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不登校カルテ  作者: 西表山猫
3/10

【3】 第2話 人間アレルギー ~その2~

 翌日の放課後、奥田から着信があり、内容はこの後にとある場所にほしいということだった。おそらく奥田のことだから、また不登校対策委員の仕事だろう。ただ待ち合わせ場所はこの前の会議室ではなく、高校から少し離れたところにある公園だ。徒歩で現地に向かうと、そこはすべり台と砂場、ブランコ、ジャングルジムがある普通の公園だった。

「おそーい。遅刻だよ」

 すべり台の頂上に立ち、腕組みをしながらそう言った。

「遅刻もなにも、時刻の指定はなかったと思うけど」

「私が来てと言った時が集合時間だから!」

 と、またよくわからないことを言い始めた。全くどこの国のお姫様ですか。

「それで要件は何なんだ?」

 よくぞ聞いてくれたと言いたげに満足した笑みを浮かべたのちに、奥田は制服のスカートを全く気にすることなく、勢いよくすべり台から滑走しようとする。途中、スカートが風でまくり上がり、奥田の白い太ももがちらりと見えた。反射的に目をそらしてしまう。

「どうかしましたか?」

 と、すべり終えた奥田は尋ねた。

「いや、なんでもない」

「そうですか。今日ここに来てもらったわけなんですが、西本薪奈ちゃんに関する件で聞き取り調査をしようと考えています」

 思えばこの辺りは西本薪奈が通う小学校の学区だ。学校での薪奈の様子について詳しく知っている人がいるかもしれない。

「でもそう簡単に見つかるのか? 薪奈について詳しく知っている小学生といってもクラスメイトぐらいじゃないのか?」

 この公園に運よく薪奈のクラスメイトが居合わせているとも思えない。手当たり次第に聞き取りを進めていこうと考えているのだろうか。

「安心してください。薪奈ちゃんのクラスメイトにアポはとってありますから。あっ、そうこう言っているうちに来ましたよ」

 公園に小学生と思わしき二人の女の子が歩いてきた。ランドセルは背負っていないことから学校が終わって一度帰宅してからこちらに来たようだ。

「これ、どうぞ」

 ツインテールの女の子が奥田に封筒を手渡す。

「うん、ありがとう」

「小学生と怪しい取引なんてしてないよな」

 と聞くが、奥田はスルーして話を進める。

「二人ともわざわざ来てもらってありがとう。こちらは私と同じ不登校対策委員の……」

「小池です。どうもよろしく」

「よろしくお願いします」

 女の子二人は礼儀正しく挨拶をした。お辞儀までしてくれている。

「さっそく薪奈ちゃんのクラスメイトである二人に聞きたいんだけど、学校での薪奈ちゃんはどんな感じなのかな?」

 奥田のあまりに抽象的な質問に小学生二人はどう答えたものか困っているようだった。ポニーテールの小学生は顎に手を当てて言葉を絞り出そうとしている。もう一人のツインテールの子はポニーテールの子をちらちらと横目に見て様子をうかがっているようだった。黙り込む彼女らを察して奥田は再び口を開く。

「二人とも今年初めて薪奈ちゃんと同じクラスになったことは知っているし、それでいてあの子は学校を休みがち。二人があの子と一緒にいた時間というのは限られている。それでも二人からみた薪奈ちゃんの印象を聞きたいと思っています」

 するとポニーテールの女の子は答える。

「薪奈ちゃんはおとなしい子でした。本を読んでいるか、何かの勉強をしているか、いつもそんな感じでした。他の人とお話したりはあんまりしません」

「なるほどなるほど。それで薪奈ちゃんを馬鹿にしたりする人とかいなかった?」

「馬鹿になんて……誰もそんなことをしたりはしてません。むしろクラスの中では勉強あんなにできてすごいって思われてました。ね?」

 ポニーテールの女の子は隣にいる子に同意を求める。

「うん」

 ツインテールの子はそう言って頷いた。

 西本薪奈は勉強ができることでクラスの中でも一目置かれる存在だったという。そんな彼女に対して、馬鹿にするなど嫌がらせをする人などいなかった。周囲の人間の影響で学校に突然行かなくなったということではなさそうだ。ではやはり薪奈の母親が言っていたように学校での授業がつまらなく感じて不登校になったということだろうか。

 奥田はツインテールの子に尋ねる。

「あなたからみた薪奈ちゃんの印象はどんな感じだった? たった一言でもいいよ。教えてくれるかな?」

 ゆっくりと頷いてから、しばらくしてそっと答える。

「薪奈ちゃんってお人形さんみたい……なんですよね」


   ***


 薪奈のクラスメイトと聞き取り調査を終え、奥田と一緒に最寄り駅に向かっていた。

 二人からは他にも西本薪奈のエピソードや先生たちの彼女に対する振る舞いなどを聞いた。話を聞く限りにおいては薪奈のクラスメイトや先生たちは彼女に対して優しく接していて、不登校になったことについても心配しているようだ。

 学校に行く必要がないから。薪奈は不登校の理由を端的にそう述べていた。けれどもよくよく考えてもみれば小学生で塾に通っている子というのもいる。そうなれば学校で習う内容を予習してくる人だっている。けれども塾に行っているから学校に行かなくていいという考えに行きつく人間はそう多くいないだろう。少なくとも薪奈以外に今までそういった理由で不登校になったという話を聞いたことがなかった。試しに奥田に聞いてみる。

「そういえば塾通っていたことってある?」

「はい。あります。小学生の時に。それがどうしましたか?」

「塾に通ってたら学校に行かなくてもいいやって思うのかなって。ん? 小学生の時も不登校だったりするんだっけ?」

 自分自身は塾に通っていた経験がないため、その辺りは通っていた人間に聞くしかなかった。

「小学生の頃はちゃんと学校に行ってましたー。ちょうど小学生の頃に塾に通っていたけど、私は学校に行かなくていいなんて思わなかったけどね。学校に行けば友達に会えるし。学校のテストで良い成績をとるために塾に行っているんだから学校に行かないのは本末転倒」

 確かに言われてみればそうかもしれない。学校の勉強のために塾に行っているというものだ。では薪奈のように塾に行かずに独学で勉強をしている人間はどうなのだろう。学校に行かなくていいと思ってしまうのだろうか。薪奈が居眠りしていた時に見た、あの光景を目の当たりにしてしまうとどうしてもそうは思えなかった。

「昨日、薪奈を見て思ったんだけど、本当に学校に行きたくないのかなあって思って」

 ぽつりと出た一言を聞いて奥田は立ち止った。

「どうした?」

 振り返って奥田を見る。目を丸くして驚いているように見えた。

「さすが、私の見込んだ通り……よく気がつきました」

 奥田はバッグから一つの封筒を取り出すとそのまま手渡す。

「何これ?」

「小池君へのラブレター」

 何の冗談かと思いつつ、封筒に書かれた差出人を見てみれば西本薪奈と書かれている。宛先は不登校対策委員小池と書かれている。切手や住所の類はない。

「奥田が薪奈から直接もらったのか?」

「違うよ。さっきの女の子からもらったんです」

「どういうことだ? 話が見えない」

 確かに奥田はツインテールの女の子から封筒をもらっていた。あの時の封筒ということだろうか。

「実はあの二人、元不登校対策委員なんです。しかも前に薪奈ちゃんの担当でした」

 不登校対策委員は高校生がやるものだとばかり思っていたが、小学生でもやることもあるとは知らなかった。奥田は話を続ける。

「あの二人は薪奈ちゃんに対して親切に接してくれています。例えば学校の配布物や宿題を届けたりしてくれていますし。不登校対策委員をやめた後も続けてくれています。今日も同様にね。その際に薪奈ちゃんからもらった小池君宛ての手紙をもらったという連絡をもらいました。それで小池君を呼び出したというわけです」

 封筒を開けて中に入っている便箋を取り出す。よく見るとこれは便箋ではなくレポート用紙だった。紙にはこう書かれていた。


 問 学校に行く意義について説明しなさい。


「なるほどそういうことか」

「私の言いたいことわかりました?」

「ああ、もちろん」

 このレポート用紙を見て西本薪奈が学校に行く気持ちが少しでもあるということが確信できたように思う。薪奈の出した宿題を終えるためには今から行くべきところがあることに気づいた。

「今から寄っていきたいところがあるんだけど少し良いか?」

「良いですけど……どこに?」

「図書館だ」

 さて、お勉強の時間の始まり始まり、と。


   ***


 どうして学校に行くのか。正直なところ、自分自身あまり深く考えずに生きてきた。だからいざ君に聞かれても満足な答えをできなかったことは謝らなくてはいけないと思う。遅ればせながら、君のその問いに対して、すなわち学校になぜ行くのか、その意義についてここで答えさせてもらおうと思う。

 端的にいえばそれは人間になるためではないかと考えている。一見すれば何を言っているのかと思われてしまうかもしれない。生まれた時点から生物学的にはヒト、すなわち人間であることには変わりはないではないかと。元々人間だというのに人間になるために何かをするというのはおかしいかもしれない。

 話が少しばかりそれてしまうけれども、教育に関する法律に『人格の完成』という言葉が出てくるのは知っているだろうか。天才小学生の君なら、ここまで記せばここから何を論じようとしているのか何となく察しがつくかもしれないね。

 学校では人間になるために必要な全般的なことを学ぶところなんだ。学校で得られることは教科書に載っている勉強に関することばかりではないんだよ。友達との会話や関わり、先生とのやり取り、運動会や修学旅行といった学校行事など様々な体験を通して、様々なことを学ぶことができるということは君には理解できるだろうか。

 おそらく君はここまで理解したうえで不登校になったんじゃないかと思っている。他人と関わることが大切だということを理解している。それゆえに他人と接することに慎重になり、考えすぎてしまった。そして次第に不安がわいてきた。

 クラスメイトや学校の先生など、自分以外の人間とどう関わっていいかわからないんじゃないか?

 科学の公式や法則のように必ずしも一貫した行動をとるわけではない人間に不安を覚えたんだろう?

 気がつけば人間から避けるようになっていた。まるで人間に対してアレルギーでも持っているかのように。

 いつも学校のプリントを持ってきてくれるクラスメイトのことは知っているね。では彼女たちが、学校に来なくなった君のことを心配していることは知っているだろうか。君とそんなにも長い期間、同じクラスで過ごしてきたわけではないのに、こんなにも気にかけてくれるというのは、周りの人にかなり恵まれている。彼女らは君の不登校対策委員担当を外された後も君が学校に来るのを望んでいるのだから。

 西本薪奈、学校に行きたいという気持ちがあるのだったら潔く登校すればいいじゃないか?



 読み終わったレポートを折りたたむと深いため息をついた。

「何ですか? これは」

「君の出した宿題への解答だ」

 薪奈は淡々と無感情に言う。

「まずこの問に対する最終的な結論は何ですか? 話がわき道にそれていて、そのまま戻ってきていないように思えます。そして最後にある『学校に行きたいという気持ちがあるのだったら潔く登校すればいい』というのは一体どういう意味なのでしょう。まるで学校に私が行きたいと思っているような書き方のように見受けられます」

「実際そうなんだろ」

「はい?」

「学校に行きたいんだろ? 君は」

「自分で勉強しているのですから学校に行く必要なんかありません。当然、学校に行きたいなんて思ってもいないです」

「学校に行く気がない奴が毎日宿題をきちんとやるかよ」

「どうして……それを……」

 これまで一切表情を表すことのない薪奈がこの時ばかりは動揺しているように見えた。

 西本薪奈は小学校で出た宿題をやっている。それは昨日、薪奈が居眠りしていた際に目の当たりにした。口では論文を書くと言って実際は小学校の宿題をしていたのだ。学校での勉強をする必要がなく、学校に行くつもりもないと本当に思っていたのならば律義に宿題などするはずがない。やったところで学校に行くわけでもないのだから先生に提出だってできはしない。学校のプリントを持ってきてくれるクラスメイトにも宿題を先生に届けてもらっているわけでもないようだった。

 では、なぜ薪奈は宿題をやるのか。

「宿題をやりながら、本当は思っているんだろう。明日こそは学校に行こうって」

 薪奈は学校に行くために宿題をやっている。けれども翌朝、決心がつかずに学校を休んでしまう。理由は他人が怖いから。

「宿題をやっているから私が学校に行きたいと思っている?」

「そうだ」

 迷いなく大きくうなずきながらそう答えた。

「そんなの暇つぶしのためにやっているだけに決まってるじゃないですか?」

「本当に?」

「本当です」

「本当に本当?」

「本当……です」

 いまだ薪奈は認めないらしい。さらに問い詰める。

「本当に本当に本当?」

「本当です。しつこい……ですよ」

「じゃあどうして君はそんなに悲しそうな顔をしているんだ?」

 薪奈の眼から降りた何滴もの涙が頬をつたって落ちていった。

「これは……その……でも、本当だもん! 学校に行きたいなんて思ってないよ!」

 いつもの小学生らしからぬ大人びた口調が初めて崩れた時だった。

「意外と頑固なんだな。長い期間休んで今さら学校に行きにくいと思っているんだったら、それはあまり気にしなくていいよ。自分も高校入学早々に欠席してそこから長期欠席していたけれど、今では普通にクラスに馴染んでいる。薪奈ちゃんはもっと簡単に馴染めると思うけど。周りの人に恵まれているみたいだし」

 本当に恵まれている。毎日学校からの配布物を届けてくれるクラスメイトがいるのだから。詳しく聞けば彼女たちは先生から頼まれているわけではなく、自主的に行っているのだというのだから驚きだ。

「でも……他の人とどう関わっていいかわかんないよ。他の人と接するのにあんまり慣れていないし」

「君は人間に慣れていないんじゃないんだ、君が人間に成れていないんだ。君が少しでも人間になろうとする努力をすれば自然と周りから関わってきてくれるよ」

「小池さんの言う『人間になる』っていうのはどういうことなの?」

「まずは人を拒まないということだよ。他人を受け入れるようにすること。例えば休み時間に一人で読書や勉強をするばかりじゃなくて他の人と関わる時間をとってみるとか、相手のことを考えて気を使ってみるとかそういう努力のこと。薪奈ちゃんは理系だよね。化学の共有結合っていうのは知ってるよね」

 薪奈は涙を手で拭いながら頷く。

「うん、知ってる」

「酸素原子一つだけだと不安定で存在するのは難しいけど二つだと安定する。化学で例えるとむしろわかりにくいかな。要するにまずは遠ざかるのではなく仲良くなろうとすることが大事だというだっていうこと」

「原子のなかには希ガスといって単一でも安定して存在できるものもあるけど」

「ああ、そうなの?」

 話の腰を折ってしまうすごく無駄な例えをしてしまった。理系の薪奈に理解しやすい説明をと思ったのだが、むしろ説得力のかけらもない説明になってしまった気がする。

 薪奈はレポートを封筒にしまうと、くすっと笑ってこう言った。

「このレポート、不合格です。再提出でお願いします」

「了解」


   ***


 あの一件から一週間が経つけれども、いまだに薪奈からのレポートの再提出はできていない。行き詰まりを感じたため薪奈から助言をもらおうと考えて、薪奈の家に向かっていた。すると見覚えのある小学生三人が下校している姿が見える。

 仲良く三人でとある話題で盛り上がっているようだ。その内容は救急車が通り過ぎるときどうして音が急に変わるのかというものだった。

「それはドップラー効果といって……」

 その天才小学生はもう誰もお人形さんみたいなどといわれることのない人間の笑顔を浮かべていたのだった。


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