精神支配の能力⑯ 「エピローグ」
裕美編はこれにて終わります。
「おはよう、お兄ちゃん」
少女の甘い声が聞こえる。それに釣られて、祐雅は軽く両目を開けた。
「………………」
焦点が定まらない視野の中央。そこに左右で髪を括ったツインテールの少女が見つかった。顔はまだ良く見えない。幸代との鬼ごっこから一日。筋肉痛で動くのも面倒な状態にあったのだ。神経の機能が酷く鈍っている。
「………………?」
耳に入った言葉が遅れて祐雅に届く。
カーテンの隙間から零れた光が眩しい部屋にて。自分を『お兄ちゃん』と呼ぶ声があった。
「…………夢か」
祐雅は反対方向へと寝返り、再び睡眠につこうとした。携帯の目覚ましはまだ鳴っていない。待ち望んだシチュエーションを妄想と切り捨て、瞳を閉じる。
「もう、起ーきーてー!」
やけに質感のある夢だった。祐雅が眠っているベッドが揺らされていくのだ。ミドルタイプのロフトベッドであるので、横からの力には弱い。ぐらぐら、と振動に応じて眠気までも振り落されていった。
「うーん……」
唸り、祐雅は仮想と判断した少女を再度見つめる。
二度目の開眼は覚醒に繋がった。風景が一瞬で鮮明になる。くっきりと浮かんだ視野の中央。少女の顔がようやく認識出来た。夢ではない。その事実と少女の正体は、祐雅の心境に大きな衝撃をもたらした。
「っ!?」
勢い良く跳ね起きる。上半身を加速させすぎた為に、ベッドの端へと危うくのしかかってしまう。起きて早々、転げ落ちそうだ。
「うわ……っ」
そんな祐雅の身体を二本の細い腕が支えた。驚きの声を上げつつも、そっと祐雅を救ってくれていた。
助けられた祐雅は、礼も言わずに唖然とする。自分の部屋に入れるのは、自分か奉仕者である祥子だけ。だからこそ、新たな訪問者の登場はただでさえ意外だった。ましてや、入院していた筈の少女なら、尚更だった。
「何で……ここに居るんだ、裕美?」
呆然とした祐雅の問いに、少女は微笑む。
「お兄ちゃんを起こしに来たんだよ? ほら、起きて」
長髪をツインテールに変えた関祢裕美がそこに立っていた。今までの雰囲気とは何処か違った。別人、と思える程に柔和な空気を羽織っている。人見知りの後輩という感じではなく、気の通い合った知人に近い。
とにかく、キャラが一晩でキャラが変わってしまっていた。
「もう、私の能力をそんなに使わせたいの?」
あまりの出来事に気を取られていると、裕美の瞳が淡く発光した。精神支配の能力が発動する合図なのだろう。その口調には威圧感が込められてもおり、祐雅の姿勢を瞬く間に修正させた。ベッドの上で飛び跳ね、正座する。
「うん、起きたね」
脅迫じみた一言に、起きずにはいられなかったのだ。
「…………なあ」
「じゃあ、私はリビングに行ってるね。ご飯は軽く用意してあるって。……でも、もうお昼なんだけどね」
「え? 昼?」
思わぬ裕美の発言に、祐雅は開きかけていた唇を止める。壁にかけてあるアナログ時計を見やる。間もなく正午に達する時刻だ。
(……寝すぎた)
時計の針が指した場所を知り、祐雅が後悔する。今日は平日であり、学校は通常通りにあった。完全に遅刻である。
「……お兄ちゃん、今日は休みでいいんだって」
心境を見透かした様な裕美の言葉に、首を傾げる。
「せ、整理が追いつかん。ちょっと待ってくれ……」
祐雅は掌を突き出し、裕美を押し止める。
――重かった頭が徐々に回ってきた。裕美の言葉遣いは実に素晴らしかった。妹系のキャラとしては完璧だ。やはり、自分の見立てに間違いはない。裕美は妹・後輩として格別な素質を持っている。雪森幸代の評価を借りれば、真正なのだ。
(…………そうじゃねえ……!)
まだ寝ぼけていた。
前髪を片手で掻き分け、改めて裕美を見つめる。
「なあ、裕美。……大丈夫、なのか?」
様々な思いをその一言で表現した。
入院をしていた事や薬の件、家族との確執などについて。一晩で解決は出来ないと分かりきっているが、尋ねずにはいられなかった。
祐雅の言葉を受け、裕美が唇を小さく閉ざす。頬の筋肉は微かに張り、神妙な面持ちが浮かぶ。ここ数日間で潜んでいた暗さが再発している様だった。妹らしく振る舞っているだけで、何も解決していないのかもしれない。
不安が胸に渦巻く。二人が無言で凝視しあい、数秒が経った。
「――――っ」
一つ下の少女に顔を近づけられた。耳元まで口を寄せられ、祐雅も緊張に表情を縛られてしまう。息を吸う音が耳をくすぐった。裕美から、この沈黙を破るのだ。
「ありがとう。私は、もう大丈夫だよ」
そんな感謝が小声で放たれた。飾り気はなく、ただ呟いただけ。
「……そっか」
だが、祐雅はそれだけで納得した。甘えん坊な後輩でもなく、朝を起こしに来る妹でもなく、一人の関祢裕美として受け入れられた。両目には映らなかったのだが、今の瞬間に素顔が晒されていたのだろう。そうと分かれば、充分だ。
両頬を淡く染めながら顔を離す少女を眺めては、安堵する。
「じゃ、行こう? お兄ちゃん」
寝間着姿の祐雅に、裕美が手を差し伸べて来る。
(多分、祥子さんの仕業かな……)
昨日の妄想をあのメイドは耳にしている。秘密裏に活動している内に裕美へと伝えたのだろう。彼女も世話焼きな人間だった。
想像は胸の底に仕舞った。数多の謀略が張り巡らせていようが、こうした関係も悪くないと感じたのだ。
「そうだな」
差し伸べられた手を握り返し、祐雅が低い階段を降りる。隣に並んだ所で、空いていた片方の掌を少女の頭に乗せてやった。
「ありがとな、裕美」
起こしてくれた妹に対する、感謝を告げる。
「…………うん!」
関祢裕美は嬉しそうに笑った。
疎らに差し込む陽光が横顔を照らす。輝きが少女を彩る。祐雅の目前で灯った、自然で柔らかい笑顔。そんな表情をこれから何度でも目にする事が出来るのだ。同じ様な微笑が祐雅にも伝染していく。
――裕美が妹ならば、自分は兄か。
一人っ子の祐雅がそう自覚しながら、掌の下にある笑顔はいつまでも色鮮やかに咲いていた。
ずっと寄り添っていたい。そう思わせる程に。
関祢裕美編 ――完――
何だか裕美編は展開を失敗した気がします。もっとスピーディに話を進めたいと思います。そう言うわけで、次は祗蓮編です。エクステンデッド・ドリームⅡを終えたら、書き始めたいと思います。




