万物再生の能力㉙ 「融解」
二日目です。主人公が再び撃たれました。
今度は右の肩を抉った。鳴き声じみた叫びが祐雅の喉から漏れる。左手で咄嗟に抑えようとした。だが、寸での所で留めた。代わりに顔を持ち上げて虚勢を張った。
「どう……した……? 死んでねえぞ、俺は……!」
流れ出る血が右腕を伝っていた。歯もがっちりと食いしばられている。痛みに苛まれているのは間違いない。隠しているのは、意地でも保った祐雅の眼光だけだ。
「ちっ」
小さい舌打ちが飛んだ。木場は首筋に片側の手を添え、頭を揺らす。目線が宙を彷徨っていた。
その動作を祐雅は見逃さない。
(ビンゴだ。……こいつは今、能力が上手く使えていない!)
ふらつく足。
使わない念動能力。
失態をちらつかせる舌打ち。
警棒による殴打で脳震盪でも起こしたのだろう。これまでの言動から察するに、木場は不調らしかった。こちらは死にかけているが、向こうも少なからず弱っているのだ。
手腕という驚異は薄れた。
たったそれだけの事が、今の祐雅を拙く支えていた。
「マジでムカつくなあ……!」
木場が苛付きを吐き出しながら、祐雅との距離を詰めていく。すさんだ感情が靴に強く乗って表れた。
募る足音を前にして、祐雅は両目を見張る。
(え? ちょっ、それズル)
――パンッ!
三度目の銃声が祐雅を襲った。
「がっ」
へその辺りで衝撃が走る。命中したのだ。人体の中心は急所だ、と祐雅はあやふやな知識から焦燥する。
歩いて近づくのは想定していなかった。これでは照準がより正確になっていく。殺される確率も倍増してしまう。
(てか、当たり前のことじゃん)
少し頭を働かせれば、すぐに分かる事だった。
まともな思考にならない。血が足りない。死が自分の背後に忍び寄っている。その予感に祐雅の顔は酷く青ざめた。
「いやああああ! もう止めてええええっ!!」
祗蓮の絶叫が木霊した。嗚咽も聞こえる。自分を助けに来た少年が無情な銃弾に傷付いているのだ。やましさで胸を痛めているのだろう。助けに行こうとはしていた。その思いに反して、彼女の腰は引けていた。
そんな叫びを背景にして、木場が引き金に指をかけた。
――パンッ!
四度目の銃弾が放たれる。鎖骨の真下に穴が開いた。内部で何かが砕けたと分かったが、もう痛みは感じない。連続した激痛が祐雅の神経を狂わせていたのだ。二本の足で立っている感触さえ失われている。
(次、きたら、死ぬ)
段々と心臓に近付いてきている。焼け落ちた意識の中、祐雅は冷静に判断を下した。
(もう……限界)
正真正銘、最後の策を展開する。
仰々しい内容ではない。複雑ですらない。ただ目の前にある死に対して、口を滑らすだけだった。
「うる……せえん、だよ……」
「あ? まだ足りねえか?」
深い銃口の穴が祐雅の心臓を狙う。
焦点が定まらない瞳孔が一瞬だけ木場を貫いた。錆びた鉄の味が広がる口内。祐雅はそこに湿った空気を吸い込み、か細い声を形にした。
「パンパン、うるせえ」
雑音交じりの吐息を挟み、もう一度口を開く。
「このホテルは、良く響くんだからよ」
全ての結論だった。
「………………!」
間近に届いていた呼吸が止まる。木場だ。発言を飲み込み、その意図を理解する為に時間を割いたのだろう。数秒もなかった。圧倒的な武器を持つ男は早急に悟る。
「てめえ……っ」
引き金に添えられていた指は、動けなくなった。祐雅が何かをした訳じゃない。寧ろ、その逆だった。木場は一方的に撃っていたのだ。だからこそ気づく。
木場の視線が扉の方へと泳いだ。
手腕によって破壊された残骸。
それらを跨いで、一つの影が飛び込んできている。
「セー……フ……」
祐雅の呟きがこぼれる。動く人影を視界の端で見つめ、支えを失くした人形の様に崩れ落ちた。
「木場、京悟……!」
侵入してきたのはメイド服を着た女性だった。鋭い目付きは木場を捉えている。名前を呼んだ声には隠す様子も無い敵意が滲んでいた。身を屈めて疾走し、武器を持った相手に躊躇なく接近する。
「くそがっ!」
銃口を祐雅から外し、木場は女性に向けた。
状況から察するに、彼女が救援部隊の者であるのは明らかだった。繰り返された銃声から場所を特定したのだろう。音が響きやすいという特性が災いした。正確には、こうなる様に祐雅が誘導したのだ。
自らの身体を撃たせて、場所を教える。届く範囲に居るかどうかも分からない誰かにむけて。はっきりと考えれば、九割以上が失敗で終わる筈の愚策だ。通常なら、あまりの無謀さが足踏みを引き起こす。
凶悪を形容していた木場の顔が、初めて青ざめた。
「……馬鹿な!」
かつてない異常な博打と、成功してしまった現状に木場が吠える。
狙いは定まっていない。けれども、拳銃の引き金に力が籠められる。手腕すら使えない懐に入られる前に撃とうとしたのだ。
救出部隊――祐雅を助けに来た鈴谷祥子は、瞳を淡く輝かせながら突き進む。木場の動きは把握していた。
このままなら撃たれるだろう。
「……融けろ……」
能力発動を意味する祥子の声が発せられた。
直後。
木場が持っていた自動拳銃の砲身が熱を帯びた。光沢のある黒い表面に紅が迸る。重力に従った先端は歪み、液状となって融解した。
「な!?」
驚愕の余韻すら、祥子は与えなかった。
「ふっ!」
身体を回して木場に背を向ける。スカートの端が舞う。間髪入れず、地面から弧を描いて踵が飛び出した。
走行の分だけ研ぎ澄まされた回し蹴りが、木場の側頭部に命中する。炸裂した鋭い衝撃が祐雅以上の音を生み出した。
木場が横転する。祥子よりも巨体だったが、今の一撃には耐え切れなかったのだ。
攻撃は終わらない。
床に落ちた木場の上に祥子が膝を落とす。その場に固定した。続けざまに拳銃を握っていた方の腕を掴む。反対方向にへし曲げた。
バキ! 肘の骨が悲鳴を挙げて折れた。
「があああああ!!」
絶叫が天井へと駆け上がる。木場の掌から拳銃がごとりと落ちた。すかさず祥子の足が明後日の方向に蹴り飛ばす。蓄積された熱は既に引いており、変貌した輪郭のまま床を滑っていた。
「念動系は、能力が強力な程に、相当な集中力が要求される。骨折の痛覚に意識を散乱させられずに済むか?」
淡々とした声が木場に降りかかった。拳銃を融かした能力と圧倒的な体術のコンビネーション。極めつけに早急に腕を折る判断力。戦闘に必要な要素が全て抜きんでていた。彼女に勝てる者は、この場には居ない。
「こ、このアマぁぁああ! ぶっ殺し」
「まだ喋れるか。では指だ」
あくまで祥子は冷静に行動している。木場を無力化する為に、再び骨折に望んだ。掴んでいた側の指を直角に傾けさせる。人差し指だった。ボキンと音が弾けた。指の付け根が異様な変形をした。
「ぎいやぁああああ!!」
木場は喉から大声を震わせる。痛覚に耐える素振りはなかった。どうやら自分が受ける暴力には慣れていないらしい。両足を跳ねつかせ、祥子の下で暴れた。
「血液を沸騰させないだけマシだと思え」
厳然と低音気味に言い放つ。祥子は怒りを押し殺している訳ではなかった。逆だ。惨状を目の当たりにして、最も合理的な仕打ちを木場に返そうとしているのだった。
「次だ」
ゴキン。二本目となる中指が折られた。
「ぎぃ!!」
短く反応する。祥子に対する抗議の余裕さえ見当たらなかった。
「黙れ。もう十分だ」
首筋に手を添え、冷たく言い放つ。祥子の瞳がまたもや淡く光った。
「ご……!」
痙攣。後に、木場の頭が地面に落ちた。祥子の能力によって気絶したのだ。人差し指の破壊で能力を封じた確信を得たのだろう。そして、室内は今までの騒がしさが嘘だったかの様に静まり返る。
怒声も、銃声も、叫声も途絶えた。
「ふぅ」
軽く息を吐き、祥子が木場から膝を離した。対象は完全に気を失っている。学園を襲った男は、祥子一人を相手に抵抗も出来ずに沈黙させられた。
天慧教団の残党を率いた男にさえ圧勝した。これが《第八階級》と呼ばれる能力者の実力だった。木場が念動手腕を使えたとしても、恐らく同じ結果を辿っただろう。下敷きになっている男に、彼女は憤怒と冷酷が入り混じった鋭利な瞳を降ろしていた。
これで木場戦は決着となります。呆気ない最後でしたが、問題は少し続きます。主人公が死にかけていますから。




