万物再生の能力㉛ 「古崎祐雅の能力」
主人公の能力解禁。今回で終わりませんでした。
広がっていた閃光が段々と収束する。瞼の裏は未だに点滅していた。祗蓮は慎重に目を開ける。
「……え?」
呆然と漏らす。一人分の重みを受ける祗蓮は、眼の焦点を両掌に向けた。
「今、のは」
眩しい光のせいか。祗蓮の頭は白く空回りしていた。考えが全くまとまらない。自分の身に起きた出来事を理解するのにもしばらくかかった。両目の開閉が反芻される。正に開いた口が閉じられない状態だった。
「どうして……?」
整理がようやくついた。代わりに疑問も抱える。
能力の代償として血液が失われる筈だった。いつも祗蓮を苦しめていた制限だ。貧血による不調も引き起こされる。
「ワタクシ、平気ですわ」
それが今回に限って不発に終わっていたのだ。しごく好調である。
不気味にさえ思える。異常な程の発光を目の当たりにしたのだが、能力が正しく発動しなかったのかもしれない。祗蓮は抱き着いている少年の顔を確かめようとした。
「祐」
せめて、出血だけでも止まっていて欲しい。
希望はすぐに打ち消された。
「俺を殺す気かああああ!!」
目と鼻の先で大声が響く。重傷を負った祐雅からだ。祗蓮から顔を引き離し、厳つい表情を浮かべている。
危惧を遥かに超えた奇跡が起きていた。
「え? え? え!?」
祗蓮が戸惑いを口に出す。
声色には生気がみなぎっていた。前髪の隙間から見える瞳にも光が宿っている。万物再生は完全に働いていたのだ。凶弾による傷を元に戻し、祐雅を治した。その結果だけは絶対を約束される。
先の重傷が嘘だったかの様に、祐雅は活気良く息巻いた。
「お前! 何でこんな時に限ってピンク脳なんだよぉ!? 危うく三途の川を渡るトコだったんだぞぉ!」
立腹している様子には虚実は含まれていなかった。本当に完治したのだ。祗蓮の心にようやく安堵が到来する。
「髪が紫だからか!? 性的な色だから、お前の頭まで性的になったのか!?」
「祐……雅ぁ!」
祗蓮の全身から力が抜けた。ぐらりと傾いてから、正面にある胸板へ頭がもたれる。
「うお」
「助けられないって、思いましたわ……。でも、良かった。万物再生のおかげで、貴方を助けられた。今だけ、この能力を持っていたことが誇らしいですわ……!」
血だらけになった制服に額を重ね、祗蓮が嬉し涙を流した。
その頭上で祐雅の両手は泳ぐ。泣いている彼女に触れようとしていたのだが、宙で空回りするだけだった。最終的に細い指先の上に落ち着く。肩を掴んでいた手を弱く包んだのだ。
「そんなこと言われると、怒れねえな」
祐雅はもう片方の手で振るえる頭を抱えた。天井を無言で仰ぐ。そして、祗蓮が泣き終えるまでしばらく待った。
「どうして、ですの?」
不意に小さな疑問が発せられる。
「ん?」
「どうして……ワタクシは平気ですの?」
頬に少しの赤みを残して祗蓮は顔を離す。目線を下げて、血を吸った祐雅の制服を凝視した。傷は治っているが、衣服にはまだ銃弾の痕が刻まれている。万物再生での意識がそこにまで及ばなかったのだ。代わりに、その奥側にある肌には痣さえも残っていない。
祗蓮の能力は確かに発動した。
けれども、自分を苦しめる筈の制限――血液の消費を全く感じられないのだ。
「ああ、それは」
答えを口にしようとしたが、祐雅は固まってしまった。
「説明するよりも、もう一回やった方が早い」
そう呟き、祐雅は祗蓮を再び抱きかかえた。腰に手を回し、涙と鼻水で濡れた顔を近づける。二人の間合いにお互いの鼻息が飛び交っていく。
「な、な、な……!?」
静まっていた熱が祗蓮の顔中にぶり返す。
「使ってみろよ。能力を」
祐雅が真っ赤になった自分の制服を指先で叩く。そこを再生しろ、と言っているのだ。
「で、でも」
「いいから。ほら」
高鳴る鼓動を伴いながら、祗蓮はおずおずと手を伸ばした。示された場所に寄せる。開いた穴を元に戻そうと意識した。
万物再生の発動。
対象を捉える瞳が淡く輝く。差し出した掌の面にも光が灯った。
制限として血液が失われる。その時の悪寒に祗蓮は備えた。だが、予想外の事態が待ち受けていた。
「っ……? またですわ。代償が払われていないのに、また能力が発動していますわ!」
目の前にあった制服の欠損がたちまちに塞がっていく。間違いなく万物再生は作用しているのだ。ところが、制限がかかっていない。代価を求められないままに、第八階級の能力が発動している。
信じられない光景だった。祗蓮は口と瞳を大きく開ける。
「これが俺の能力だ」
「え!?」
「第一階級の能力――《制限解除》。見ての通り相手の制限を解除する能力だ。これのおかげでお前の血はなくならなかったのさ」
祗蓮の指と腰から手を離し、祐雅が自慢気に笑う。
「……そ、そんな能力、聞いたこともありませんわ」
第八階級の少女は唖然とした。
対能力者用の能力なら世界に複数は存在している。だが、無効化や封印といった負荷をかける物が一般的だった。能力の制限を解除してしまう能力は尚更珍しい。
「貴方は確か第一階級だと自分で言いましたのよ!? 制限を失くすなんて能力が、そんなに低いなんておかしいですわ!」
「色々と事情があんだよ」
口元の微笑が苦笑いに代わった。祗蓮を掴んでいた左の掌を開き、そっと見下ろす。
「俺の能力は、俺自身の制限を解除してはくれない」
言葉の裏には苦労が滲んでいた。手に向けられた視線も何処か厳しい。強張った声色は説明を待つ祗蓮に緊張を与える。
「主な制限が二つ。……一つ目は、対象が異性であること。つまり、女性にしか能力は働かない」
「はい?」
祗蓮の眉間に皺が寄った。表情には怪訝が淡く表れていた。説明に神経を裂いた分、祐雅に対する疑いが積もったのだろう。
「そんな怖え顔するなよ。マジなんだって」
《制限解除》の制限――対象が異性である事。それはあまりにも珍しい。
加えて、祐雅は二つ目の制限を投下した。
「んで、もう一つの制限が条件。…………相手に、密着していること」
祗蓮から顔を徐々に逸らしながら答えた。
「密……着?」
「そう密着。俺が、相手に抱き着く。それで相手の制限は解除される。……ただし、さっきも言った通り女の子に限る」
「…………」
「うわぁ、みたいな顔やめろ。傷付くから。マジで!」
女性の能力者に抱き着いて初めて発動する能力。その概要は祗蓮に渋い顔を作らせた。何とも言えぬ気分が喉の奥を燻っている。
随分と奇天烈な能力だと祗蓮は思った。だが、頭を左右に振って考えを切り替える。
「でも、本当に良かったですわ。貴方が……助かって」
顔を緩めて涙を浮かべる祗蓮に、祐雅は思わず見とれた。全てが終わった事から、気苦労が覗かれたのだろう。普段から張り詰めていた表情が壊れ、その下に虚勢を捨てた素顔が見えたのだ。潤んだ瞳が彼女の儚さをより一層際立てている。
「まあな」
短い間だったが、祐雅の両目にはしっかりと焼き付いた。口からは簡単な相槌しか出てこない。
「祐雅には、感謝しかありませんわね……」
言葉尻の消沈から祐雅は謝罪の感情を汲み取った。
「違うって、ギブアンドテイクだ。俺はお前を助けて、お前は俺の命を救ってくれた。何も背負う必要は無い……って、おい!」
助けた少女の瞼が閉じられる。直後、その身体がゆっくりと真横に倒れていった。
祐雅は慌てて腕を伸ばし、祗蓮の落下を防いだ。ロール状の髪が床に向かって垂れる。単に気を失っているだけだった。正常な呼吸が間近で聴こえるのだ。傷や病を負っている様子もない。
唐突な出来事だったが、ほんのりと色づいた顔を傍に控えて胸を撫で下ろす。
「相当な無理をしていたんだろう。君を助けられて、神経が緩んだのさ。目が覚めるまでそのままにしておくといい」
背後から淡々とした声が響いた。祗蓮の上半身を優しく降ろした後に、祐雅は振り返る。
「空気が読める祥子さん。今回のは、ホントに最高なタイミングだったぜ」
「はっはっはっ」
スカートの端を躍らせ、祥子が歩み寄る。笑い声と顔は酷く乾いていた。普段とは異なり、無表情がわざとらしい。
嫌な予感が祐雅を襲った。凄腕のメイドが正面にそびえ立つまで、動く事も出来なかった。
「あの、祥子さん? もしかしなくても怒ってる?」
「…………」
期待に沿えて窮地を救ってくれた彼女だったが、今回は疑問に答えてくれない。祐雅の目の前に立ち尽くして数秒を無言で過ごした。そして、不意に膝を着かせながらしゃがむ。祥子の目線はきっかりと同じ高さになった。
凛々しい顔立ちである。数々の修羅場を潜り抜けた経験が、彼女に大人びた印象を与えている。双眸も冷たさと同時に力強さを帯びていた。射抜かれた少年もその雰囲気に飲み込まれている。
そんな祥子の表情が突然に崩れた。
――華やかな笑顔が、咲く。
瞬きすら許されない一瞬。鈍い音が鳴る。祐雅の横顔には衝撃が走った。祥子が拳で鋭い打撃を放ったのだ。
「ぐへぇ!!」
祗蓮にぶつからない方向へと祐雅は倒れる。折角治った顔に、再び真っ赤な腫れが浮き上がった。
「いってえ!」
「自分が殴られた理由は分かるね? 反論があるなら聞こう。私が納得できる理論で言ってくれ」
頬を抑えつつ、祐雅は祥子を睨む。
「……ねえよ」
言い返せる立場でないのは理解していた。祐雅は独断でこのホテルに侵入し、祗蓮の救出に必死で務めた。学園はそれを既に把握している筈だ。組織的な作戦の妨げになると見なされただろう。間接的に迷惑をかけてしまった。しかも、最終的には木場京悟との戦いで助けてもらったのだ。一人で先走った末にこの様では目も当てられない。
殴られただけで済んだのは、まだ幸いな方だ。
祐雅は両手を重ね合わせ、謝罪の姿勢を見せる。
「すんませんでした! 今度はもっとうまくやります!」
「どっちの意味で?」
「どっちも!」
祥子の目が険しくなる。勝手に一人で立ち回った。木場を相手に、結局は他人を頼りにした。それら両方の反省が祐雅の声色に乗っていた。一方で、後悔の色は透けている。悪びれない態度が彼女の逆鱗に触れてしまったのだろう。
「もう一発殴っておこうかな……?」
「ちょっと待って! 勘弁してよ! さっきまで死にかけてたんだぜ!?」
恐ろしい呟きを断ろうとした。万物再生のおかげで怪我は完治していたが、更なる負傷はなるべく避けたかった。
「――ありゃ?」
その消耗が、初めて祐雅の身体に現れる。床に立てていた腕の肘が崩れた。上半身ががくんと下がる。力を込め直した。駄目だった。やはり真っ直ぐに伸びず、視野に天井の一部を映させる。
「君も疲れているんだよ」
祐雅の異変を眺めていた祥子が口を開く。
「一人で能力者と戦ったんだろう? しかも拳銃を使われて重傷を負ったんだ。怪我が完全に再生したとしても、精神的な疲労は早々取れるものじゃない」
「そっ……か」
小声で納得した。重力に逆らわず、祐雅は身体を床に横たわらせる。楽な体勢を取った途端に睡魔は囁いた。
「確かに疲れたなー。このまま寝ちゃいそうだ」
首を回して祥子に視線を送った。
ここで祐雅が寝てしまうと、運ぶべき人間が二人になってしまう。そうなれば流石の祥子でも移動させるのは難しいだろう。逆らい難い眠気が双眼を覆う。完全に眠ってしまう前に対処を教えて欲しかった。
「安心していい。今、こちらに雲縫君が向かって来ている。彼の能力なら君達を簡単に運べる。もちろん、眠ったままでもね」
「ああ……アイツか……」
最後の心残りも無事に解決した。本格的な眠気に身を委ねられる。ふと、祐雅は視界の端に覗き込む祗蓮の顔を意識した。
すぅ、すぅ。小さな吐息が祐雅の聴覚をくすぐる。形相には人目だけで分かる程の幸せが滲んでいた。
「呑気だな、こいつは」
祐雅は祥子に撃たれた頬を擦る。治してもらったばかりだが、早速腫れ上がっていた。先刻のギブアンドテイクが破綻している。割に合わないのでは、と心が小さく揺らぐ。
「…………祐雅」
隣で名前を呼ばれた。寝言らしい。起きた様子はなかった。
無意識の呟きは祐雅の口元も綻ばせる。
「ま、いっか」
薄らと笑みを浮かべ、祐雅は深い眠りに着いた。
次回でお嬢様編は最終話です。次は今回の騒動のエピローグを書きます。数日中に投稿しようと思います!




