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しまこ

「偶然ね」

 あたしの声に、彼女はびくりと身体を震わせ振り返る。しまこは、恐る恐る振り返り、あたしの顔を確認すると、安堵の息を漏らした。

「あぁ、なんだ。みくりんか……。奇遇ですねぇ……。というか、なんでここに?」

 しまこは周囲を見渡す。以前、しまこと偶然出会ったこのカフェは、夜の二十二時ということもあり、客があまりいなかった。

「もうすぐ、ラストオーダーの時間ですけど……。今は、飲み物しか頼めないと思いますよ?」

「いいのよ、あなたをたまたま見かけて。入ってきただけだから。隣、いい?」

 あたしがそう問うと、しまこは「どうぞ、どうぞ」と向かいの席を指さした。あたしは木製の硬い椅子に腰を掛けると、頬杖をついて、しまこを見つめる。

「のりぽんの件、ありがとうね。謝ってきたわ」

「あら」

 しまこはとぼけた表情をする。

「なんのことかわかりませんが、それはよかったです」

「ほんと、食えないわよね」

 そう言って、あたしは彼女をじっと見つめる。その視線に、しまこはやや不思議そうな顔で見つめ返してきた。

「ほんと、劇的に変わったわよね。《依子》ちゃん」

 依子、という名前を聞き、しまこは大きく目を見開く。そして「ははっ」と乾いた笑い声をもらした。

「ようやく、思い出していただけましたか」

「気が付くわけないでしょ。どんなダイエットしたのよ。店に来なくなって一年ちょいでそんなに痩せる?」

「社畜世界はねぇ、いろいろあるんですよ」

 頬杖をついて、しまこは物憂げにため息をつく。その姿に、なんとなく苛立ちを感じた。

「なんで、黙ってたのよ」

「私のことなど、忘れているかと思いまして」

「覚えてるに決まってるじゃない」あたしは思わず声を荒げる。「あたしの、大事なファンなんだから。というか、あたしこそ、忘れられてると思ったわよ」

「覚えてましたよ。……まぁ、本当は、また行くつもりなんて、正直なかったんです」

 そう言ってしまこ――依子は天井を仰ぐ。

「最初に通い始めた時は、まだ大学生だったなぁ。なんとなく入ったメイド喫茶に入って、ハマってしまって。最初に迎えてくれたのは、楓さんだったなぁ。他にもたくさんのメイドさんが迎えてくれた。就職活動でしんどかった時も。バイトで疲れた時も。いつも笑顔で癒してくれた。もちろん。あなたもね」

 依子は天井から視線を外し、あたしに視線を向ける。その笑顔は、どこか悲しげだった。

「社会人になって、中々帰れないし、疲れて動けないし。食欲もないしで大変でしてね。おかげで、こんなに痩せてしまいました。息抜きに出かける気力もない。そんな中、あなた達の笑顔だけは忘れられなかった。社会人になって一年が経って、少し時間が出来た。そうしたら、また会いたくて、あの店に足を運びました。……随分と、メンバーも変わってしまったし。楓さんも、以前とはどこか雰囲気が違ってしまって、少し、残念に思うことがありましたけど。……でも、あなたは依然と変わらない笑顔を浮かべていた。……まぁ、少しお疲れのようでしたけど」

 そう言って、依子は「ふふっ」と微笑む。気が付いていたのか。楓の変化も、メンバーが変わったことも。

「やっぱ、オタクって侮れないわね」

「言ったでしょう。オタクは、アイドルのことをしっかり見てるんですよ」

 そう言って、依子は得意げに笑う。その顔がなんだか憎たらしくて、おかしくて、あたしもつられて笑ってしまった。

「楓さんが、辞めてしまうのは残念ですけど。……お元気そうですか? 卒業発表のライブの時しか、会えていなくて」

「楓は」

 あたしの脳裏に、今朝のことがフラッシュバックする。ごくりと唾を飲み込むと「楓は、元気そうよ。だから、安心して」

「そうですか」

 何かを悟ったのか、依子は困ったように笑って頷く。

「それで、あなたはどうするのですか?」

「それも知ってるの?」

「のりぽんから聞きました。今日で、最後だったって。水臭いなぁ、最後くらい、教えてくれたっていいじゃないですか」

「だって、あなたの連絡先、知らないもの」

「そうでした」

 そう言って、依子は笑う。相変わらず、食えない女だ。

「退職届は出した。あの店は辞める。で、代わりにこれをもらった」

 あたしはそう言って、一枚のポスターを差し出す。

 ご当地アイドルのオーディション要綱。年齢制限は二十五歳までだった。

「店長に、それを受けてみないかって。笑っちゃうわよね」

 あたしは小さく息を吐くと、ポツリと呟く。

「かっこいいこと言って去ろうとしても、結局、諦めきれないみたい」

 そう言ってあたしが笑うと、依子は満足そうに頷いた。

「応援しますよ。どこまでも」

「ありがとう」

 あたしはそう言うと、依子に両手を差し出す。彼女は、満面の笑みを浮かべて、その手を握り返した。

「また、握手できる日を楽しみにしています。それまでは、お別れですね」

 少し寂しそうな顔をする依子に、「どうせ通り道なんだから、どこかで会いそうだけどね」とあたしは笑う。

「じゃあ、あたし行くわね」

「えぇ、お元気で」

「あ、そうだ」

 あたしはあることを思い出し、依子に詰め寄る。

「ねぇ、依子ちゃん。あなた、SNSしていない?」


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