万物再生の能力㉗ 「一撃」
久しぶりに更新しました。一ヶ月もかけて申し訳ありませんでした。
祥子の元から持って来た道具は、もう残り少なくなっていた。邪魔にならない物をカバンから選りすぐったのだ。流石に心もとない。
「これは使えるな」
祐雅は携帯の為に縮められる警棒を手に取った。祥子が珍しく保持している武器だ。殺傷力は低く、握った感覚としては単なる棒に近い。これなら自分でも軽々と扱えそうだ。リーチを伸ばす為にも、祐雅はそれを持ちいる事にした。
「問題はこっちか」
自分の制服を捲った。裏側には何も見当たらない。
「スタンもスモークも使っちまった。動きを止める手段が……」
どちらも一個ずつしか持って来なかった。木場を惑わす策が無ければ、《念動手腕》の攻略は難しい。これらに替わる新たな方法が必須だった。
「祗蓮」
隣の少女に声をかける。
「な、何ですの?」
「ちょっと手伝って欲しい事がある。頼めるか?」
お嬢様は首を縦に振った。
彼女から既に多くの情報を聞き出していた。大体の話は暴力沙汰だったが、ある程度の成果は得られた。
「じゃ、こっちだ」
立ち上がり、室内の奥を目指す。ここが元レストランだと既に分かっていた。テーブルクロスがあちこちで見かけられるからだ。
「祐……雅。大丈夫、ですの?」
「多分。虱潰しに探すだろうし……。ここのことも殆ど知らないだろうから、木場はまだ辿り着かないさ」
「そうではありませんわ」
祗蓮は祐雅の顔を覗く。
「本当に、木場に勝てますの? 勝算はありますの?」
眉を曇らせた彼女の手が、いつの間にか裾を掴んでいた。指先で強く繋ぎ止めている。その肩も弱々しく振るえていた。
不安がっているのだ。祐雅は言葉を探し、顔を僅かに背けた。大丈夫だという保証は出来なかった。木場との戦いは賭けの要素が大きくなる。はっきりと断言してしまえば、負けてしまう可能性の方が高かった。その後の事は考えたくない。
「分かんね」
笑みが自然と口元に現れた。
嘘を吐いたつもりはない。ただ、本心であったかも怪しい。安心を求めて本心が表情を勝手に動かしていたのだ。
「…………」
祗蓮が口を小さく開けたまま、祐雅を離した。
「悪いな。心配ばっかりかけて」
「もう……慣れてしまいましたわ」
その言葉には何処か哀愁が含まれていた。木場と戦う以外に選択肢はない。それをただ受け入れている状況に嫌気が差していたのだろう。
「ワタクシは何を手伝えばよろしいですの?」
葛藤は飲み込んだのか。祗蓮は小さく胸を張って訊ねた。
――閉じていた筈の扉が破壊される。元から鍵は掛けていなかった。相当の警戒か苛付きが予想された。
「ここは……レストランか?」
木場が厳かに声を発した。
現地での捜索から更に時間が経っていた。敵意を備えた男がようやく姿を見せた。あちこちにあるテーブルのおかげで祐雅達はまだ見つかっていない。
(奴の弱点は分かった……)
息を潜めながら、祐雅は機会を窺っている。
(結論から言えば、正面からの一対一では確実に勝ち目がない。だが、不意打ちも怪しい。……《念動手腕》に追いつかれる)
あの能力は発動直後で最高速度に達すると言う。手腕の動きを肌で感じ取っても、次の瞬間には身体が粉砕しているかもしれない。祗蓮にも不可能だと断言された。
(けど、それは……発動直後の話だ。発動寸前に見極められれば、まだ希望はある)
念動の能力は、基本的に現象系と分類されている。これらの系統は《能力を起こす》事に特化していた。木場に当てはめれば、《念動の手腕》の《具現》となる。すなわち、具現と発射が別物なのだ。
具現の時点で見切ってしまえば、発射の回避は幾分か楽になる。拳銃に例えると想像しやすかった。銃口の先が狙われている場所だ。その方角から逃げていたら、自動的に発射された銃弾からも逃げられる。
「おい! 居るんだろう! 出てきやがれ!」
木場が屋内に大声を響かせた。
やはり、手腕は消している様だ。祐雅の行動を警戒しているのだろう。出入口の他に何かが粉砕される気配はなかった。
あまり焦らさせてはいけない。
躊躇いを顔に映すよりも早く、祐雅は物陰から飛び出した。
「うっせー! びびり野郎!」
不安を気取られない様に笑みを作った。実際では瞳がぐらぐらと揺れている。だが、幸いにも前髪で隠せた。
「ぶっ殺してやる! クソガキ!!」
濃密な怨恨が木場の周りに漂った。相手が学生だろうと関係ない。見えない筈の殺意がまるで剣の如く喉元に突き付けられた気分だった。
「やってみろよ……《念動手腕》……!」
祐雅は銀色を基調とした警棒を振った。本来、これは護身用である。素人が手にした所で大きな力を得られる訳ではない。
けれども、徒手空拳だけで挑むよりはマシだった。
ジャキン、と折り畳まれていた部分が伸びる。その先端を木場に向け、祐雅は見様見真似で構えた。
合図だ。
少し離れた場所から火が走る。床から一直線に伸びて、祐雅と木場の足元を瞬く間に熱していく。燃え移ってはいないが、空気の揺らぎを間近で受けた。
「火だと? 油を撒いてやがったのか!?」
炎が揺らめく。
足元に注意を向けているせいか、木場は戸惑っていた。発火点の方向を見やる。そこから火が伝わってきたのだが、目下の惨状からかけ離れていた。どこも燃えていない。
「万物再生か――」
木場が水面下の作戦を悟る。
数刻前に散布した油を発火させたのは祗蓮だった。彼女の能力なら炎を消す事が可能であり、被害は及びにくい。利用したのは元から祐雅が持っていたライターである。油は調理場から拝借した。
(これだけじゃ手腕は防げない)
祐雅は理解していた。火炎はせいぜい膝下にまでしか達しない。視界を防ぐには高さが不十分だ。
だが、狙いはこの先にあった。
(かかれ、かかれ、かかれ、かかれ、かかれ!)
胸中で強く念じた。
黒煙が燻り始める。床に散らばらせていた木材が焼き付いたのだ。月明かりだけが頼りの屋内は次第に煙っていく。
「来た……!」
念動手腕を見切るには充分な量だった。ゆらゆらと揺れる煙。その中心地で木場は目を見張っている。
警棒を軽く振って、祐雅は木場を睨んだ。
「どうだ! お前の能力は封じたぞ!」
笑みを浮かべる。
先刻の煙幕と原理は同じである。空気の流れを可視化させ、透明な手腕を見切る。これで発射直前までの動きは読み取れる筈だった。
加えて、祗蓮の姿も煙に紛れていく。彼女への狙いは定め難くなった。正面に立った祐雅にしか意識は向けられない。順調だ。木場がここへ姿を見せてから、全て祐雅の思惑通りに事が運んでいる。
「…………」
肝心の敵は無言を維持していた。口と鼻の辺りを手で抑えているだけで、能力発動の素振りどころか動き出す気配もない。
こちらには警棒がある。武器の分だけリーチは長い。素手の相手よりも有利だと考えられた。
責める機会だ。
「くっ……」
だが、祐雅はその場で踏みとどまった。
「――ははははははははっ!」
木場の哄笑が高らかに響く。黒煙に包まれながら、男は声を荒げて笑った。押し留められていた感情が外へと溢れ出ていた。空気の震えに滲んだ凶悪さは、立ち向かおうとしていた祐雅の身さえも引かせる。
「馬鹿か!? てめえはっ!」
一喝が鳴り響く。
「上に何があるか、よく見てみろぉ!!」
髭を薄らと蓄えた顎を持ち上げる。木場は天井の一点を示した。
祐雅は目線で後を追った。床上の炎が暗闇を晴らし、頭上の空間を晒す。黒煙も舞い上がっていたが、上昇する直前にそれは発見した。
球状の装置。
先端が赤く点滅している。まさに今、機能したのだ。
間髪入れずに空から雫が降って来る。一粒では済まなかった。雨の如く撒き散らされていく。散布された水滴は炎と交じり、周辺の鎮火を促した。
スプリンクラーだ。
祐雅の制服も水分を吸って重くなっていった。長い前髪によって視界は殆ど塞がれた。目元は隠れ、その下の表情も遮られる。ただ、掲げた警棒だけが床上に向けて傾いていた。
「残念だな、クソガキ」
木場が対照的に笑みを明らかにする。
このホテルの設備で改造したのは通信系統のみだった。他の装置は全く弄っていない。それが細かい雨が降り注ぐ状況を作っていた。
「…………っ……!」
眼前の小雨に震えたのか、祐雅の双肩が微動していた。
「小賢しい策を立てていたようだが、まあ、無駄になったな。同情はしてやる。だが、見逃すつもりはねえぞ?」
確信じみた言葉だった。意図的な火事による煙幕は既に沈んでいる。敵対した能力者の策を潰した。その事実が、蓄えられていた殺意が理性を決壊させたのだろう。木場は悠々と足を前に出した。
「……う」
相対する祐雅は怯える。全身を大きく揺らし、深く俯いた。
「うわあああああああああっ!!」
絶叫が放たれた。
祐雅は大声を口にしながら動き出す。警棒を内側に構えた。強く地面を蹴り、水滴の群れに飛び込んでいく。
濡れた床を駆け抜け、無我夢中で敵の正面へ向かった。
「死ね」
鋭く唇を吊り上げ、木場が念動手腕を発動させた。真っ直ぐに迫る少年は自棄になっていると見なした。どんな能力を持っていたのかは知らない。だが、数秒後には肉片へと変わり果てているのだ。どうでも良かった。
意識を費やされ、木場の手腕が空中に出現した。
パシャ、パシャ、パシャ。
――そして、降って来る水はその空間から弾かれる。透ける手腕の輪郭が浮き彫りになっていく。
「は?」
能力を発動させた本人は短く呆ける。直後、疾走していた祐雅の身体が懐に潜りこんでいた。警棒の丸まった先端が、風と雫を切る。
(――――かかった!)
ここまでが、古崎祐雅の考えた作戦だった。奇跡的な成功に胸中が踊る。祐雅は賭けに勝ったのだと初めて実感出来た。
ホテルへの突入時、警報機は押しても作動しなかった。そこから教団による設備の改造が推測された。
裏切り者を考慮していたのか。詳しい理由は分からない。だが、その限度に祐雅は疑いを持った。弄られているのは、通信機類のみの筈だ。
(スプリンクラーまで改造する必要は……ない!)
屋内の雨が降るかどうかは、ほぼ賭けに等しかった。成功したとしても手腕の出現にタイミングを合わせなければいけない。そこで火と煙による二段構えの作戦を思いついた。
木場京悟という男の性格は文字通り痛感していた。有利的状況下、圧倒的な力で相手を潰す。実に凶暴凶悪。だからこそ、今回の策に嵌ったとも言えた。
煙がスプリンクラーによって消される。そして、自分が失意のせいで迫っていく様に見せかけたのだ。
「――ぁあああ!」
結果として木場の虚を突けた。三白眼が驚愕のみを映している。
この一撃で決める。祐雅は全力で腕を振り被った。かつて風紀委員長が『……人を殴る時は、腕を振り抜く様にしろ。叩くのではない。殴り飛ばすんだ』と助言を与えてくれた。繰り返される教えに従い、勢いを引き絞る。
拳であろうと警棒であろうときっと同じだ。
(このまま――目の前の男をぶっ飛ばす!)
念動の手腕よりも早く、祐雅の手腕は閃いた。
ガッ!!
憎い顔面を真横から打った。
二人の身体は止まらない。抵抗に逆らい、祐雅は更に力を込めて振り抜いた。突撃の速度も転化させる。転んでも構わない。兎に角木場を殴り飛ばそうとした。
刹那に等しい拮抗が過ぎる。
自分より大きな男が、目の前で床から浮き上がった。警棒はもう木場の頬をすり抜け、明後日の方向へと駆け抜けている。全力で振りきったのだ。
木場は祐雅の予想よりも大分離れていった。油断している所を狙ったせいだろうか。低空を走り、背中から床へと落ちた。
「……っ……」
足をもたつかせながら、祐雅は何とか踏ん張った。
たった一回の攻撃で息は切れていた。胸が激しい動機に苛まれている。前を確認するだけでも酷く体力を要した。
「やった……?」
疑い半分で呟く。木場は横になって動く気配もなかった。恐らく気絶してしまったのだろう。念動の能力は本人の意志に従って発動する。意識が失われている間は手腕に襲われる心配もない。
安堵が不意に襲った。
「うっしゃぁ!」
言い様のない喜びが背中を駆け上がる。
各上の能力者に勝利した。この事実が胸を躍らせ、祐雅の興奮を催促させた。
「どうだ、祗蓮! 勝ったぞ!」
彼女が隠れていた方角に叫びを向ける。薄い暗闇に紛れつつ、戸惑い気味の顔がこちらを覗いてきた。神妙な面持ちで様子を窺い、やがて同様の喜びを浮かばせた。
「祐雅……っ」
屈めていた膝を伸ばし、祗蓮が足を運ぼうとする。
気疲れが肉体を鈍らせており、こちらからは歩み寄れなかった。せめて得意げな笑みでも作って出迎えたい。倒れている木場から目を逸らして、祐雅は身体ごと向きを変えた。
その、一瞬の、間。
――パンッ。
乾いた破裂音が室内に響いた。
「「……え?」」
二人の怪訝な声が重なった。
祐雅は自分の身体に違和感を覚えた。脇腹の部分で神経が途絶えている。麻痺したかの様だった。頭が真っ白になる。恐る恐る、ゆっくりと見下ろした。
制服に穴が開いていた。小さい穴だ。十円玉のまだ大きいだろう。しかし、これが出来た理由は全く分からない。
震えた手を動かし、祐雅はその辺りにそっと触れた。
血が滲む。掌が瞬く間に紅く濡れた。
「は……?」
鮮血で染まった指先を見ても、やはり理解は追い付かなかった。ただただ、目が眩んでいた。上半身が大きく左右に振れた。祐雅は、血が溢れる腹部を抑えながら床へと倒れ込んでいく。
――銃で、撃たれた。
次回へと続きます。数日中に更新しようと思います。




