精神支配の能力⑮ 「雪森幸代の能力」
書き溜めてあったものを投稿しました。裕美編ももう終わります。
顔を真っ赤にした祐雅の指摘に、幸代は答えた。
「ええ、そうよ。私は精神系の能力は持っていないわ」
悪びれた様子も無く、飄々としていた。そんな態度に苛立ちを覚えつつ、祐雅が更に言い当てていく。
「分身、能力。それがあんたの能力だろ?」
「…………大正解」
強く握っていた祐雅の掌から感触が消える。同時に目前に居る幸代の姿がぼやけた。白い煙となって、祐雅による拘束から抜け出してしまう。
「……幻影は一つもない。全部が雪森幸代と言う女性であり、実体でもある」
物理的に捉えていた女性が消えても祐雅は焦らなかった。想定内の事だった。額に薄らと青筋を立て、推論を述べ続ける。
「本体、といった概念とかもないんだろ? どれもが本体に成り得る。だから、誰を捕まえようが結局は逃げられてしまう。違うか?」
「うふふふ。口だけじゃなく頭も相当回る様ね? そこまで分かるなんて、驚いちゃったわ」
「ぬかせっ。散々……人を騙しやがって!」
明瞭としない肯定に祐雅は怒気を深めた。声が聞こえてくる方向を振り返り、鋭く睨み付ける。
「参考に、どうして気付いたのか教えてもらえる?」
雪森幸代は暗い物陰から全身を晒して、祐雅の前へと躍り出た。先程、五人目として逃げ去ろうとしていた実体だ。彼女もまた、本体だった。
正しくは、最終的に本体として残った肉体だった。
「…………さっき、あんたの靴裏を見た。ほんの一瞬だったけど、黒いゴム状のシートになっているのが分かった。それで足音を出さないのが幻影だけじゃなく、靴に何らかの工夫をした実体でもいいと思いついたんだ」
伸びた足に引っ掛けられて転び、逃げていった幸代を見つめる間。祐雅の目は彼女の履物を視野に収めていた。そこから自分の先入観を悟ったのだ。雪森幸代が精神系。その事実は公言されていたのか。
答えは否だ。
「次に、あんたが一度も『自分が精神系の能力者である』と言っていない事に気付いた。そして、転ばされた後での話にも違和感を覚えた。あんたが治めている組織、『雪の園』は四、五人で成り立っていると聞いている」
祥子からの説明を曖昧に繰り返す。信頼出来るメイドは確かにそう口にしていた。例え正確な人数が合っていなくとも、複数人の組織だと知っていれば良い。そこから幸代の語りに矛盾が生じてしまうのだ。
「……なのに、全部の相手を直に見ていた様に言っていた。おかしいだろ? 数人がかりで動いている組織なら、あんたが見ていない客が一人ぐらいは居たって良い筈だ」
強引な辻褄合わせだったが、祐雅は確かな自信を持って答えていた。幸代の答えようによっては幾らでも否定出来る。しかし、顔を認識しづらいフードや彼女一人だけのアジトが根拠を与えてくれた。
雪森幸代は物理・現象系――《分身》の能力者。その説が正解だと、祐雅は感じる。
「もういっちょ根拠を上げるとするなら、この鬼ごっこ自体がヒントだった。これはあくまでコインの裏表を決めるゲームだ。勝率は五分五分に近づけたい。今までのアンタから察するに、そうした風にするだろう。……だから」
「必ずしも自分に有利過ぎるゲームは提案しない。鬼ごっこと言うやり方から、逆に有利じゃない能力を判断したって訳?」
言葉を代替した幸代がゆっくりと進み出る。足音は極力まで限られている。途中で、カン、と音が鳴った。容器の壁が彼女によって叩かれていた。物理的な干渉が可能だと行動で示しているのだ。
自虐にして愉快とも呼べる笑みで幸代は近づく。
「……少しお喋りが過ぎたわね。普段はあそこまで喋らないんだけど、ボウヤがとても頑張っているから、ついついお節介をし過ぎちゃったわ」
「そういう誤魔化し、本当にいらないから! 鬼ごっこを始める直前にもあんたはやけに饒舌だった。…………恐らく、その時から分身能力を発動させていたんだろ? くそ。その時から気付いてりゃ、もっと簡単にやれたのに…………!」
「うふふっ。すっかり騙されちゃったでしょ?」
「ぐうぁあああ」
ネタ明かしの後でも祐雅は悔しがる。勝ちは勝ちだが、その勝因には幸代なりに譲歩した部分が多かった。そこまで妥協されながら、最後まで追い詰められなければ理解しなかったのだ。祐雅にとっては言い様がない敗北。自尊心の崖から落下した気分にさせられる。
また、そんな風に頭を抱える原因こそが、彼女の言う『精神系の恐ろしさ』なのだ。間違った事を言っていない分、余計な悔恨が祐雅の胸に溜まった。
「先入観……いや、思いこみか? あんたが言いたかった『精神系の恐ろしさ』っていうのは?」
「口では上手く表現できないけど、そんな所よ。……私の感覚で言うならば」
幸代が祐雅をまっすぐに見つめ、自分なりの解釈を掲げる。
「疑いがない信頼、ね。精神系の能力は勝手に他人の土俵に入り込んで、勝手にそこを荒らしていく様なもの。そして、荒らされた本人はその形が自然体だと思いこむ。全く、恐ろしい物よね」
「あんたが言う台詞じゃねえな。そのポーカーフェイス、素人には見えねえぞ。何人か騙した経験があるだろ?」
「それは――ボウヤも同じでしょ?」
小さな手つきで幸代が指してくる。突き付けられた人差し指は祐雅の胸元をまっすぐに向いていた。
「私を捕まえる為にわざと体力と時間を消耗させたわね? 私の能力に気付いても騙されたフリを続けて、私の油断を誘った。最後の最後までチャンスを待ったのは、『捕まえた』という事実を確実に残す為。……分身を消した上で、幻影でしたって言わせない様にしたのね」
祐雅はこの勝負の結末を一つに決めていた。幸代を誘発し、触れられる分身を自分の方へ近づけた。心理の駆け引きを保ちつつ、瞬間での接触を狙おうとした。
これらの課題は、絶対性にある。
幻影と見せかけた実態を祐雅が捕まえようとも、触覚も与えられると言われて消えられてはどうしようもない。そこで時間を限界まで費やす事としたのだ。
なるほどね、と幸代が軽く頷く。祐雅は更に話しかけた。
「最後の一体だけ俺の見えないトコで消していたのにも騙された。本体だと思っていた奴を消える瞬間を見てないから、精神系の能力じゃないと疑えなかったぜ」
加えられた根拠によって幸代は黙り込んだ。短く俯き、無言の圧迫を祐雅に与えた。行った本人には何のつもりも無い。だが、彼女には幾らかの考える所があったらしい。視線を下げては、深く考え込んでいる。
「ふふっ」
小さな笑い声が漏れる。これまでとは雰囲気が異なる、明るい声色だった。
「…………?」
祐雅は首を捻り、彼女を見つめる。
鬼ごっこは何とかして終わった。雪森幸代が掲げた条件にも則っているので、ルール違反ではない筈だ。そもそも正面の相手には不満を抱いている様な気配もなかった。
「あーあ。お仕事、忙しくなっちゃうわね」
唐突なぼやきに祐雅は口を開いた。幸代が放った言葉によって呆気に取られた。どういう意味なのか。淡い期待を胸に、尋ねようとする。
「……それは、私達との交渉に応じるという事か?」
自分の隣から進み出た祥子に台詞を奪われた。それ以上は口に出来ず、祐雅は彼女等のやり取りに耳を傾ける。火照りを帯びた声色と、平坦を保つ口調が交差する。弾いたコインは確実に結果を導いていた。
故に、二人の会話は長くかからない。
「ええ。喜んで貴方達の組織に加わるわ」
胸の前で両手を組み、淑やかに幸代が微笑んだ。眺めていた祐雅も驚かせる、一変して柔らかな表情だった。祥子の削ぎ落された顔色と対峙している分、その華やかさはより深まっていた。
「喜んで、ねえ……」
祥子が訝しげに目線を配る。
「あら? 貴女から持ちかけた話よ? 今更嫌だと言うつもり? ……まあ、それはそれで別に構わないけど。薬の売買をそのまま続ければいいだけだし」
「――祥子さん」
若干の緊張を乗せ、祐雅がメイドの名前を呼ぶ。
「…………ああ。分かっているよ」
両肩を落としては、鈴谷祥子が少年の言葉に応じた。
「こちらこそ歓迎しよう。《雪の園》のリーダー、雪森幸代。……いや、リーダーと言うのはおかしいかな?」
分身の能力によって生み出された人員が、《雪の園》を構成している。全てが幸代自身なのだ。そこに上下関係を持ち込むのは妙だと祥子は感じた。
相手の戸惑いを肌で読み取り、幸代は言及する。
「私は《雪の園》とだけ呼べばいいわ。ああ、あと私の能力は組織内でも秘密にしておいてね? この能力……敵味方に問わず、知られていない方が何かと有利だから」
「承知した」
能力の詳細を沈黙する条件を飲み、彼女等は協力関係へと至った。祥子が折り畳んだメモ用紙を渡し、幸代が受け取る。中身は祐雅には見せなかった。外部の人間には漏らしていけない情報が書かれているらしい。
(でも……余所者の俺が一番に疲れてるよな……?)
蚊帳の外に追いだされたと認識すると、安心に襲われた。もう頑張らなくていいと祐雅は自分に言い聞かせる。足から力が抜ける。重心が揺らぐ。どすん、と床に尻餅をついて倒れ込んだ。
そのまま、冷たい床面へと上半身を横たわらせる。
「あー、終わったあああ!」
大声を吐き散らす。胸の内に溜まった鬱憤までもが天井へと舞い上がった。コンテナに設置された照明に照らされる全身。大の字に寝転がった自分へと降りかかる、輝く粒子。それが微小な埃だと知りながらも、祐雅は優越感にしばらく浸った。
「……お疲れ、祐雅君」
頭の付近に屈みこんだ祥子が、そっと祐雅の頭を撫でる。ひんやりとしていたが、何処か温かった。
視線を少しだけずらす。雪森幸代の姿は既になかった。靴裏にゴムでも貼ってあるだろうから、足音は全く聞こえなかった。関祢家への薬の流通を止めるかどうか尋ねておきたかったが、大丈夫だろうと祐雅は思う。あそこまで損得に従っているならば、祥子との約束を破るつもりはない筈だ。
「………………」
信頼出来る人に労われながら、祐雅はまた思う。
(裕美も…………こんな気持ちだったのかな)
全力で走り回って重くなった肉体の奥で、硬直した心が安らいでいく。こんな気分も悪くない。祐雅は長い前髪の奥で瞳を細めた。少しだけ頬も緩めた。
今度会ったら、頭を撫でてやろう。
次の話で裕美編は終わります。続いて、時は遡り、お嬢様――祗蓮編に突入します。能力者同士のバトルをたくさん書こうと思います! 日曜日にでも更新できたら幸いです。




