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出来る事なら気付きたく無かったのに



「それじゃあ今日も良い1日を!

何かあったらいつでも研究室においで」


「はい、ありがとうございます」



笑みを浮かべて出て行った高城に礼を言って、今日はどうしようかと首を傾げた。

ノアは既に元気いっぱい部屋の中を走り回っていて、何もせず1日を終えるのは勿体無いし、だからと言って何を……と眼鏡を弄りながら考えているとコンコンと扉をノックする音が響いて驚いた。

高城の忘れ物だろうかと思って顔を出すと、そこには相楽が胡散臭い笑みを浮かべていて思わず表情が引きつってしまう。



「やあ、朝早くにごめんね、今少し良いかな?」



一見すると爽やかなその声音はどう取っても早く入れろと言われている様でため息を吐き出しながら「どうぞ」と招き入れるしかなかった。

相楽の外面の良さは班の2人と高城の前だけだと言うのは研究室に居たレナの前での態度で明らかだったからだ。

よそ行きの仮面を外した相楽は「なんだ、まだ着替えてなかったのか」と不満げに言い放つ。



「いきなり来ていきなりなんなの」


「別に、今日も一日フリーだからお前に付き合ってやろうかと思って」


「は?」



部屋に入って来た相楽は、走り回っていたノアを見付けて「よう」と気さくに挨拶をした。



「あ、お前知ってるぞ、昨日ハルコが噛んで良いって言ってた奴だ」


「もう噛むな。お前の牙、めちゃくちゃ痛いんだよ」


「噛みごたえがあって良かったぞ!

どうした、また噛んで欲しいのか?」



興味津々の様子で相楽の肩に登ったノア。

そんなに懐く余地があっただろうかと思ったけれど、恐らくそれは相楽が自然に相手をしているからなのだと分かった。


多分自然体に近い人程ノアは安心して居られるのかもしれない。



「勘弁だって。おい錦見谷、さっさと用意しろ」


「用意?メディカルチェックならもう終わったけど」


「バカ、違う。デートだよ」


「……はあ?」



怪訝な顔をした自覚はあった。

驚きと混乱のあまり大きくなった声にノアがびっくりして居たけれど、その後昨日の紙袋から服を適当に選ぶと奥の部屋に押しやられて「早く着替えろ」と言われ、渋々従った私は髪も勝手に弄られて外に出る事になった。

もちろんノアも一緒にだ。



「なんで猫を連れて来る?デートだと言っただろう?」


「相楽くんの行動パターンが読めない。

デートって何?」


「食い物か?」



白いシャツに紺のカーディガン、白いパンツの相楽は確かに決まっていた。

シンプルながら素材が良いこともあって少しもくどくないのだ。

研究所を出る時も玄関を抜ける時も爽やかな仮面を付けながら歩くので、周りの視線を集めていて隣を歩く私としてはヒヤヒヤしたが、本人が全く取り合わないので無理矢理無視をしている。



「デートって言えばショッピングに始まり、映画や娯楽施設を巡ったり、お洒落なカフェでお茶をして景色の良い場所でディナーをする、そう言うものだ」


「縁が無い上に私の趣味と合わない、何よりどうして相楽くんとデートに行かなくてはいけないの」


「嬉しく無いの?」


「世の中の女の子が全てアナタにめろめろになる訳じゃ無いって知った方が良いよ」



むしろその自信過剰な態度は、日向では無いが痒くなって来る。

それは裏の本来の相楽を知ったからだろう。

それを伝えると「ふぅん」と少し考える様子になって「なら変更するか」と言って笑った。



「お前が楽しいと思う事にしよう、どうせ今日一日何をするでも無くその辺りを散歩するくらいしか考えてなかったんだろう?」


「それは……」


「この辺りを知らないなら仕方ない事だ、別に責めてるわけじゃない」


「責められても困るところではあるけれど……でも本当にいきなりどうしたの?」


「……昨日も言ったと思うけど、良い女は黙ってきゃーすごーいとか嬉しいーとか言うものだぞ」


「素を知ってる人がそんな出方をすると逆に怪しむよ。

それに私は別に良い女じゃ無いし、人と違っている事くらい承知しているよ」



元々常軌を逸している自覚はあるのだしと呟きながらノアの頭を撫でると、慰めるように私の指をペロリと舐めた。



「だったら、余計にその辛気臭い顔見たく無くなった」


「は?」


「年相応になれ、ハルコ。

お前くらいの年齢の女の子は、恋におしゃれに大忙しなんだぞ」



大きなお世話だと言いたかったのに、意外に子供っぽい笑みを浮かべた相楽に何も言えなくて黙り込んだ。

連れられたのは駐車場で、ひとつの車の前に止まると「乗れよ」とこともなげに言うので「乗れるの?」と首を傾げる。



「車を前にしてむしろどうすると言うんだ?」



今度は相楽が怪訝な顔をしたので、私は渋々その車に乗り込んだ。

有名なメーカーの有名な車だ。

詳しくは無いが、レクサスと言う名前だけは知っている。



「相楽くんの車なの?」


「ん」


「へえ……」



物珍しいと声色に出て居たのか、嬉しそうに「格好良いだろう」と聞くので素直に頷いた。


車は滑るように走り出し、交差点に差し掛かる時私は車の中の景色がどこか夢の中の景色に見えて首を傾げる。



「どうしたんだ?」


「見え方が違うんだな……と思って」


「見え方?」


「夢の中で見える景色に似ていたから」



でもどこがどう違うのか、どう似ているのかが確認が持てなくて黙り込む。


相楽が急に「窓があるから、じゃないか?」と言うので私はその言葉に首を傾げた。



「お前の見え方が俺も分かるわけじゃ無いけれど、多分枠があるかないかじゃ?」


「枠……?」



疑問系で返しつつ、私は窓の内側へと手を触れた。

その時、まるで夢の中の景色がそのまま現れたかのように人並みが明るく見えた。

それはノーア達が色彩を濃くしただけで、何かが起きたわけじゃなくて、ただ何かに反応したのだろう。

悲鳴が上がるとか、誰かが傷付いたとかじゃないのに肩が躍ったその様子に「おい?」と不審そうに相楽が眉をひそめる。



「ごめん、ええと……もしかしたらそうなのかも」


「マジで?」


「多分、だけれど。

窓枠ってメガネのフレームみたいだなと思って」



自分のメガネのふちが気になって顔を上げると、まだ人の多い交差点には大人も子供も関係無く居た、それで良いんだと漠然と捉えた。

今見えている景色は現実のもので、近くにノーアの色彩はあったとしても、彼等は意識せずとも側にいる。

時には腕の中に居るこのノアの様にいきなり「生まれて」しまう事があったとしても、それは稀なのだ。

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