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夢見る少女が夢見たアイドル

 メイド喫茶、《あいどるめいど・あらもーど》は今日も大盛況だ。

 若くてかわいいメイド姿のウエイトレスに、「お帰りなさいませ、ご主人様」なんて定番のセリフで出迎えられ、甘ったるい声でちやほやされる。しかも、料金次第では、お気に入りのメイドが、自分だけのために、歌ったり、踊ったりしてくれると言うのだから、客達にとっては最高の環境だ。

 そして、あたし、成沢美玖も《若くてかわいいメイド》の一人だ。

 いや、正確には《だった》なのかもしれない。

アイドルを夢見たのは高校の頃。テレビの中でキラキラ輝くアイドルに憧れて、有名グループのオーディションを受けるもあっさり落選。実力をつけようと、ライブイベントがある、この一風変わったメイド喫茶に勤めながら、様々なオーディションを受け続ける日々。気がつけば、十六歳だったあたしは、高校を卒業し、気がつけば二十歳を過ぎ、二十四歳になってしまった。入店当初は、可愛いと持て囃された、姫カットをした黒髪ツインテールも、年齢を鑑みれば痛々しくなりつつある。はじめはあたしを好きだと言ってくれていた客達も、どんどん若いメイド達に視線を奪われていく。すっかり《古参》になってしまったあたしは、九年の時を得てすっかり肩身が狭くなり、長く店に通い続ける客には、《化石》というあだ名をつけられる始末。それでも唯一、歌って踊れる《居場所》を失う勇気が出ず、居座り続けている。中々にして笑えない状況だ。

「おーい、《化石》。早くこっち来いよ」

「《みくりん》って呼んでって言ってるでしょ」

 このやり取りも、もう毎日のこと。このやり取りがしたくて、毎日来ては、わざと《化石》と呼ぶ客もいる。うんざりどよめく気持ちを隠しながら、あたしは、声のする方に笑顔を向ける。声の主を確認した瞬間、あたしは反射で眉を寄せそうになるのをグっと堪えた。妙に細長い、眼鏡を掛けた男性。口元には剃り残しだらけの、青いひげが散らばっている。室内だというのに赤い野球帽をかぶった、チェックシャツにジーンズの、いかにも《オタク》の服装をした彼は、あたしのお得意様の《のりぽん》だ。

 のりぽんは、嫌味っぽい笑みを浮かべて、あたしを呼びつけると「なぁ、《化石》っていくつになったの?」と問う。あたしは、再び顔を引きつらせそうになるのをグッと堪え「なぁに、急に」と笑いかけた。

「いやさ、周り、結構若い子増えたじゃん。なんか、《化石》だけ際立って老けてきたなって。いくつ? 三十?」

 いつか嬲り殺してやる。殺意が胸中に渦巻くが、ぐっと我慢して「もー、今日もつよぽんは意地悪なんだから」と軽く肩にソフトタッチした。本当はこの薄い肩が貫通するほど、深々と包丁を突き立てたい。

「もう、嫌味を言うだけに呼んだんだったら、他の人のトコ行っちゃうぞ」

「もう、冗談が通じないな。俺が《ライブ》入れてやろうと思ったのに」

 このメイド喫茶には、メニュー表に《ライブ》というメニューがある。《ライブ》を注文すると、お気に入りのメイドが、自分だけのために歌って踊ってくれるというシステムだ。そして、汚い話をすれば、この《ライブ》の料金は、注文されたメイドの給料に上乗せされる。

「つよぽんったら、ツンデレなんだから」

 この幼稚なやり取りにも反吐が出る。あたしは「ライブ入ります!」と声をあげると、店の中心にある、小さなステージに上がる。同時に他のスタッフが、あたしにマイクを持ってくる。受け取ると、ポップなイントロが流れ出し、あたしは踊りだした。平成初期に流行っていたアイドルグループの曲。アイドルに憧れてからずっと聞いてた、大好きな曲。この曲はすっかりあたしの《十八番》として常連たちに記憶されている。リズムに合わせてサイリウムを振る客達。彼らに手を振りながら、あたしはふと、一人の女性の存在に気が付く。

 ネイビーのストライプ柄のパンツスーツに身を包んだ、黒いセミロングの、眼鏡を掛けた地味な印象の若い女性。歳は、あたしと同じくらい。サイリウムを持っていないようで、彼女は手拍子をしながら満面の笑みをこちらに向けていた。毎日、この店に出勤しているが、まったく見覚えがない。おそらく、初めて来店したのだろう。

「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー!」

女性は、気がつけば他の客に紛れて、拳を突き上げ、他の客達と一緒にお決まりの掛け声をしていた。なんと馴染みの良い客だ。感心を通り越して呆れてくる。あたしは、女性客に手を振る。彼女も、気が付いたようで、にこにこしながら両手をこちらに向かって振っていた。

 あたしはステージから降りる。つよぽんの《化石》コールに投げキッスをした後、女性客のテーブルに向かった。

「はじめまして、ですよね? あたし、美玖って言います。みくりんって呼んでね」

 女性客は一度きょとんと、眼鏡の奥の一重の瞳を丸くさせると、にこやかに笑いながら「はじめまして」と言った。

「ご丁寧にありがとうございます。私、しまこって言います」

 しまこ、というのはさすがに本名ではないはずだ。SNSのハンドルネームか、プライベートのあだ名か。しかし、自己紹介であだ名を名乗る人間を初めて見た。変わっているなぁ、と素直な感想を抱きながら、あたしは「しまこちゃん! かわいいー!」と笑顔を振りまき手を叩いた。

「しまこちゃんは、メイド喫茶は初めて?」

「はじめてです!」

 済んだ瞳で輝かしい笑顔を向ける《しまこ》に、あたしは「そうなんですかぁ」と頷いた。初めてのわりには素晴らしいノリの良さだった。適応力がいいのか、別の店やライブハウスに行ったことがあるのか。どちらでもいいが、ここで気に入ってもらえれば、かなりの上客になる予感がする。

「じゃあ、今日はたくさん楽しんでくださいね! ライブも、楽しんでいただけましたか?」

「はい! めちゃくちゃかっこよかったです! あの曲、八年くらい前に流行ってたやつですよね? 《いぶにんぐ・がーるず》の《どりーむ・めいきんぐ》って曲! あのグループ、もう解散しちゃって聴くことなかったから、嬉しかったです」

 そう興奮気味に早口に語るしまこ。あの古い曲を知っているだなんて、やはり同世代か。軽い親近感を抱きつつ、あたしは「ありがとぉ」と両頬に手を当てて、照れた仕草をした。しまこは「可愛い! 可愛い!」と連呼しながら手を激しく叩いていた。

 遠くで、不機嫌そうな咳払いが聞こえる。振り返ると、のりぽんがこちらを睨んでいた。あぁ、面倒なことになった。のりぽんは、嫉妬心が強く、お気に入りのメイドが他人に構っていたら、途端に機嫌が悪くなるのだ。以前お気に入りだったメイドが辞めた時も機嫌が悪くなっていたことを思い出しながら、あたしはしまこに向かって、胸の前で手を合わせる。

「ごめんなさい。他のご主人様が呼んでいるみたいなので。また来るね」

「あぁ、いえ。来ていただいて、嬉しかったです」

 ではまた、と手を振るしまこ。のりぽんも、彼女みたいに穏やかだったらなぁ、そんなことを思いながら、あたしはのりぽんの嫌味を聞くために、彼のところへ向かった。


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