第1話 全裸とアフロと着ぐるみと俺
今日は異常気象らしい。
年明け早々に最悪なニュースを目にした俺は、深いため息をついて画面から目をそらした。
窓から外を見ると、静かに雪が降り積もってきていた。街路灯のぼんやりとしたオレンジの光が、降り続く雪に反射してぼやけて見える。地面はすでに真っ白だ。このペースで降り続ければ、朝にはどうなっていることやら。
そんな状況にも関わらず、俺――雅雪政は、これから仕事に向かわねばならない。
外を見るだけで気が重くなる。防寒着は薄いものしか持っていないし、傘なんてどこかで失くしたきり見つからない。これじゃあ雪まみれになる未来しか見えない。身体は冷え切り、メガネは雪で曇り、職場に着く頃には靴の中もぐちゃぐちゃだろう。
「まあいいんだ俺なんて。新しい年だ、みんな幸せになれよ!」
自分への諦め混じりのエールを吐きながら増えた卑屈な思考に気づく。どうにも最近こんな調子だ。
その時、スマートフォンから出発時刻を告げるアラームが鳴った。流れてきたのは熱血系のアニメの主題歌『燃え上がれ、魂の炎』。これが流れると今日も頑張ろうって気になるお気に入りの曲なので設定していた。
「さあ、仕事行くか、、、って、ああ、全然準備できてなかったわ! やべっ!」
大慌てで作業服に袖を通し、最低限の身支度を済ませて家を飛び出す。玄関を開けた瞬間、強い冷気と吹き付ける雪が顔を刺すように襲ってきた。空はどんよりとした灰色の雲に覆われ、時折、風が音を立てて窓や電柱を揺らす。靴を踏み出すたびに雪が柔らかく沈む感触が伝わる。
「ははは、昨日よりひでぇや。これが1発目かよ、、、はあ、今年はどうなるんだか」
ぼんやりと呟きながら歩き始める。メガネのレンズには雪が付着し、体温で解けて視界が歪む。何度拭ってもキリがなく、足元の冷たさも増すばかりだ。ほらな、こうなっただろう?こんな調子じゃ、この先も期待はできそうにない。
ふと、テレビで見た今年の運勢ランキングを思い出す。12星座中12位。誕生日と血液型占いも悪い、全部合わせたら最下位争いでトップに立つ勢いだったな。あんなもの見なければよかった。唯一の救いは、俺より運の悪い誰かがいるんだってことだけど、本当か?俺以下がいるのか?それは見てみたいもんだ。
「あ、、、そういえばさっき人類の幸せを願ったばかりだった」
そんなことを考えながら、普段は通らないショートカットコースに足を踏み入れた。積もる雪に足を取られながらも、「少しでも早く職場に着きたい」という焦りが、判断を急がせたのだ。しかし、それが間違いだった。
進んだ先で目に飛び込んできたのは、車同士の衝突事故だった。凍った路面に雪が重なり、道が完全に塞がれている。仕方なく迂回するも、迂回先の細道も雪で埋もれて通れない。さらに別の道を探して進むが、そこでもまた行き止まりに阻まれる。
そしてようやくたどり着いた交差点で、今度は信号に引っかかった。ここは「赤になったら青に変わる気配がない」と噂されるほどの魔の歩道。しかも見通しが悪く、車が突然飛び出してくることもある。この視界の悪い中信号無視なんて選択肢はもちろんない。
「なるほど、さっきの誰かへの妬みが返ってきたのか、因果応報ってか、随分と即効性があるじゃないか」
皮肉を吐きながら積もる雪を払い落とす。冷たい風が容赦なく吹きつけ、心まで凍りそうな気分だった。ポケットからスマートフォンを取り出し時間を確認すると、もうここからではどうあっても間に合わないい時間になっていた。
「しょうがないよな、この雪だし、異常気象だし」
年明け数分の重なる不幸に絶望でしかない。なんて年になっちまったんだ、、、。
いや、こういうのは気持ちの切り替えが重要なんだ。もうすでに悪いことだらけだしな。これからはきっと幸せな未来がーーー。とりあえず会社には大雪で進めず少し遅れると連絡しておこう、、、。
「時間ができちまったし、今のうちにログインボーナスだけでも取っておくか」
起動したのは最近ハマっているRPG『レヴァラムゲート』だ。
『レヴァラムゲート』は、ダウンロード数10万ほどのオープンワールドRPG。最大の魅力は、その圧倒的な自由度にある。プレイヤー次第で一代で王国を築き上げたり、身体に別の細胞を組み込んで進化させたり、さらには竜以上に強力な花を作り出したりーー想像力がそのままゲームの可能性になる。何をどう遊ぶかはすべてプレイヤーの手に委ねられている。
とはいえ、俺はまだ始めて1か月ほど。広大なゲーム世界の中で、いまだに始まりの街をうろうろしている新米プレイヤーだ。それでも、この「何でもできるかもしれない」という期待感がたまらなく面白い。
ログインとともに画面には女の子のキャラクターが現れた。
赤髪で、長い髪を後ろで結んだ清楚で可憐な女性ーーそれが舞羅さんだ。画面越しでも伝わるその優しい笑顔は、いつも俺の心の疲れを癒してくれる。
舞羅さんはただのナビゲーターやガイドではない。ゲームの進行をサポートするだけでなく、プレイヤーが迷ったときは導いてくれたり、個人的な相談にも乗ってくれて会話型のAIみたいに全てを受け入れてくれる。胸はストーリーの話題に全くあがらないのに何故か無駄に大きいのが気になるが、細やかな気遣いや励ましの言葉をくれる心の拠り所。その振る舞いは、まるで『聖母』だ。
「こんばんわ、フェブライさん(俺のプレイヤー名)。遅くまで大変ですね、あまり無理しないでくださいね。私の好きな貴方が倒れてしまったら、、、あ、そのっ、好きというのはですねっ!」
赤面して慌てる舞羅の姿に、思わず笑みがこぼれる。こんなふうに話しかけてくれるだけで、嫌なことばかりの現実でも、ほんの少しだけ心が穏やかになる。
「ありがとう、舞羅さん、、、こんな状況でも癒される」
現実に目を戻すと、信号はまだ赤のままだ。雪はますます激しくなり、スマートフォンの画面にまで積もり始めている。気温で解けた雪が水滴となり、視界を遮る。
遠くから何やら重く鈍い低音が響き、空気を震わせている。この空模様では、何が起きてもおかしくないーーその唸りが徐々に近づいてきた気がする。この時期に雷だろうのか?
「ははっ、まさか、いくら運が悪いっていっても落雷にあたるなんてことはーーー」
嫌な予感が脳裏をよぎり、思わず空を見上げた、その瞬間。
光った。
暗闇と寒さが支配していた世界が、一瞬で白い光に飲み込まれる。凍えるほど冷たかった空気が、まるで夏の日差しのような暑さに変わり、これまでの寒さが嘘だったかのように全身を包み込んでいく。
光は視界を埋め尽くし、目を閉じてもその輝きは瞼の裏まで差し込んでくる。全身が光そのものに溶け込んでいくようだ。頭の中は混乱しているはずなのに、身体は静かにその光の海を泳いでいた。
「なんだこれ、、、光の中にいる?これは、、、死?まさかマジで雷にうたれたのか、、、はっ、最後に何フラグ回収してんだよーーー。そうか、これで終わりか、、、」
驚きや恐怖、懺悔や後悔はなかった。ただ淡々と受け入れている自分がいた。改めて振り返ってみても、何もない人生だったと思う。けれど、最後に年を越せたのは良かった、のかもしれない。
最後に見た、舞羅さんの笑顔が頭に浮かぶ。あの優しい言葉を聞けて嬉しかった。少しだけ心が温かくなっていたな。
田舎にいる両親の事をふと思い出した。胸の中で静かに謝罪する。先立つ不孝をお許しください、、、。
「何言ってんだ、俺」
そこまで考えたところで、急に馬鹿らしくなってきた。こんな状況で真面目に悔いる俺の姿が、なぜかおかしかった。だけど俺は今日、今。
何年かぶりに 笑えたんだ。
光の中で、身体はどんどん重たくなっていく。思考はぼんやりと薄れ、瞼が自然に下りてくる。そして、気だるさに身を任せたまま、俺は静かに意識を失った。
目を覚ますとーーーーーー。目を覚ますと???「え……?」
目の前には見たこともない光景が広がっていた。『俺たち』は、雲海に浮かぶ孤島に立っているようだった。
『周囲』を見渡すと、そこは意識を失う前の街とは明らかに違う場所だった。いや、それどころか、これはもう日本ですらないと直感的に分かった。澄み切った青空、心が洗われるような清々しい空気、鳥たちのさえずりが耳に心地よい。そして、幻想的な建物や遺跡、深い森、静かな湖を抱えた島々が、雲海の上を浮かんでいる。この空間は不思議な安らぎが満ちていた。
体も心も軽くなるような心地よさだ。ここはもしかしてーーー天国、なのか?そんな考えが頭をよぎり、自然と気持ちが落ち着いていく。
「そうか、、、そうなのかもしれないな、、、」
ーーーーーふぅ。よし、もう一度『正面』を見よう。
目の前には、俺を含めた4人が対角線状に向き合うように立っていた。そして少し離れた奥には、俺たちを見守るような人影がひとつ。長い白ヒゲをした老人のようだ。その老人はゆっくりとこちらに近づいてくる。
が。正直そっちは今どうでもいい。見るからに普通そうだし、問題なのは目の前の「3人」――いや、3つだ。
一人は全裸だった。全裸で金髪碧眼でショートカットの少女だ。唯一、手にはスマートフォンを持っている。全身が濡れていて、尋常じゃない湯気がオーラのように立ち上っている。どうしたんだ?
しかしこの少女、なぜか全く隠す素振りもなく腕を組んで仁王立ちしている。その堂々とした態度からは、何が起きても揺るがない強い意志を感じる、、、。言うなば堅牢、なんて堅牢な少女だ。
「寒いわね!」そう呟いた。そりゃそうだとしか言えない、全裸で外にいるんだから。というか、そこ?今、一番に気になる所はそこなのか?感性がおかしいのだろうか?
疑問はあるが、全裸の少女をずっと見ているのは倫理的にまずいので俺はそっと目をそらす。
次に目を向けたのは右隣。そこには、丸焦げのゴシックメイド服姿の女の子が立っていた。多分、女の子だろうメイド服着ているから。
というのも一番目を引いたのは頭だ。まるで爆発でもしたかのような巨大なアフロ。1メートル近く膨らんでいるのではないだろうか?バブルガムみたいなオレンジ色だから余計にインパクトがすごい。どういうファッションセンスなんだ?不思議の国から来たのか。
そして、肩からは煙が細く立ち上っている。爆発にでも巻き込まれたんだろうか?やはりそのせいで髪が?昭和のマンガかよ!そう思わずにはいられないほど異様な光景だった。
「あ、爪が割れてるじゃないですか」だからそこかよ。まって、俺がおかしいのだろうか?視線を手元に移すと彼女もまたスマートフォンを握っていた。
左には「ハシビロコウ」がいた。でかい鳥だなぁ(茫然自失
すごい目力だ威圧感がハンパない、何考えてるんだろう。しかし随分ガタイがい、いやいや違う違うまてまて!そうじゃない、そうじゃなくて、なぜここにハシビロコウが?状況がわからないのに、コイツに至っては存在からしてわからない、何なんだ。そして手羽先にはスマートフォンを鷲掴んでいる。
「ここは一体、、、」ハシビロコウって喋るのか?まさかここにきてまともな反応をするヤツがいたとは。まともなハシビロコウなんだっ、から違うって、そうじゃないだろ俺!なんだ、まともなハシビロコウって!?ああ、これ着ぐるみか。ハシビロコウの着ぐるみを着たオスの何かだったのか、、、。なんだ、脅かしやがって、、、。
ーーーーーーーだから、一体どういうことなんだ?!!
そして、ゆっくりと歩いてきていた老人は足を止め、口を開いた。
「わしは、神じゃ」
なんだ普通の神か。