空間隔離の能力⑥
巫女編は次回で終わらせたいです。
『――以上が、月織愛依華に関する報告だ』
手にした携帯電話から、平坦な女性の声音が響く。
夕暮れの時刻。一人の少年が茜色に色づく公園のベンチに座っていた。近くにある学園の制服を着ており、下校中の寄り道と言う体である。
携帯を耳に当てつつ、古崎祐雅は深く頷いてから口を開いた。
「分かった。――悪いな、わざわざ調べてもらって」
『いや、祐雅君の頼み事だ。お安い御用だよ』
彼女の言葉に祐雅は苦笑を漏らした。ある調査を依頼していたのだが、その結果は重大な情報を自分にもたらしてくれた。相応の礼を述べたい。だが、通話相手に軽やかな口調であしらわれてしまった。
『ところで……今日は何時に帰ってくるのだい?』
「ん? そうだな、後は本屋にでもよろうと思ってるんだ。漫画の新刊でも見てくるつもり。あんまり遅くはならないかな」
『そうか。では、いつも通り夕飯を作って待っているよ」
「頼んだ、祥子さん。ぐっ!」
祐雅は親指を突き出し、擬音を口にする。相手に見えなかろうが、それが自分なりのコミュニケーションだった。少しだけ長い付き合いの彼女も、電話から微かな笑い声を聞かせている。意思の疎通に問題はない。
つー、つー。
通話が切れ、耳元で電子音が鳴った。
「さて、と」
祐雅は携帯電話をポケットにしまい、ベンチから立ち上がる。正面の向きを変え、高台にある公園から覗ける景色を眺めていった。
「どうするかな。……地雷、踏んじまったかも」
溜息を軽く吐き、祐雅は頭を掻いた。ある少女の事情が悩みとして頭の隅に張り付いてしまった。しかも事態は自分が悪化させたかもしれないのだ。楽観視は難しかった。
「まあ、対処はおいおい考えるとするか」
ここで悩んでも仕方がない。祐雅は颯爽と踵を返そうとした。
「新刊でも出てるかな」
さり気ない呟きを残しつつ、公園の出口を通過した。高台にある為、祐雅の先には階段が伸びている。段数は少しだけ多い。
ここを登るのは大変だった。だけど、景色は良い。
祐雅はまた来ようと決心し、一歩を踏み出す。
「ん?」
だが、そこで祐雅の足は止まってしまった。一段下へと着きそうだった片足を持ち上げ、公園の中へと再び戻った。座っていたベンチを通り過ぎ、公園を囲む柵へと身体を預ける。
「あれは――雷雲、か?」
住宅地を超えた山林の一点。その上空に、小さな黒い雲が集まっていたのだ。しかも、他の周辺は見事に晴れている。自然現象と呼ぶにはあまりにも奇怪な光景である。
祐雅が疑問を持ち始めた、次の瞬間。
カッ! と、暗雲が眩い閃光を放つ。真っ白い光の奔流が真下へと走っていく。
「間違いない。あれは、雷だ」
祐雅の言葉を引き継ぐ様に轟音が鳴る。光に遅れ、音が響いた。祐雅の中で落雷と言う確信は更に強まった。
しかし、疑問は尽きない。
――正確には、何の因果を持ってあそこに雷が落ちたのか、だ。
「おいおいおい! 地雷過ぎるだろっ」
実は思い当たる節があった。それでも容易に認めたくはなかった。何しろ彼女と関係を対立させたのは昨日なのだ。実行するには余りにも早い。
「だぁー! 間に合えよーっ!」
全速力で走る祐雅は、大声を公園中に響かせていった。
「どうしたのー? 日之衛さーん」
黒髪の少女が微笑みながら、砂利だらけの地面を揺蕩う。ふらふらとした足取りで、正面に立つ同い年の巫女を挑発していた。
「このままじゃ、全部吹っ飛んじゃうわよー?」
「……っ」
長い黒髪の巫女、日之衛旭奈は奥歯を噛みしめた。片腕を真上へと突き上げ、その先に半透明に蒼い円状の盾を発生させている。隔離された空間。それが、旭奈の身を守っていたのだ。
「何でこんなことをするのですか。――月織、愛依華さん!?」
旭奈を声を震わせて追及した。
古崎祐雅と旭奈が月織愛依華と対峙してから未だ一日しか立っていない。関係が悪化したのは確かな結果だ。だが、翌日の内に急襲されるとは旭奈も想像していなかった。
「何でって。そんなの決まっているじゃない」
くっくっくっ、と月織が笑い声を漏らす。
答えて下さい、と旭奈の口が再び開こうとした。けれども、飛び出そうとした言葉は直前に掻き消されてしまった。
「ムカつくからに決まってんでしょっ!」
少女の叫びに同調し、旭奈の上空から光が走った。眩きの切れ目を生じた黒雲へ目を向けるや否や。巫女衣装に身を包んだ少女に、落雷が迫る。
「無駄ですよ」
生身で食らえばひとたまりもない雷。それを、旭奈は冷静に対処した。
「空間隔離は絶対の防御。空間ごと隔離させているのですから、空間自体を壊す攻撃でさえ、私には届きません」
轟音が呟いた旭奈の真上で響く。落雷が隔離された空間へと激突したのだ。
流石にまた頭上を仰ぐという愚行は起こさない。半透明な盾が防いでいるとはいえ、落雷ならば相当な光量になるのだ。失明も危うい。実際に音もうるさく、鼓膜にはキンキンと痛みが走っている。
我慢は出来る。だが、こんな戦闘行為自体に意義はなかった。旭奈は彼女からの攻撃が止んでくれと強く祈り続けた。
ふと、振り続けていた電撃が止んだ。
「確か、連続している空間を切り離しているんだっけ。……だから、片方の空間を破壊しても、もう片方の空間には影響しない」
「ええ」
分析する月織に、旭奈はこくりと頷く。これで彼女が諦めて貰えば幸いだ、と旭奈が考える。
「第八階級は伊達じゃない――と言いたいところだけどっ」
にやり、と敵対する少女が笑う。鋭利なその笑みに、旭奈は寒気を覚えた。
「これならどうっ?」
炸裂する閃光。轟く雷の柱。
警戒した旭奈の位置を大きく逸れ、月織の能力はとある建物の一部を撃破した。
「なっ」
「あはははは! いいのっ? そこの神社も守ってあげなくて!? 日之衛さんが育てていたペット、みーんな死んじゃうわよー!?」
絶句する旭奈が振り向いた先では、彼女が住み込む館が半壊していた。ぶすぶす、とあちこちで煙が立ち上がっている。雷撃の威力はやはり凄まじかった。
「知っているのよ、私。貴女の《制限》を」
――範囲制限でしょ、と月織愛依華は指摘する。
日之衛旭奈の能力《空間隔離》の弱点は、その効果が及ぶ範囲だった。彼女が隔離できる空間の範囲はせいぜい人一人分の大きさだ。持続時間、空間を隔離する距離等は訓練次第で幾らでも伸ばせる。
しかし、全ての能力者には最低一つの突破できない制限があった。旭奈に関してはそれが《範囲制限》となる。
「あ、下手に動こうとしないでね。もしも後ろの家に走ろうとしたら、雷を落としちゃうから」
月織が片手を挙げ、能力発動の仕草を見せびらかす。
対抗策を看破され、旭奈はその場に立ち竦んだ。ぐっ、と頬に緊張が走る。
絶対の盾を持つ旭奈は自分の周辺しか守る事が出来なかった。月織はそうした弱点を突き、離れた家屋に狙いを定めている。しかも自分の大切な家族を人質にしているのだ。
「所詮、貴女なんてこんなものなのよ。あらゆる攻撃を防げるってだけで第八階級を名乗るなんて、間違っているわ」
甲高い声を挙げ、月織は旭奈を睨み付けた。
二人の間で、対立の火花が散る。
攻撃と防御。それぞれ特化した少女達は、互いの内面で渦巻く思いに身を寄せている。敵意に満ちた眼光と、善意に満ちた焦燥が相反していた。
「どうすれば……」
旭奈にとっては階級など然程興味がなかった。しかし、月織愛依華にとっては捨てがたい何かが有る様だ。それを知って説得しなければ、旭奈の家族は守り切れない。だが、彼女は愛依華の事情について殆どが未知だった。どんな過程で生まれ、どんな経緯があって《学園》に入学したのか。説得に必要な情報が、ことごとく欠けてしまっていた。
――途方に暮れる旭奈。
そんな彼女へ、月織が新たな要求を命じようとする。
寸前。
「とう、ちゃーく!」
古崎祐雅は、神社へと姿を現した。
「……って、あれ? 修羅場?」
気の抜けた声だけが、二人の少女に挟まれた空気を遮っていた。
能力バトル編? です。短くスピーディに終わらせようと思います。次回の更新がいつになるかはちょっと分かりません。




