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空間隔離の能力④

黒髪の巫女、旭奈は橋の下に来ていた。その目的は、日課となった捨てられたペットの救出だったのだが――? あらすじ風に書いてみました。

「にゃ~」


 段ボールに入った子猫が鳴いた。その声をなだめる様に、日之衛旭奈は猫の喉を撫でてやる。


「よしよし」


 学園から旭奈が暮らす家へと通じている橋。強固にして巨大な通学路の真下には捨て猫と戯れている旭奈の姿があった。日の光が当たり辛い場所であり、それは人目に付きにくい事を意味している。彼女の眼下に居る猫はそうした事情を考慮されて捨てられていた。


「可哀想に」


 ――にゃ? と、猫が不思議そうに首を傾げた。

 降雨をしのげる場所とはいえ、わざわざ橋の下を通ろうとする人間は数少ない。しかも猫が籠っていた段ボールには一切の指示が見当たらなかった。通常ならば不憫に思って「拾ってください」と言った張り紙などを貼るだろう。そうした配慮が不足しているとなると、元の飼い主は子猫の死ぬ可能性を悼んではいない様だった。

 許せない。旭奈は顔も知らない人物に怒りを覚えた。


「今日からは、私の家で暮らすんですよ」

「……にゃっ」


 細い両腕に持ち上げられた子猫が瞬間的に声を震わせる。突然の行為に驚いたのか、人形じみた白い顔を不思議そうに見つめていた。

 そんな視線に気づいた旭奈が笑顔を向ける。大丈夫ですよ、と朗らかな声音で語り掛けた。

「では、行きましょうか」

 

 恒例の仕事を終え、彼女は踵を返そうとした。


「あら、日之衛さんじゃない」


 だが、思いも寄らない呼びかけが旭奈の歩を止めさせる。彼女の胸元に抱かれた子猫も声の主に応じて鳴き声を上げた。舌足らずな唸りが、巨大な支柱の影へと伸びてゆく。


「またそんなこと(、、、、、)をしているの? さすが、第八階級の人間は心優しいわね」


 頭上を支える柱から一人の少女がその身を露わにした。旭奈と同じ制服を着た、学園の生徒だ。

 旭奈は彼女の顔に見覚えがあった。自分が一年生だった頃。階級について悶着を起こしてしまった相手である。


「お久しぶり、日之衛さん。元気にしてた?」

「……月織つくおりさん」


 かつての同級生、月織愛依華(めいか)がそこに立っていた。外見から判断すると旭奈と似通った雰囲気のある少女だった。肌が白く、艶の有る黒髪が波打っている。しかし、愛依華と向き合った印象によって性格そのものが違うと分かる。彼女は好戦的な瞳を輝かせていたのだ。ぎらぎら、と野望が火花を出す様に眼光が瞬いている。

 一年未満の付き合いがある旭奈は愛依華を粗方知っていた。残念ながら、好ましい関係にはなれないとまで把握出来ている。第六階級(ゼクス)の攻撃に特化した能力の持ち主。黒のセミロングに、首からは輝くネックレスを下げる少女だ。


「どうしてここに?」

「偶然、日之衛さんを見かけただけよ。偶然なのよ、偶然」

「そうですか」


 旭奈は小さく頷いた。彼女に子猫を拾う瞬間を目撃されても害はない。下手に踏み込むのはいけないと察せられた。

 その安堵を挟んだ上で、旭奈の直感が子猫を連れて行く事を拒む。


「一つ質問してもいいですか、月織さん」

「どうしたの、急に。私と日之衛さんの仲じゃない。いくらでもどうぞ」


 愛依華が友好的な笑顔で会話を進める。しかし、持ちかけた旭奈本人は何を疑問にすべきか理解できていなかった。

 それ故か、胸中にもない言葉が旭奈の口から零れてしまう。


「……猫は、好きですか?」


 月織が瞳をぱちくりと瞬かせた。次いで、苦笑越しの白い歯を旭奈に見せつける。


「おかしなことを訊くわね。……私は、好きな方よ。飼い主の言う事に必ず従う子に限るけどね」


 ふふふ、と笑声が橋の下で吹いた。

 そんな月織の様子を遠目に眺めている旭奈は、腕で抱えた子猫をより強く引き寄せた。正面の元同級生から得体の知れない寒気を感じたのだ。防衛本能が働き、危険と思しき彼女から捨て猫を離す。

 日之衛旭奈の能力は絶対的な防御に特化している。精神や抽象といった分類を除けば、論理的に全ての攻撃を防ぐ事が可能だった。だが、《制限》がかかっている故に守るべき対象は近くにある必要がある。そうした想定を旭奈は直感で悟っていた。


「私、もうそろそろ帰りますね」


 ただならぬ予感を覚えた旭奈が月織の横を通り抜けようとする。彼女の家にはその方向を通過せねばならなかった。出来る事なら避けて行きたい。しかし、他の道は用意されていない。旭奈はかつての同級生へと近づいていった。

 花の香りが旭奈の鼻孔をくすぐる。

 そんな芳香に乗じて、冷酷な声は響いた。


「そうやって拾った動物も、あの能力で飼っているの?」

「――――っ」


 ざり、と小石が敷かれた道の上で旭奈は足を止める。


「そんな事は……もうしませんよ」

「本当に? どうして? あんなに便利な能力じゃない」


 月織は驚いた表情で旭奈の横顔を見つめた。眉を上げた瞳の奥が憂いある影を覗きこむ。

 些細な疑問が旭奈の精神を崩した瞬間だった。悲惨な過去が洪水の様に目前を横切り出した。赤い血の湖。そこに浸かった小さな動物の手。震え上がりながら耳にした自分の絶叫。そして、極限まで縮こまった揺らいだ空間の箱庭。


「違います」


 強めの語気で旭奈は記憶を振り払った。忌まわしい光景から逃れる為に、首を左右へと振る。脳裏への接着度合いが強い。旭奈が後悔から目を逸らす事は難しかった。


「私の能力は……便利なんかじゃありませんっ」


 否定を積み重ねる旭奈。

 ーーその両耳に、驚愕の追及が飛び込んだ。



「それは、空間隔離の能力で、子犬を潰したことがあるから?」



「えっ?」

 遠ざかる目的も忘れ、旭奈は月織へと顔を向けた。

 彼女の鼓動はかつてない速度で打っていた。――何故、と混乱が思考を溶かす。月織が語った事実は認めたくなくとも正しかった。幼い頃、旭奈は間違った能力の使用で生後まもない子犬を殺していた。覚醒したばかりであり、自分の制限も殆ど確認してなかった時期だ。力を持った事に感動を覚え、自惚れてしまっていた。それがあの事故を引き起こしてしまった。

「どうして」

 反省では済まされない意識を抱いた故、今は能力による飼育を行ってはいない。もちろん、彼女と旭奈が幼い頃に会っていた記憶もなかった。周囲の人も易々と他者へ告げるとも考え難かった。

 じゃあ、何で。知っているの。思い出したくなかった、あの事をーー。

 旭奈の驚愕を余所に、告発者の少女は笑みを浮かべた。

「まあ、私も意外だったわ。優しい優しい旭奈さんが、あんな風に子犬を殺していたなんて」

「ちがっ」

「違わないでしょう? 私達の能力は、個人に与えられた、個人だけの力よ。そこに伴うのは全て自己責任に決まっているじゃない。……あ、勘違いしないでね? 責めてるわけじゃないのよ」

 言葉は区切られ、更なる主張が旭奈を襲う。

「防御特化と言う割には、随分と攻撃的な性質だって思っただけよ。簡単に生き物を殺せちゃう……凄い力よね。凄いわ、尊敬しちゃう」

 コロス。

 この動詞が旭奈の自我を貫き、己を己の憎悪で苦しめ始めた。意図的ではなかった事故。だが、責任は確かに自分にあるのだ。私は悪くない、と旭奈が容易に口にする事は不可能だった。無自覚の殺害行為だと、薄々気づいてもいる。

 平衡感覚が崩れ、世界が傾く。天と地が場所を入れ替える。旭奈は逆さまの橋裏に立つ。

 とにかく気持ち悪い。

 旭奈は、それが精神を閉ざしたが為の幻覚だと気付いてさえいなかった。


「--何か、修羅場って感じか?」



 少年と青年の境界を飛び交う声音が、少女達の周囲を澄んだ空気に変えた。

「は? …………あんた、誰よ?」

 突然の来客に呆けた態度で訊き返す月織。

「おいおい、つれない事を言わないでくれよ。俺はともかく、あんたは俺を見ていた(、、、、、、、、、、)筈だろ?」

「な、何をっ?」

 旭奈を惑わせていた少女が初めて狼狽えた。

 一方、気分を傾かせていた彼女も五感を元の位置へと戻した。聞き覚えのある人懐っこい声色が正気を引き寄せたのだ。長い黒髪を揺らし、旭奈は現れた少年へと視線を投げる。

 伸び切った前髪で双眸を隠す、学園の男子生徒が二人の近くに現れていた。

 虚ろだった眼光に輝きを取り返しつつ、旭奈が彼の名を呼ぶ。

「祐雅、さん?」

 最近になって知り合った少年、古崎祐雅が旭奈の向かい側に立っていた。

「よっ、旭奈」

 日が差しづらい橋の下。広範囲の陰影さえも引き裂く陽気さで、祐雅は挨拶を交わした。

まだまだ続きます。何も考えずに書き始めた為、随分と時間がかかってしまいました。エクステンデッド・ドリームもよろしくお願いします。

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