万物再生の能力① 「出会い」
ついに祗蓮――お嬢様編が始まります。
能力者がこの世に現れてから、早数十年。
当時の混乱は世界から抜け落ちていた。人々は能力者の存在を受け入れ、通常の生活に組み込む様になったのだ。
だからこそ、その事変は必然とも呼べた。
能力者の選民思想を掲げる宗教団体が各地で点々と出没する様になったのだ。無能力者である単なる人間とは違う。そうした言い分が人間の物であるとも気付かず、彼等は数多の暴動を繰り返した。
取り分け名を知られているのが、《天慧教団》と呼ばれる宗教団体だった。
「天から降り注ぎ慧に感謝を!」
「我らが教団に輝かしい奇跡を!」
「教主様へ崇拝を!」
十人十色の声色が響く。
――その場に居た全ての人間に、高い壇上で座る少女は見られていた。十代を満たすか満たさないかの年頃。顔はあどけなく、身体は比較的に小柄。上から羽織った煌びやかな衣装が不釣り合いな神々しさを醸し出していた。
「…………」
小さな少女が椅子からそっと立ち上がる。
肩から伸びた薄く透けた帯が、足元の床を擦った。歩いて、壇上の端まで来た。白を基調とした服装を、眼下で群れている人々に晒す。片手には杖も持ち、顔色を少しも変えずに正面を見つめていた。
ただそれだけで、歓喜が湧き上がる。
奇妙な光景だった。
少女の瞳に輝きが無い事が、よりその場の異常さを際立てていた。熱にうなされた群衆と感情を欠落した幼い少女。温度差があるのは誰の目にも明らかだったが、下方にて騒ぐ者達は気にも留めなかった。
能力者のみで構成された宗教団体、《天慧教団》。彼等は能力者である事に優越思想を抱いた集団だった。能力者が無能力者の上に立ち、世界を導いていく。そう掲げた思想の末、当時では他と比べて最大の規模を誇っていた。
だが、起こした事件の被害者数も比較的に多かった。とりわけ、天慧教団が壊滅するきっかけとなった大量虐殺事件。その死者、二百三十四名。教団内の過激派が無能力者を無作為に襲撃し、能力者も含めて二百人超が巻き込まれた。余りの被害を受けた国はあらゆる戦力を費やし、教団を崩壊へと追い詰めた。
天慧教団は今日ではもう存在していない宗教団体である。しかし、関係者は未だに存命していた。天慧教団の中心だった教主――子供にしか過ぎなかった十代未満の少女も無事に保護されている。上位の能力を持っていたが故に、教団の中で「奇跡の子」と崇められ、教主として利用されていたのだった。
国の判定によると、階級は最高の第八階級。
年齢と内部の情報を考慮し、彼女が罪に問われる事は無かった。能力自体も強力ながら殺傷能力とは程遠い代物だった。寧ろ、取り込んでしまった方が良いと国に判断された。そして年月は経ち、彼女は能力者を管理する《学園》に通う様になっていた。
かつて天慧教団の頂点に座っていた少女。
その名は――御京院・アナスタシア・祗蓮。
目覚めた能力は第八階級の《万物再生》。あらゆる物の再生が可能で、条件によっては死者すら治せてしまう力の持ち主だった。
放課後になり、校舎の窓に夕焼け色の光が差し込む。
「……ここ、ですわね」
一人の少女が空き教室を見上げながら佇んでいた。美しい外見をしていた。縦にロールしている紫色の髪に、スレンダーな体型。肌は純白と潤いに満ち、ぴんと立った背筋から気品が溢れていた。
「どうしてワタクシがわざわざ来なければいけませんの? 全く、理解出来ませんわ」
不満げに呟き、進級したばかりの御京院・アナスタシア・祗蓮が荒い鼻息を吐いた。
今日。実験室にて。第八階級担当の教師、桜井理沙よりいきなり命じられた。一人の男子生徒に出会って仲良くしなさい、と。本当に突然だった。祗蓮は唖然としながら理由を尋ねたが、曖昧な言葉しか聞かされなかった。
きっと、貴女を助けてくれるから――。
そう言い渡され、祗蓮は渋々と告げられた教室を訪れた。この扉の向こうに例の男子生徒が立っているらしい。祗蓮は少しだけ緊張した。胸の奥が重くなった。これから異性と二人きりで会うのだ。ほぼ初めてとなる経験を前に、鼓動が少しだけ早くなっていた。
「……そもそも、ワタクシは今、特に困ってはいませんのに」
瞳を細めて事実を認識する。現状における祗蓮は学校や私生活での問題を持ち合わせていなかった。学業等は順調で、家庭内でも叔母夫婦に引き取られてから目立った困難にはぶつかっていない。深く追及して言うなれば、何も無さ過ぎて飽きてきた所だ。
担任の思惑に祗蓮が悩まされる。どんな意味合いを含めて、件の男子生徒に会わせようとしているのか。情報が少なく、右往左往に想像がふらついていった。
「ここで迷っていても、仕方ありませんわね」
祗蓮は一先ず行動する事にした。誰も使っていないだけで、真新しい取っ手に指先をかける。躊躇を短く隔て、その扉を横に開いていった。
「失礼しますわ」
なるべく声調を張って、祗蓮は教室の中へと踏み入る。
「ワタクシは御京院・アナスタシア・祗蓮ですわ。先生方の命により貴方に会い
に来ましたわ、古崎祐……雅…………?」
用事を口にする最中で、祗蓮は言葉に詰まった。
「…………へ?」
低めの声がぼんやりと返る。
指定された教室の中には、確かに一人の男子生徒が待っていた。やけに前髪を長く垂らしており、目元が全く見えない少年だ。桜井理沙によると自分より一年下の後輩であるらしいが、その身長は優に祗蓮を超えている。想像とかなり違う風貌だった。祗蓮にとってはかなり意外である。
ただし、訪問した祗蓮を呆けさせた原因はそこではない。
「おや? お客さんみたいだね、祐雅君。……彼女じゃないのか? 例の、二人目は」
もう一人、居た。
メイド服を着たプロポーション抜群な美人まで在室しているのだ。胸部の豊かさを主張するような衣装に、短いスカートから覗く健康的な肢体。魅惑という印象を一身に詰めこんだ様な、明らかに学生ではない女性である。外見から背の高さも分かり、顔立ちの凛々しさが祗蓮より年上だと告げている。
しかも、そんな美貌の持ち主は古崎祐雅と抱き合っていた。
「…………はへ?」
自分でもおかしな声が出てしまった。祗蓮は衝撃的な場面に遭遇し、理性が失われてしまったのだ。
密着しあっている、異性同士。正確には、紹介された古崎祐雅がメイド服の女性を背後から抱きしめていた。後ろから回した両腕でしっかりと腰を掴んでおり、密着と呼べる程の接触である。
(――何ですの、コレ……は?)
祗蓮が暫く呆然とする。彼等の傍に置かれたテーブルに置かれた湯呑が視界に入る。三つの器を不意に目で見つめていた。自分の分だろうか、と思考の道筋を軽く逸らした。けれども、目前の事実からは逃れられない。
頬が瞬時に真っ赤に染まり、甲高い悲鳴が祗蓮から零れた。
「きゃあああああ! 不潔ですわーっ! 不純異性交遊! 変態いいいいいっ!」
「ちょ、待っ――」
絶叫が教室を超えて廊下にまで響き渡る。
顔色を変え、祐雅は慌てて両腕を離そうとした。祥子から身を遠ざけ、叫んでいる祗蓮の元へ近寄る。
その直後、空いていた扉に一つの人影が入り込む。
「――変態は何処だっ!? 私が成敗してくれる!」
現れたのは黒髪をポニーテールにした、背の高い女子生徒だった。身に着けている専用の腕章が所属する組織の名を明らかにしていた。
新しく登場した少女の正体に気付き、祐雅は取り乱す。
「ぎゃあー! 風紀委員!」
能力者が多い学園の安全を守る、戦闘に特化した委員会。その物騒な評価を裏付ける様に、祐雅達の前に現れた少女は木刀を手にしていた。そして、それを前髪で顔を隠す男子生徒の喉元へと突き付ける。拳一つ分の距離が空けており、すぐに先端を押し込める体勢を構えていた。
「変態とやらは貴様か? なるほど、確かに怪しい男だ」
「ま、ままま待て! 俺はここの生徒だ! 制服を見れば分かんだろ!? てか、祥子さんも何か言ってくれよっ?」
「祐雅君。付き合ってもいないのに、いきなり抱き着いてくるなんて。私は……とても驚いちゃったよ」
メイド服の女性が頬を赤らめる。恥ずかしそうに身を捩らせ、そっと自分の身体を抱きしめた。祐雅は衝撃を受け、祗蓮は表情を歪に曲げ、武器を手にする風紀委員は瞳を更に鋭くしていった。
より強固になる、疑い。
「祥子さーん!? ここで裏切るの!?」
「や、やはり、貴方は変態ですわ! しかもメイド服を普通の女性に着せるなんて……。最低ですわ!」
「何と……! 顔どころか趣味までだとぉ!? 何処までふざけた奴なのだ、貴様はっ!」
「メイド服は俺のせいじゃねーし!」
涙目になって祐雅は反論する。だが、ようやく対面した祗蓮には全く届かなかった。木刀を握る風紀委員も、話を聴かずに敵意だけを剥き出しにされている。こんな状況に追い込んだ祥子からは、外野から微笑みを向けられていた。その唇が微かに吊り上がっているのだ。
混沌。
空き教室の空気は一色で濁っている。
「だあああああ! もう面倒臭ええええええええっ!」
祐雅はあらん限りに喉を震わせ、始まったばかりの出会いについて嘆いた。対面した、御京院・アナスタシア・祗蓮と古崎祐雅。祗蓮は祐雅を不潔な男だと見なした。祐雅は祗蓮に近寄る事さえ出来なかった。
始まりは、最悪。
少年と少女はお互いの絶叫を引き起こした。それだけが、二人のちっぽけな共通点でしかない。これからが大変なのは、想像に難くなかった。
最初はタイトル通りラブコメっぽいです。ここから少しずつシリアス成分が入ってきます。次話はなるべく明日に投稿したいと思います。




