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万物再生の能力㉘ 「発砲」

結局遅くなって申し訳ありません。二日連続投稿、一日目です。

 正しく認識した時には、祐雅は焦げ臭い床上でうつ伏せになっていた。上手く口が回らない。掠れた声が喉から零れる。


「ぁ……が……?」

 激痛が襲った。息が止まりそうになる。


(何だ? 一体何なんだ!?)


 胸中での叫びとは裏腹に、祐雅は掠れた細い息だけしか吐けなかった。経験した事のない痛みが頭を混乱させる。理由を飲み込んでも、原因までは見抜けなかった。そんな祐雅の開ききった双眸の奥で、人影が立ち上がろうとする。

 ゆらり、と両足は地に着いた。

 倒れた筈の木場京悟が祐雅に替わって佇んでいる。手には硝煙を浮かばせた自動式の拳銃を握っていた。


「は、……はっ」


 笑うかの如く、短い呼吸を繰り返す。

(全っ然、笑えねえ)


 詰めが甘かったのだ。相手の油断を狙った自分が、同じ油断で危機に陥ってしまった。木場が本当に気絶したのか確かめるべきであった。勝利の余韻に浸ってしまったせいで、腹部を抑える羽目になっている。

 木場によって拳銃で撃たれた。この状況を把握して、祐雅はより一層の脂汗を身体中に滲ませる。


(ヤバイ。マジでヤバイ! こんなんじゃ何もできない!)


 言うまでも無く、銃弾を受けたのはこれが初めてだった。祐雅の素性はあくまで平凡な学生でしかない。能力者ならともかく、凶器を持った人間の相手は絶望的である。


「…………」


 空いている片手で木場が自らの頬を擦る。次いで、唇の端も指で拭った。

 そして黙々と前進する。

 苦痛で呻いている祐雅の正面に辿り着いた。悠々と見下ろし、三白眼を鋭く細める。口元は僅かに紅く濡れていた。先の一撃で口内を切ったのだろう。

 表情を変えず、木場は祐雅をただ見つめた。


「……」

 閉じていた木場の口が開く。同時に、片足が床から浮いた。


「何してくれてんだぁ! このクソガキィィィイイ!!」


 衝撃が祐雅の顔面を襲った。鼻頭が嫌な音を立てて潰れる。木場の靴に撃たれ、身体は後方へと転がった。

 頬が床上をなぞる。祐雅は鈍い痛みと鋭い痛みの両方を感じた。


「がっ……ぐ……」


 熱い液体が顔を伝っている。散らばっていた破片でも刺さったのだろう。打撲と裂傷のせいで両目がまともに開けられない。代わりに見える瞼の奥は、真っ赤に染まっていた。


「ごふっ!」


 祐雅の腹部に足が真上から振り下ろされた。


「糞が! 糞がっ! 糞がっ!!」


 木場が何度も踏みつける。掌で守られていようが、徹底的に痛めつけていった。圧迫が大量の出血を引き起こし、祐雅の制服を汚す。それでも木場は激昂を抑えられなかった。


「ふざけんじゃねえぞ! このガキ! よくも俺をコケにしてくれたなぁ!? よくも俺をぶん殴ってくれたなぁ!?」


 ドッ! 


 穴が開いているであろう箇所が爪先で鋭く抉っられた。捻りまで加わり、傷跡は強く刺激されていく。


「があああ!!」


 意識が飛びそうになる程の激痛に声を荒げた。叫び声だけでは抑えきれず、両腕両足も捻る。手だけは必死に覆い続けていた。ただし、目視しなくてもその形が歪に押し潰されている事が分かった。手首から先がずきずきと悲鳴を挙げている。


(このままじゃマズイ。殺される! 警棒は……)


 咄嗟に視線を別方向に投げやった。だが、希望は見えない。頼りの武器は蹴られた際に手放してしまっていた。現在の体勢からでは、無理をしなければ手が届かない。


「おい。何、余所見してんだ?」


 顔の側面を踏みにじり、木場は怒りを込めながら尋ねた。

 頭部に男性一人分の体重がかかる。その重さは祐雅の片耳を強く抑え付け、頭蓋骨も軋ませた。


「…………て……め、え」


 弄(なぶ)られるだけで終わるか。反抗の意を込めて、祐雅は木場を睨み返す。

 靴が飛ぶ。再度、蹴られる。

爪先が祐雅の喉を潰した。そこから更に背後へと一転させる。止まった先で、呼吸するだけで痛みを与えさせた。


(ぁ――ア――)


 叫びすら声にならない。反撃の手口だって見つからない。壊れそうになった心境の中、祐雅は視界の片隅で迫る靴裏を見かけた。腹がまた蹴らられた。痛みを感じる前に、次は顔面を蹴られた。

 暴力が縦横無尽していく。一つ一つの痛覚を理解する余裕もない。気絶するなら早くして欲しい。そう願う程に、祐雅は擦り減っていた。


「や……止めなさい! 木場、京悟!!」


 横たわった人間を足蹴にしている男の背中に、震えた声がかかった。


「し……れ……ん」

「ゆ、祐雅から離れなさいっ」


 華奢な身体を露わにして、祗蓮は木場に立ち向かう。物陰に隠れていた筈だった。だが、祐雅の窮地に思わず飛び出してしまったのだろう。


「……」


 ゆっくりと、木場は振り向いた。

 濡れた髪を手で掻き上げ、ぎらついた双眼を晒した。左右へ僅かにふらつく肉体を引き摺って、祗蓮の近くへと歩み寄っていく。

 カツカツ、と合間に靴音が積もった。


「…………っ」


 目の前に来た。だが、祗蓮は何も出来ずに立ち尽くしていた。身体を震わせ、見上げるだけだった。

 教主と崇めていた少女に影を落とす木場。

 その拳が、祗蓮の横頬を殴る。

 音が天井にまで反響した。長髪が揺れる。勢い余って、祗蓮は床の上へと倒れ込んだ。


「う……っ……」


 殴られた箇所を抑え、祗蓮が呻く。唇からは血が垂れていた。ぽたり、と真下に赤い雫が落下する。束の間、それを呆然と見つめてから祗蓮は顔を上げた。


「いい加減、うざいんだよ。調子に乗りやがって。黙って従ってりゃいい思いをさせてやったのに」


 見限ったと言わんばかりに木場が語調を荒くする。


「お前の万物再生ならどんな怪我でも治せる。つまり、幾らでも使いまわせる能力者集団が出来るってことだ。そいつらで裏側の組織を全部潰せば、後は俺達が世界を掌握できるんだぜ! 最高だと思わないのかっ!?」


 祗蓮の能力によって戦闘時の負傷を再生させる。能力者は一切の消耗から解放され、何度も戦いに赴ける。それが木場の企みだった。


「軌道にのったら、適当に男を選んで、お前を孕ませて子供を産ませる。そして、その子供を新しい教主におく。それで最高の人生を過ごすつもりだったのによぉ!!」

「ひっ……!」


 純潔すら道具にされた計画を耳にして、祗蓮が小さく悲鳴を挙げる。


(救いようがねえクソ野郎だな、あいつ)


 動けずにいた祐雅は歯を食いしばった。黙って聞き届けた自分が情けない。同時に、注意が逸れたこの一瞬が最後のチャンスだと思った。圧倒的な痛みと敗北感に抗いつつ、必死に打開策を求める。

 喉は大分回復してきた。少しだけなら喋れる。

 寝そべったまま辺りを見回したが、炭と化した木材の破片しか目に入らない。武器であった警棒までも少し距離があった。動き出せば木場に気づかれる。念動手腕より早い銃弾で確実に撃たれるだろう。


(…………ん……?)


 ――念動手腕。その能力の存在が脳裏をよぎった時、祐雅は違和感を覚えた。これまでの木場の動きはどこかおかしい。そう感じられたのだ。


「の、能力者の為の世界を作るんじゃありませんでしたの!?」

「あ? んなもん、方便に決まってんだろうが。いつまで信じてんだよ」

「そんな……」


 崇高な目的もない話を前に、祗蓮は愕然としていた。

 きっと許せなかったのだろう。木場に賛同した人々の中には、僅かながら理念を持っていた者が居た筈だ。下らない考えの元で捻じ曲げられてしまった。それを見過ごせる程に彼女は割りきれていなかった。


「貴方という人は……!」


 祗蓮の顔に敵意が滲んだ。目尻が薄らと潤んでいようが、慄くだけではいられない彼女の高潔さを感じる。


「言いなりにならないなら、てめえも殺すか」


(あ、やべ!)


 木場が拳銃を握っていた指に力を込めた。祐雅に続いて祗蓮も撃つ気だ。

 焦りが手足にまで駆け抜ける。時間が無い。このままでいたら祗蓮が撃たれる。


「待て! こ、の……クズ!!」


 絞り出された大声に木場が反応する。

「あ? ……っ」


 そして、振り返った先で小さく両眼を見張った。今一度立ち上がっている祐雅の姿が有ったからだ。腹部から多量の血を流しながら、虚ろな瞳で睨んでいる。


「お前の相手は……俺、だ……!」


 気勢は一瞬にしか燃え上がっていない。鼻と口を血で濡らし、目元は赤く腫れ上がっている。直立できない脚は身体を傾かせ、双肩も細かく震えていた。瀕死の状態であるのは、誰の目にも明らかだった。


「そんなに死にてえか? クソガキ」

「……はっ。てめえの弾なんかで、……死ねるかよ」


 祐雅は不敵に嘘八百を並べていた。木場の拳銃で撃たれれば死ぬ。そもそも、次を待たずと出血多量で逝きそうだ。


「駄目……! 祐雅……もう……」


 もう止めろ。祗蓮の形にならない言葉がはっきりと分かった。

 それでも、やるしかない。

 覚悟や決心とはかけ離れた、切迫された心持ちで最後の勝負に出る。


「拳銃持ってはしゃいでんじゃねえよ。てめえの方こそガキだろ」


 三白眼の傍にある眉が吊り上がった。木場は呆気なく挑発に乗った。


「しかも、『世界を掌握』だぁ? 馬鹿じゃねーの? 拳銃より、お前の言ってる事の方がイテーわ!!」


 怒りが頂点を迎えたのだろう。木場は唇を笑みの形に崩して、祐雅に素早く銃口を突き付けた。


「そうか! なら死ね!!」


 ――パンッ!

 再度の発砲音が鳴り響いた。


明日も投稿する予定です。

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