うーん、違う」
「なに、変な事言った?」
「言った」
言葉遊びみたいに言うのでカチンと来た。
しかし相楽はため息を吐き出すと「そんなに面白くねえ?」と予想外の事を言う。
思わずこちらも目を丸くてし「え?」と書き直した程だ。
「俺迷惑だった?朝もいきなり部屋まで行ったし」
「まあ……いきなりではあったけど迷惑とは違うかな?
今はとても楽しい思いをさせてもらっているし」
「楽しい?本当かよ、ハルコは顔に出ないし言葉にも態度にも現れないから、俺不安なんだけど」
そんな事言われても……と言葉に詰まって思わずノアを抱き締める。
「今のは純粋に、前に緒方さんや日向に今週は仕事が忙しくなるって聞いていたから気になったの。
相楽も同じチームで動いているのなら、申し訳ないなと思って」
「……世間一般のくくりで言うと、そこは単純に私の為に時間を作ってくれて嬉しいってなるんじゃ?」
「言ったでしょ?私は世間一般の人達と同じ価値観じゃ無いの。
ちょっと今までの記憶も曖昧で、それこそ相楽くんの言う年相応って生活を送れているかも怪しいし……」
「ああ……そう言う世間ズレしたところが興味そそられるのかな」
「え?」
聞き返すと「なんでもない」と呟いて座り直した。
「じゃあ、こう言うデートも初めてだ?」
「まあ……そう言う人も今まで居なかったと思うし」
「なるほど」
少し考える素振りを見せて眉を寄せると「分かった」とまた何か納得した様だ。
まるで情報のアップデートが完了した様な言い方に首を傾げてみたものの、私はそれこそ世間の人達と考え方や感じ方だけじゃなく、知識としても遅れがあるのかもと理解した。
なぜ相楽がそんなに気にしているのかは分からないけれど、緒方さんが私の世話を任せた様な事を言っていたし、それで気に掛けてくれているのかもしれない。
1人は楽だと考えていたけれど、好意ではあるのだ。
ちょっと上からだったり、態度がたまにカチンと来る事はあるけれど。
それでも私の事を理解しようとしてくれていると言うのなら……ありがたいのかも。
「分かった、ハルコ。
俺と付き合え」
「だから、水族館に行くんでしょう?」
「そんな間抜けでありきたりな返しは要らないんだよ」
グッと助手席へ身を乗り出して来て「近いわよ」とその綺麗な顔を押すと「普通の感覚知りたくないか」と言うので思わず力を抑えてしまう。
「……なにそれ」
「俺と付き合ったら、普通の男女の距離だったり感覚が掴める様になるだろう。
それに研究所の中でも俺と行動する事で、ある一定の視線は俺がカバーしてやれる。
研究所の中だけじゃなくて正面玄関で見られてた時とかも怯えてたし……人の視線が苦手なんだろう?」
人の圧迫感に恐怖を感じていたと思っていたけれど、相楽に言われて腑に落ちた。
確かに、怖かったのは人の視線だ。
私は普通の人間じゃないから、弾かれないか本能的に恐怖を感じたのだ。
戸惑った理由は今まで人の少ない場所に居たからで、私自身がもしあの場でノウンしてしまったらどうしようと思ったのだ。
「なんで分かったの」
さすがに目が良い。
悔しい程に周りの空気感に敏感なのだろう。
口角だけ上げてニヤリと笑みを浮かべると「なあ」と私の手を取った。
「付き合えば今以上にお前に優しくしてやるよ。
緒方さんのチームは穏健派だから研究所の中で過激派の奴等と見合う事もあるだろうが、そう言う時は優しく守ってやる」
「……付き合うと言うのはよく分からないけれど。
相楽に優しくされるのはなんか、イヤ」
「は?」
「それに、相楽くんの本性知っててそう言う……なんだろう、良い顔されても気分悪い。
外で被る仮面って自衛の為にやっているんでしょう?
それなら余計にその素のままで良いよ、なんだかちぐはぐだし」
すると相楽は、一瞬表情を消して無表情になった。
すぐに表情を取り繕って「なんで自衛してるんだって分かった?」と言って私の手を離す。
「だって相楽くん、初めて会った時は私の事警戒してたでしょう?
だけど素を知っているって分かった途端取り繕うのをやめたから」
「あれは警戒じゃ無くて保身の為にしてたんだよ、そんな事も分からないのか」
「喧嘩したいなら買うけど、誤魔化さないでくれる?」
もちろん彼の素が全てでは無いし、見えないところも多い。
だけどそれは私も同じなのだからそこに対しては怒っているわけじゃないのだが、表の仮面はかなり根が深い様だ。
「……煮え切らないな」
「だから思い通りになる程単純な人間じゃ無いってずっと言ってるのに」
「まあ、そうだけど」
しばらく黙り込んだ相楽が「じゃあ取り敢えず」と身を乗り出して来て、驚くと共に頬に柔らかい感触を残して戻って行く。
ノアが「あー!」と叫んだ事がどこか別の場所なのではと思いながら、頬に手を持って行った。
「仲直り。楽しいデートにしような、ハルコ」
「一回死んで生まれ直してくれば良いよ」
人生初、思い切り振りかぶって人の頬にビンタをかました。
なんでもない事の様に笑いながら運転を再開する相楽の腕にはノアが噛み付いたり、私は私で腕を組んで窓の外を睨み付けていた。
今まで否応無しに視界に現れていたノーア達を気にする日常だったのに、相楽への怒りで視線の中の色合いどころではないのだった。




