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覚悟が足りていない自覚は既にあった



今日はゆっくりと草原を歩く夢が始まりだった。

ウサギが赤いニットを着ていて、雪が降って来たので急いで家に帰る所だったのに、鯨が雨を降らせて来て庭のトマトに水をやる必要が無くなってしまった。

夜の空には赤い星が煌めき、月は青く染まっていた。


海の中に居るのはたくさんの人。

それぞれ役割があるようで、私がその辺りを歩いていても見向きもしない事が少し寂しかった。


寂しいと言う感情に首を傾げた事を覚えている。

それは、昔に何かを無くした時の気持ちだと悟ったのに……その無くしたものが分からなかった。



昔、私は何をしていたのだっけ。

私はどこで生まれて、どうしていたのだっけ。



膨れ上がった疑問が色を持ち、ふとダークグレーの毛玉が視界に映った。



「ハルコ!おはよう、よく眠れた?」


「……ノア」



頬に擦り寄って来る毛玉の正体は昨日誕生したノーアの複合体が子猫の姿を形作ったモノだった。

ノーアと呼ぶには数があってそれぞれはまとまっているらしいと昨日話していたので、区別を付ける為彼等をノアと呼ぶ事にしたのだ。

響きとしては変わらない気がするけれど、違うモノだと確立させてしまえば彼等は彼等として認識出来るようになった。



「うん、おはよう」


「えへへ……ハルコと朝を迎えられるなんて幸せだなあ。

僕達ずっと朝も昼も夜も同じ景色だったのに、ハルコと視線を共有するだけでこんなにキラキラして見えるんだね」


「視線を共有?してるの?今?」



ノアは頷いてみゃおと鳴く。


未だ分からない事の方が多くて、私はベッドから身体を起こしながら疑問を投げ掛けた。



「ハルコは僕達に呼び掛けてくれて、僕達はハルコに答えたんだ。

だったら当然ハルコの全てに憑いて無いと、また僕達分からなくなっちゃうよ?」



さも当然の事だと言われて、彼等はそう言うモノなのだなと理解した。

シャワールームに入っても、ノアは嫌な顔せず付いて来て身体を洗わせてくれた。

本物の猫とはやはり少し違っているのに、見た目は可愛らしい子猫なのだから。



ドライヤーで乾かす時には音に驚いていたけれど、暖かくなったのか次第に大人しくするその様子は可愛くて、高城が用意してくれた猫ベットに乗せるとうとうととし始めたようだ。



「ハルコ〜、僕達眠い……」


「眠っていても良いよ、もうすぐ高城先生が来てメディカルチェックをするから……少しだけ部屋を出るけれど、待っていられる?」


「えっ、やだ!ハルコと離れるのはいやー!」



瞬間ベッドから飛んで来て膝の上で丸くなるダークグレーの毛玉に、思わず笑ってしまった。



時間になって高城がやって来ると、ノアはふんふんと鼻を鳴らして高城の膝の上へと移動する。



「ノア?」


「分かっちゃったかな?じゃーん、ノアくん達にご飯だよ!」



高城はポケットからビスケットを取り出した。

それに目をキラキラさせるノアが「食べ物!」と尻尾を揺らす。



「今からハルコちゃんもご飯の時間だし、ノアくん達だけ何も無いのもね。

昨日は猫缶がダメだったけれど、ハルコちゃんも食べられるモノならどうかなと思って」


「ノーアに食事は必要無いんですよね?」



思わず問い掛けると「ハルコちゃんが食べてる横で真似事でも同じ事が出来ると嬉しいかと思ったんだ」と高城は笑った。

ノアも嬉しそうに高城の手からビスケットを食べているところを見て、私も高城も食事を始める。



「ありがとうございます」


「ううん、君達が喜んでくれるのが僕も嬉しいから」


「高城先生は初めから……私の事を人として扱ってくれてましたよね。

すごく、嬉しかったです。

ノアの事もひとつの存在として扱ってくれて……ありがとうございます」



改めて礼を言うと、照れたように高城は手を振った。



「僕達研究者から見たら、君達はとても珍しいモノに見えるんだ。

人としてノーアと関わりを持つと、どうしてもデリートとかそう言う人を守る為の手段として最悪な方法を選ばざるを得ないからね。

だけど、それ以外の道があるのならそうありたいとも思っているんだよ。

だってノーアは僕達人間が生み出す色彩であり意思なのだもの。

彼等はちっとも悪くない、自然的な現象だからね。

だからそこにいろんな人間の思惑と考えが入ってしまうととてもややこしくなってしまう。

そう言う見え方を研究しながら、やっぱり僕は君達が愛しいなあと感じるんだ」



ビスケットを頬張るノアの頭を優しく指で撫でると「あのね」と呟いた。



「今から君は、否応無しに人の悪意を見る事になると思う。

ノーアに対してだけじゃ無くてね。

だけどどうか自分をしっかり、強く持っていて欲しい。

君は1人の人間であり、尊厳は守られないと行けないんだ。

意見と言うのは千差万別であり、方向性がひとつでないといけない理由なんて無い。

いくつあっても良いんだから」


「……暗に、今から凄いことが始まるって言う事ですか?」


「組織に居るとどうしても意見を言っておかないと満足しない連中が出てくるものなんだ……遠凱都くんを筆頭にね」



過激派と言われる彼等の事かと理解した。



「売られた喧嘩を買うなとは言わないよ、言われたら言い返して全然良い。

恐らく君も我慢しない人だろうと思うから。

でもどうかその気持ちを1人で抱えないで。

僕でも良いし、日向でも良いし緒方だって相楽くんだって居るから。

君の味方は絶対に居るから、1人で戦おうなんて思ってはいけないよ?」



にこにこと人好きのする笑みを浮かべる高城に、私はホッと胸を撫で下ろして頷くのだった。

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