疑惑
帰り道、あたしと楓は無言だった。最後に「おやすみ」とだけ告げて、それぞれの部屋に入って行った。
靴を脱ぎ、鞄を落とし、化粧を落とし、部屋着に着替える。
ゆっくりベッドに倒れ込んで、テレビのスイッチをつける。音楽番組の再放送のようで、見覚えのあるアイドルグループが、画面の向こう側で歌っていた。
そっと、画面に手を伸ばす。
その手の向こうの、若くてきれいなアイドル達に。
あたしは、もう二度と彼女達みたいにはなれない。
***
「あら、偶然ですね」
朝、ゴミを捨てに行くと、しまこが歩いていた。職場からの朝帰りだろうか。生気を失った瞳で、あたしの方を見ている。
「いやぁ、よく会いますねぇ。あ、ようやく仕事が終わりまして。今夜あたり、お邪魔しようかと思っています」
そう言って敬礼をするしまこから視線を逸らし、あたしは「待ってるわ」と短く返す。昨日の楓の推理が頭を過ぎって、上手く顔をみることができずにいると、不安げに「あの、大丈夫ですか?」とあたしに問いかける。
「うん、大丈夫。ちょっと、暑さにやられただけ」
慌てて笑顔を作ると、しまこは「あぁ、今日は特に暑いですもんね」と鞄を漁った。
「塩飴、一つどうですか?」
「……ありがとう」
しまこから一粒飴を受け取ると、そっとポケットに入れた。
「あたし、もう行くね。また、お店で」
「はい、ではまた」
そう言ってしまこはあたしに背を向ける。そこで、あたしは一つの違和感に気が付く。
「ねぇ、しまこちゃん」
呼び止めるあたしに、しまこちゃんは「はい?」と振り返った。
「今から、どこに行くの?」
「……? 家に帰るんですよ」
「しまこちゃんの家って、この辺りなの?」
あたしの質問の意図がわからず、しまこは不思議そうな顔でこちらを見る。
「いえ、あっちにある地下鉄で、二駅離れたところですけど」
「……職場って、あたしの店の近くだっけ?」
「えぇ……。それが、どうかしましたか?」
「ううん……。じゃあ、ここ、よく通るのね」
あたしはそう呟いた後、「ごめん」と謝って、彼女に背を向けた。しまこの顔を見ることもできず、足早に立ち去った。
何度もあたしの家の前を通る彼女なら、家を見つけるのも、あの脅迫状をポストに入れるのも容易だろう。
「いい子よ、あの子はきっと……」
そう言い聞かせるように呟く。でも、のりぽんと昨日会っていたという目撃情報を、楓から聞いている。
もし、二人が協力して、あたしを追い詰めているのだとしたら。
あたしは、アパートに引き返す。そして、階段を駆け上がり、楓の部屋のインターホンを押した。しばらくして、扉が開く。そこには驚いた顔の楓が経っていた。
「ちょっと、美玖。どうしたのぉ……?」
眠たげな瞳でこちらを見る楓に、あたしは思わず抱き着いてしまう。楓は相変わらず寝ぼけた顔で「どうしたのぉ、美玖……」と呟いた。
「どうしよう、楓。あたし、もうダメかも……」
「ダメって……?」
「さっき、下でしまこちゃんとすれ違ったの」
しまこの名前を出すと、美玖は寝ぼけた表情から一変し、緊迫した面持ちで、こちらを見ていた。
「入って。中で話そう」