空間隔離の能力⑦
すいません、巫女編は今回で終わりませんでした。もう少し続きます。
「おいおいおい。月織さん。流石に煽り耐性がなさすぎだろ。そりゃ……俺も悪かったと思っ」
「――失せろ、部外者っ!」
祐雅の気を使った一言が終わる前に、小さな暗雲が空に渦巻いた。彼女の叫びに呼応するように、光は溢れ出そうとしていた。
迸る、落雷。
「ひいいいいぃぃぃっ!?」
間一髪の所で、祐雅は横へ大きく飛んだ。悲鳴に轟音が重なり、祐雅が立っていた場所に電撃が落ちる。
閃光が駆け、高音が地面を焼き、砂利が弾け飛ぶ。
雷による破壊の鉄槌が、旭奈と祐雅の視界に繰り広げられた。命中した辺りは一面が焦げていた。任意的な能力の為、範囲は大きくない。だが、高電流の焼け跡からその凄まじい威力を知る事は難しくなかった。
「次は当てるわよ。それが分かったら……部外者は大人しく引っ込んでいなさい」
月織愛依華が警告する。彼女の怒気に満ちた声が、焦げ臭い敷地内に鋭く響いていた。
けれども、部外者は黙らない。
「何なんだよ、いきなり! 今の絶対に当てるつもりだったろっ? ヒステリックにも程があるわ!」
「この……」
きっ、と月織が祐雅を睨む。
従うつもりのない態度に彼女の琴線が触れていた。細やかな調節など気にする義理もない。愛依華は全身の気力を漲らせ、次なる能力の発動に取り掛かった。
「古崎さん!」
旭奈が祐雅へと注意を飛ばした。先程と同様に暗雲が空でゴロゴロと唸っている。短い時間を過ぎればまた雷が落ちてくるのだ。
青色の盾を掲げる旭奈は背筋に冷や汗を流した。能力の発動中は上手く身体を動かせない。彼女が祐雅を助けるのは難しかった。「逃げ」とまで言うのが、旭奈の限界だった。
――雷撃。
真っ白な柱が天と地を繋ぐ。衝撃が地響きとなって轟いていく。
「危なっ」
真上に雷を落とされた筈の祐雅は、落雷を背に飄々と呟いた。雷の影響を受けない程に位置も離している。光速に近い攻撃に対し、祐雅は全くの無傷だった。
「………………え?」
愛依華が唖然とする。
数秒間は呆け、そして再び能力を発動させた。
「っの」
細い雷の柱が舞い降りる。だが、祐雅は顔さえも上げずに移動し、又もや回避した。
「当たんねーよ、もう」
元居た位置に降りた落雷に脇目も振らず、祐雅は淡々と言いのけた。激しい光からその顔に濃い影が浮かんでいく。暴風によって、祐雅の長い前髪が揺れた。普段から見えなかった瞳が外気に晒される。
強い意志を秘めた、鋭い眼光。
虚飾でも何でもない真実を根拠に、第一階級の祐雅は各上の第六階級に立ち向かっていた。
「な、何でよっ? 何で当たんないのよ!?」
「分っかんねーかな。お前、能力発動時に顔が強張っているぞ。今までは叫んで自然とそうなっていたみたいだけど……」
「――っ」
自分の顔を掌で触り始めた愛依華。戸惑いに固まった表情だった。指先で頬を押し、筋肉の力みを確かめているらしい。
祐雅の指摘が、そんな愛依華へと飛んだ。
「筋肉が反応するってことは、発動には体力を消耗しているのか。範囲は視野に映る所まで。正確な場所を指定できるらしいが、その分威力は落ちるらしいな」
次々と零れた推測に愛依華は口を詰まらせた。表情の硬直を確かめている中、祐雅に対する驚きさえも追いついていなかった。唇を呆然と開けて、祐雅の声に縛られている。
「雷を落とす能力って言うより……雷をまっすぐ落とす能力だな」
「どうしてそれを――!?」
驚愕に打ちひしがれる愛依華を前に、祐雅は小さく肩を竦めた。
「どうしてって……雷をこんな近距離で落としていて分からないと思うのかよ。雷ほど光を出す現象なら、もっと遠くから安全な場所で発動させた方がマシだ。それなのに、お前はそうしなかった」
つまり、と祐雅は続ける。
「お前は確実に目で見える範囲にしか雷を落とせない。加えて、こんな木とか周りにたくさん生えている神社で、雷が目標地点へ真っ直ぐ落ちているんだ。……後を考えるのは、簡単だろ?」
祐雅が自慢げに口元を吊り上げる。人差し指を、瞳が見開いた愛依華へと突き付けた。
「暗雲を呼び、放電させ、落雷を任意の場所へと落とす。そこまでが第六階級であるアンタの能力だな」
思わぬ乱入者の口から、思わぬ暴露がなされた。
寸分なく的を射ている祐雅の推理は愛依華の顔を青くさせるには十分だった。血色を悪くした表情で彼女が後方へよろめく。その口から呻くような言葉が漏れていた。
「嘘よ、ありえない。……こんな、第一階級の男に、私の能力が……」
己を罵倒する彼女に、ドヤ顔を浮かべていた祐雅が苦々しく眉を顰めた。第一階級という格差に少し傷付いていた。「階級何て関係ねえ!」と格好良く叫びたかった。
でも、出来ない。
何故なら、祐雅は回避する以上の行動は不可能だったのだ。祐雅の能力は純粋な戦闘力ではない。発動させれば何とかなるのだが、それにはかなりの問題が有った。立ちはだかる心理的な壁。第一階級と呼ばれても仕方のない《制限》だと自身も思っていた。
「仕方ない。どっかの主人公よろしく、説教でも」
「アンタに言われる事なんて何もないわよっ!」
軽いノリで口走った祐雅に愛依華は食い掛かった。思わぬ反応に祐雅が身を引く。しかし、前言は撤回しない。
月織愛依華の正面に、祐雅の人差し指が伸びた。
「いいか、月織愛依華。階級や大人しさ、胸囲で旭奈に負けていたって、お前の人生はそれだけじゃ決まらな――」
「消し炭になれええええ!」
「うわあああああああ!?」
三度、暗雲から雷が迸る。愛依華の表情に気づいた祐雅は慌ててその場から跳躍した。前方へと躍り出て、躓きそうになりながら駆け抜けていく。落雷の衝撃がそんな祐雅の背中を追っていった。
雷から逃げながら、祐雅は口走る。
「俺の何が悪かったって言うんだ!?」
「全部悪いわ、ドアホッ!」
「……ですよ、ねー!」
説教に失敗した祐雅は速度を上げた。早速の失態に心が折れそうになる。
――そもそも、タイミングが悪かった。もっと本音を引き出さねばならない。その為にはひとまず安全圏に逃げ込まなければ。
「……旭奈!」
祐雅は絶対の盾を持つ少女の名を読んだ。
「へ……、あ」
突然の指名に旭奈は戸惑っていたが、すぐに祐雅の思惑に気づく。
細い落雷に追われる祐雅と旭奈の距離は、数メートルの間までに縮まっていた。乱入当初から予め旭奈の方へと避けていたのだ。
旭奈が片手を空へと上げる。青く透明な盾――隔離された空間が、天との間を遮る。
祐雅は黒い長髪へと紛れるよう、旭奈の背後へと回り込んだ。微かな息切れを起こしては、蒼い平面の真下へと身を置いている。これで祐雅が落雷に打たれる危険はなくなった。
「ちっ。抜け目がないわね」
「ふははははぁ、はぁ……。第一階級だって、はぁ、馬鹿にする、はぁ……なよ!」
「顔が真っ青ですよ、古崎さん」
汗を大量に流す祐雅の前で旭奈が率直に指摘した。緊張と恐怖で彩られた祐雅は手の甲で軽く汗を拭う。そして愛依華の方をまた見つめた。旭奈の言葉は聞き流していた。
「どうだー! これでお前の攻撃は二度と当たらないっ! 第六階級のお前は、第一階級の俺にさえ勝てないんだよ!」
青い盾の下で、祐雅は声を高らかに誇る。
「……ちょっと。思いっきりあんたの実力じゃないでしょ。他力本願でしょ」
覚めた目付きが旭奈の背中へと突き刺さる。
だが、祐雅は臆する事は無かった。驚異的な胆力で視線だけを愛依華と交差させる。
「どうした、第六階級!? お前の能力はその程度かよっ! もうちょっと本気を見せてやがれ! 落雷能力が聞いて呆れるぞっ」
「こ、古崎さん! 下手に刺激しないでください!」
後ろからの挑発に旭奈は身を震わせた。祐雅の言動によって神社――家族への落雷が繰り出されるかもしれない。それだけは避けたかったのだ。
勇気を振り絞り、旭奈が声を震わせて弁明した。
「つ、月織さん! 私の能力なんかより貴女の能力がとても驚異で――」
「お前ら二人とも私を馬鹿にしてんのかっ!」
「ええ!?」
愛依華は怒りを倍増させた。必死のフォローが外れた事により、困惑の表情を浮かべる旭奈。何処がおかしかったのだろう、と胸中で呟いた。
「……あれ、この子もしかして天然さん?」
事態を悪化させた張本人が漏らす。旭奈との路線が大幅にずれているな、と祐雅は自覚した。旭奈はセクハラ紛いの発言だとさえ分かっていない。
愛依華の扱いに迷っている事が感情に描かれていた。こちらに振って来る気がした。不安そうな瞳が祐雅の方を向くので、予想は大まかに当たっていた。
振り返ろうとする旭奈。そんな耳元に小声を囁く。
「――静かに」
「え?」
制止させたのは祐雅だった。背中に隠れているのだが、その実、瞳を愛依華にのみ集中させている。まるで観察しているかの様だ。
祐雅の意図に戸惑う旭奈は間もなくして愛依華の声を耳にした。
「私だって……好きでこんな能力を持った訳じゃないわよ」
今までの彼女とは思えない程の細い声音。それが愛依華の本心であると理解する為に、祐雅と旭奈は短くない時間を要した。結論として疑いようがない。何の偽りもない素顔が先程の呟きに潜んでいたのだ。
「私だって、こんな攻撃しか出来ない能力、嫌だったわよっ!」
「――――っ!」
旭奈は目を見開き、愛依華を凝視した。
旭奈は天然です。驚異と胸囲を聞き間違えています。




