万物再生の能力 ㉚ 「再生」
今回は短いです。
「――祐雅! 祐雅!!」
少女のつんざく悲鳴が横側から響く。
「く……」
無表情じみた祥子の顔に僅かな焦りが差し込んだ。振り向いた先で、血溜まりに倒れている祐雅を発見したからだ。傍には涙を流す祗蓮が寄り添っている。
「どくんだ」
急いで歩み寄り、祥子が手で祗蓮をどける。慣れた手つきで制服を脱がし、赤く汚れた身体を晒させた。
肉体に受けていたのは四発の銃弾だ。具合としては、特に脇腹の辺りが酷かった。命中箇所は腫れ上がり、血液で濡れていない部分が無い程だ。
「くそ。応急処置じゃ間に合わない」
祥子が額に汗を浮かべる。傷口を抑えていても、別の場所から出血していく。祥子の両手すら瞬く間に紅く染めた。
「祐雅! 起きてくださいまし! 祐雅!」
祗蓮が必死に呼びかける。
しかし、当の本人は虫の息だった。答える余裕はない。呼吸は荒く、瞳からも生気の光が消えてしまっている。逡巡している間にも口から血を吐いた。そして、苦しそうに咳き込んでいく。
「雲縫君は……駄目だ! 間に合わない」
無人となった扉の方を見つめ、祥子が吐き捨てる。
《念動移動》の使い手である雲縫健人なら、祐雅を安全に移動させられる。だが、速度そのものが突き抜けている訳ではない。今から連絡を取っても間に合いはしないだろう。祥子は彼を置いてきた事を後悔した。
「し……」
息をするだけでも苦しいであろう祐雅が、落ちていた手を動かす。
「しれ、ん…………」
隣の少女を呼んだ。赤く濡れた片手を伸ばそうとしている。その指先はわなわなと震えていた。たった少しの距離でさえ、今の祐雅には遠かったのだ。
宙にあった手を祗蓮が力強く包む。
「祐……雅……!」
生温い感触を両手に覚えながら、瞳を伏せる。唇を噛みしめた。自分の存在と無力を呪わずにはいられなかったのだ。
《万物再生》を使えば、祐雅を助けられるかもしれない。
同時に危険も考えられた。
能力の代償として祗蓮は血を失う。それこそが発動に踏み止まっている理由だった。目の前にある負傷は死の領域に足を踏み入れている。途中で祗蓮の血液が足りなくなってしまう可能性があったのだ。そうなれば、助けるどころか己自身も気を失うだろう。
――結局、助けられない。
そうした不安が祗蓮の胸を締め付けていた。途中まででも再生出来れば助かるかもしれない。反対に、危篤を脱出するまで再生出来ないかもしれない。判別の付かない未来が幾度も脳裏をよぎった。
「……っ」
駄目だ。このままでは駄目だ。
祗蓮は唇に強く歯を押し当てた。ここで迷っていたら、どちらにせよ祐雅は死んでしまうのだ。眉間に皺を寄せて涙を止めた。袖を捲った。身体中の血液を捧げる覚悟で能力の発動に挑もうとした。
その決意を知ってか知らずか。
祐雅が消え入りそうな声を振り絞った。
「頼みが……ある」
「な、何ですの……!?」
虚ろな瞳に貫かれながら、祗蓮は真っ直ぐに見返す。
悪寒が背筋を駆け抜けた。下から突き刺さった真剣な眼差しが、祗蓮の想像を黒く濁らせる。遺言などもっての外だ。否定的な言葉など聞きたくはなかった。
「だ」
たったそれだけの一声に祗蓮は大きく揺さ振られる。息を飲み、胸を詰まらせた。
触れ合った手の温かさに必死でしがみつき、祐雅の口元に注意を向ける。いつもの飄々とした声を耳にしたかった。何処か人を小馬鹿にした様な態度で笑いかけて欲しかった。今は叶わないと知りながら、祗蓮は渇望する。
――祐雅の呟きは、酷く穏やかなものだった。
「抱かせ……てく……れ」
時が、止まる。
「……はい?」
少なくとも、祗蓮は息をする事さえ忘れた。瞬きを挟む。意味を理解しきれず、首を小さく傾げた。
「たの、む! 抱かせて……くれ……!」
冗談にも思えなかった。祐雅は真剣である。声色から察した祗蓮が、思考を混沌とさせていく。アレな話以外に考えられなかったのだ。
顔を赤くした。呂律も上手く回らくなった。胸から漏れた叫びに甲高い裏声が含まれる。
「な、何を言っていますの!? こ、こ、こんな時に!」
「私からも頼む。彼の言う通りにしてくれ」
「ええっ!?」
すぐ傍から、祐雅の発言は指示された。メイド服を着た女性だ。彼女もまた祐雅に負けず神妙な面持ちを浮かべている。心を酷くぶれさせた祗蓮にはとても断れる雰囲気でもなかった。
訳が分からない。祗蓮は恥辱と急迫に追い込まれていた。頭だって歪んだ回路を循環している。
「な、え、う……、あっ……!?」
当惑が言の葉を乱した。男女の関係を強いられる現状。両頬が沸騰するかの如く、体温は上昇していった。
「早く……!」
戸惑う一瞬でさえ命取りになる。煮え切らない心境の果てで、祗蓮は最後に自問した。
自分がそれを許せるのか。
その答えには躊躇う余地がなかった。両目を強く瞑り、暗闇に視界を任せる。再び光を目にした時、祗蓮は実行に移った。
「分かりましたわ……! ワタクシのことは! 後で好きにして下さいまし!! だから、きちんと生きるのですわ!!」
半分以上はやけくそだった。
祐雅への《万物再生》をとにかく優先する。かつてない強烈なイメージを脳内に刻み、祗蓮は両手をかざした。出血に埋もれた胸元を目掛け、能力発動に伴う光を当てようとする。
「おま――、ちが――」
直前。
瞳を細めた祐雅が何かを伝えようとした。だが、届かない。
「再生……しなさい……っ!!」
死んでも続けてやる。そうした心意気を灯して、祗蓮が能力による治療を試みた。輝きが掌を覆う。相当の代価を求めて、望んでいない才能が身体を巡る。祐雅を治す為の血液が細い肉体から抜ける。
定められた制限が、祗蓮を苦しめる。
「あー! くそぉ!!」
その未来に絶叫が割って入った。
血に染まった手足を祐雅が動かす。微動だけでも激痛を覚える筈だった。顔にはやはり渋面が広がっていた。
上半身を突然に起こした。そして、両腕を祗蓮の背中に回す。
「ふえっ!?」
抱き着かれた本人が小さな鳴き声を上げる。異性とここまで密着するのは祗蓮にとって初めての経験だった。奇怪な選択に加え、祐雅の温かさに包まれたのだ。感情の波が限界を超えて蠢く。
心理的な衝撃は引き金となった。
祗蓮でさえ知らない領域が開く。発動した《万物再生》による光明がかつてない規模で二人を飲み込んでいった。
多分、次で最終話です。祐雅の能力を明かす予定です。一週間以内には更新したいと思います。




