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万物再生の能力㉜ 「電話」

ついにお嬢様編が完結です。長かった。本当に長かった。ここまでお付き合いして下さった皆様、ありがとうございました! 心から感謝しています。

「だー、暇だ!」


 古崎祐雅は誰も居ない部屋で大声を上げた。正面に向けた背もたれに腕を乗せ、両足をふらつかせる。

 まだ日が明るい内の放課後。祗蓮と共に確保した部室で、暇を持て余していた。

 換気の為に開けていた窓から生徒の声が漏れる。教団の襲撃が嘘だったかの様に、学園は通常に運営されていた。規模が遥かに大きいので、蚊に刺された程度の損害しか出てないのだろう。

 祗蓮を天慧教団から奪い返して、既に三日が経過していた。

 事情聴収と念の為の入院で二日奪われ、残りの一日は祗蓮の都合で費やされた。今回の事件を経て、彼女の義父母が新しく護衛を雇う事にしたのだ。その顔合わせが昨日に行われたと祐雅は聞いている。


(……今日も来ないか?)


 あくびを噛みしめながら、陽光が漏れる窓を眺めていた。祗蓮はまだ来ない。もう帰ってしまおうかと思い始める。

 そんな時だった。近くから聞き覚えのある着信音が鳴った。斜め後ろにあるテーブルの上にて、祐雅の携帯が音と光を散らしていた。


「……んー?」


 椅子から立ち上がり、祐雅はその携帯を手に取った。

 画面を覗いて相手を確認する。ディスプレイには『独身女性教諭』と記されていた。その名称が意味しているのは、学園の教師である桜井理沙だ。彼女は祗蓮との接点を作った一人でもある。


「もしもし、桜井先生? 何の用?」


 今回の騒動に関係した話なのだろう。祐雅は気兼ねなく通話に応じた。

 ――だからこそ、聞こえて来た声色に呆然とする。


「感謝します。第一階級アインの少年」

「…………あんた……?」


 携帯のスピーカーから漏れてきたのは男性の言葉だった。記憶が微かに揺さぶ

られる。祐雅は相手の名前を知っていた。


「貴方のおかげで祗蓮様は無事に助けられました。木場京悟とその配下も皆捕まっています。もう教団が表に出る事は無いでしょう。これで、祗蓮様はようやく普通の生活を送れる様になります」

「……随分と回りくどいと思うんだが」

「ええ。そのせいで作戦は失敗しかけました。完全に私のミスです。祗蓮様を無傷で逃がせられなかったのが口惜しい」

「そうじゃなくてさ」


 電話の向こうに居る男は、教団を内部から瓦解させる為にわざと木場に従うふりをしていた。だが、彼が自ら危ない橋を渡る必要は無かった。祗蓮が巻き込まれると分かった時点で学園にでも話を入れれば良かった。


「もっと安全な方法が有った筈だ。そっちを選んでいれば、あんただって痛い目に合わなかったかもしれないのに……」

 そこまで口にしてから、祐雅は唐突に話題を変えた。

「そう言えば手足は大丈夫なのか? 祗蓮と俺なら、簡単に」

「結構です。治療は受けていますから」

 はっきりと拒絶された。


 祐雅は顔を小さく上げ、遠い場所の男を想像する。その表情は分からないが、今の様子から心境は推察出来た。そして一種の強迫観念に辿り着く。

 安全な手段を取っただけ、残党を取り逃がす可能性は大きくなる。彼はその数人が野に放たれる事を嫌ったのかもしれない。


「あのさ、余計なお世話かもしれないけど、言わせてくれ。……祗蓮だってあんたに感謝してるよ。きっと」


 ホテルで祗蓮を発見した時、彼女は彼を助けようと躍起になっていた。その場では逃走しか選ぶしかなかったが、それだけ大事に思っていたのは確かだ。

 祐雅の言葉を受け、携帯が数秒の無言を流す。


「……そう、ですか」


 大切な宝物を手放すの如く、含みのある答えが返ってきた。

 テーブルから離れて祐雅は窓の傍に立つ。校庭の一部分が見下ろせた。爆破の能力者による痕跡は殆ど残っていない。部活動に勤しむ生徒が元気よく地面を踏み締めている。


「あれから祗蓮に会ったか? ……いや、もう一度だけ会った方がいいんじゃねえの?」


 護衛の話を思い返す。けれども、話を交わしている相手が引き受けるとは到底考えられなかった。


「出来ませんよ、今は」


 悲痛な響きだった。祐雅は思わず胸を詰まらせる。

 かかってきた番号は知っている教師の物だった。つまり、通話先の男がその人物の携帯電話を持っているのだ。

 それらの情報から結論を導き出すのは、そうそう難しくなかった。


「第一階級の少年。最後に、名前を教えてもらっても宜しいですか?」

「祐雅。……古崎、祐雅だ」


 通話口の先でコサキユウガと小さく反芻された。


「では、古崎祐雅。どうか祗蓮様をよろしくお願いします」

「別にそんな関係でもないんだけどなぁ」


 かしこまった物言いに祐雅の眉間が皺を刻んだ。二人が出会ってから一ヶ月も経っていない。祗蓮について知らない事は数多くある。簡単にイエスと答えられなかった。

 加えて、祐雅の性格は少し捻くれていた。


「それに俺は打算的な人間なんでね。メリットがない事はやんない主義だ」

「…………!」

 息を呑む気配があった。


 祐雅が口元に微笑を模る。窓枠に片腕を乗せ、外の光景と面した。良く晴れた空で、日の光が万遍なく降り注いでいる。広大な土地が延々と続く。学園という組織の規模を的確に表している。この様な枠組みの中でなら、第一階級の自分よりももっと相応しい人間が居ると思われた。


(俺じゃ役不足だろうな……。今回だって木場に負けたも同然だし)

「ですが」


 相手は焦りを滲ませていた。祐雅が断るなどと想定していなかったのだろう。引き止めようと言葉を選んでいるのが明け透けていた。


「御京院……祗蓮。俺は、あいつの傍に居る事を…………」


 彼女のミドルネームを忘れてしまった。祐雅は声音を引き締めて何とか誤魔化す。数秒の間を置いた。答えをもったいぶった。弓の弦の如く引き絞り、自分の決断が持つ意味合いを深めていく。

 やがて、祐雅は意志を短く放った。


「――喜んで引き受けてやる」

「は?」


 男は呆気に取られた。今までの流れから辞退する未来が濃厚だった。だが、祐雅はその裏をかいたのだ。


「メリットが無い事はやらないと言った。けど、メリットが無いとも言ってない。……ちょっとからかっただけだよ」


 祥子の時とは違う。「守られる側」から「守る側」へと立場が変わるのだ。単なる学生の祐雅には荷が重い。能力も《制限解除》という応用の利かない代物だ。自分でも無謀だと自覚していた。

 それでも、あの小さな手を握る理由がある。



「あいつの笑顔は可愛いからな。一緒にいるぐらいはしてやるさ」



 古崎祐雅が動くには十分過ぎるメリットだった。


「…………なるほど」


 安堵した様な呟きがこぼれた。祐雅の答えに納得したらしい。直前まで溜まっていた緊張が電話の向こうから消えていた。


「困り、ましたね」


 新しい不意の口火をつけたのは通話相手だった。柔和な物言いを曇らせている。聞いている祐雅は少し首を傾げた。突然の一言だった。そして、そこまで困っている様には感じられなかったのだ。


「何が?」

「そんな事を言われたら、また祗蓮様に会いたくなってしまいました。私はもう行かなければならないのに」


(ああ、時間が来たのか)

 数分という短い間に、男の感情を色濃くぶつけられた。祗蓮をどれだけ大事に思っていたのか読み取れる。父親、もしくは兄だったのか。親族と寸分変わらない愛情を祐雅ははっきりと垣間見た。


「次の機会に会えばいい。そしたら、あいつの凄く喜んだ顔が見られるぞ」


 これが最後じゃない。

 祐雅は普段の調子で軽々と伝えた。男の真剣さによろけた訳ではない。ただ、彼女との別れだけで話を終わらせたくなかったのだ。


「ええ。楽しみにしていますよ」


 期待に満ちた柔らかな声を電話越しに聞き届けた。

間髪入れず、ぷつり、と通話は切られる。祐雅は無言の携帯を耳に押し当てたまま、しばらく立ち尽くす。


「カッコつけすぎたかな……。かゆ!」


 ぼりぼりと喉を掻く。

 柄にもない雰囲気に慣れきれなかった。携帯を降ろす。そろそろ空の色が変わろうとしていた。夕日が遠くで灯っている。茜色のグラデーションが上空に描かれていた。加えて気温も低くなる。肌寒さを僅かに感じたので、祐雅は窓を静かに染めた。


「結局、今日も祗蓮は来ないかー」


 両腕を真上に掲げ、背伸びをする。内心、今の事を彼女に話すべきか迷っていた。きっと祗蓮も彼を心配しているだろう。少しでも事情を知っておけば安堵するかもしれない。


「……ま、いっか」


 外を眺めながら、祐雅は心を切り替えた。

 話し相手には祗蓮を選べた筈だが、わざわざ自分へとかけてきたのだ。その意志を汲み取り、胸の奥にひっそりと仕舞った。




「…………」


 ――そんな祐雅の思いやりを裏切り、祗蓮は扉の外側で立ち尽くしていた。


「愛されていますね、お嬢」


 隣に立っていた女性がそっと囁きかける。

 彼女が新しく雇われた護衛だった。高めの背にスレンダーな身体付き。身に着けた黒い執事服が完全に調和している。引き締まった顔立ちからは凛々しさが放たれていた。だが、とある特徴がそれらを一蹴している。

 ――眼帯。右眼を保護している漆黒の当て布が、凛とした雰囲気に相まって異色を際立てていた。


「レ、レン……! 別に、ワタクシは」


 祗蓮が慌てて否定しようとする。顔を真っ赤に染め上げ、必死に両手を横に振った。


「通話相手の男、そこまでお嬢を思っていたのですね。まるで父親みたいだ」

「あ、あう……」


 そっちだった。的外れな勘違いに祗蓮は顔を抑えた。あうう、と恥ずかしさのあまりに喉を震わせる。

 レンと呼ばれた護衛は、そんな主の様子を見て柔らかく微笑んだ。


「そんで、あちらが例の第一階級ですか? お嬢を助け出したと言う」


 顔面を覆ったまま、祗蓮は静かに頷いた。


「か、可愛い……! 殿方に初めて言われましたわ」


 唇をわなわなと揺るがし、祗蓮は例え様のない感覚に呑まれていた。祐雅の通話を殆ど立ち聞きしてしまった。声量が途絶えたので、二人は遠慮なく入室出来る。だが、突拍子の無い発言に祗蓮の心がずっと浮きだっていた。

 火照った頬は、まるで林檎の如く赤い。「可愛い」という評価に普段の姿勢はすっかり打ち砕かれている。


「どうします? 入りますか?」

「い、いえ」

 耳まで染めている祗蓮は躊躇った。

「帰り……ますわ」

「何故? あの少年はお嬢を待っているのでは?」


 足音を立てぬ様にひっそりと踵を返す祗蓮。その小さな背中にかけられた問いに、彼女は前を向いたまま答えた。


「祐雅にこんな顔を見られたら、ワタクシ、死んでしまいますわ」


 部室から遠ざかっていく後ろ姿に夕焼けが薄らと差し込んだ。レンは夕日にも負けない程に色付いた主を追う。壮絶な過去から解き放たれた少女は、趣向が違った思いに絡められたらしい。だが、それでこそ細い身体と繊細な情動が浮き彫りになっている。


「実に守りがいがありますね、お嬢は」


 唐突な言葉に祗蓮が首を傾げる。少しだけ意味を考え、頬を膨らませる。

「馬鹿にしてますの?」

「いいえ」


 レンは軽々と受け流した。そして、歩きながら周囲に目線を配る。人の気配を少し前から汲み取っていたのだ。最低でも二つある。その内の片方は、彼女が驚愕する程に物音を殺しきっていた。もう片方は何だか楽しそうに身体を揺らしている。


「まあ、色々と大変そうだ」


 第八階級の護衛として、祗蓮の傍で務める事となった。学園の一部における好戦的な輩を話には聞いている。気配を隠すどころか発している人物は、きっとその類いだ。


「色々と挨拶も必要らしい」


 もう一人の正体についても幾分察していた。古崎祐雅の周辺で暗躍しているメイドだと思われる。能力だけで第八階級が推測され、素手での実力もプロに迫っている。祗蓮からの情報だけでも、凄まじい人物だと分かっていた。


「何していますの、レン? ……今日は、もう行きますわよ」

「はいはい」


 投げやりに答えたが、主が両目を鋭くしてしまう。


「はい、は一回だけでよろしいですわ」


 祗蓮はゆっくりと歩く護衛が気になっていた。立ち止って振り返り、彼女が追い付くまで待った。

 隣に並んでから進み直すその間で初めに交わされたのは、やけに前髪が長い少年についての話題だった。


 ――お嬢様編、完――            

祗蓮さん、マジヒロイン! 次はメイド編か、ここまでの前日談の先にある本編に行くか迷っています。ひとまずは区切ろうと思います。感想などをもらえたら、執筆ペースが上がる筈です。どうか、よろしくお願いします。

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