空間隔離の能力①
古びた神社に住む一人の少女。彼女は番犬の佐藤さんと共に何気ない日常を過ごしていた。そんなある日、一人の《能力者》である少年が神社を訪れる。
茶色い毛並みの犬がある少女を追っていた。
わん! と吠えると目的の人物は微笑みながら振り返った。
「ん、何ですか?」
その少女は真珠で造られた人形かと思える程の美貌を持ち合わせていた。腰までかかる長く麗しい黒髪に、賞賛に値する美しさが籠った黒の瞳。東洋の人種が持ちうる特徴が最大限にまで磨き上げられている少女だった。
「ああ、お腹が空いたんですか? ちょっと、待っててください」
黒い長髪をなびかせ、彼女は犬から遠ざかっていった。向かった先は古びた社。木材で積み立てられた如何にも伝統ある神社が聳えている。
彼女はその神社の巫女だった。現に、彼女は緋色の袴を穿き、白い装束を柔肌に包ませていた。
地面に降り積もった木の葉を箒で掃いていた少女。その丸みがある背中が露わになっている。
――そんな時に、彼は現れた。
「わん! わん!」
「おわ! 吠えるなってっ!」
「がうううう!」
「ぎゃー! 噛むなー!」
「?」
首を傾げ、少女は背後を顧みた。やけに騒がしい友人が気になったのだ。もちろん、少女になついている犬のことを示している。彼はこの神社の番犬も同時に勤めていた。
だが、少女は《能力者》でもあった。不審な輩は彼女の《能力》に遠く及ばず、その性能故に周辺の人々から称えられてもいる。所謂、神社の守護神として。盗人といった悪事を働く者達が来ることは滅多になかったのだ。
そのはずなのに、威嚇の鳴き声は段々と大きくなっている。
「・・・・・・どう・・・・・・しました?」
広大な庭にぽつんと立った犬小屋。そこで友人は四肢を気高く伸ばしており、謎の侵入者に警戒の唸りを送っていた。
一方で、侵入者もしくは単なる参拝者らしき人影は顔が強張っている。犬の態度に困惑しているのだろう。固まった頬の筋肉が、少女の帰還と共に和らいでいった。
「あ、助かった」
「えと、参拝者の方・・・・・・ですか? でも」
「違う違う。信心深そうな年齢に見えるか、俺が?」
はにかみながら答えた彼は確かに年若かった。少女と同じ十代の少年だと思われる。来ている物も《学園》の高等課程で用いる見慣れた制服だった。
少年は朗らかな微笑みを口元に浮かべているが、眼差しが長く垂れた前髪で遮られている。全体の表情を掴もうとしても、少女は把握しきれなかった。それに友人が警戒している節もある。
「俺はさ、あんたに会いに来たんだ」
「私に……ですか?」
胸中の疑問に感づいてか、少年が快活に事情を述べ始めた。その傍らで犬は隙あらば噛みつこうと前後の足を折り曲げている。まずこのを犬どうにかしてくれないか? と、求めたのが第一声であった。
「理紗先生に言われたんだよ。あんたと友好を深めろってね。けど、あんたは俺を知らないだろ? 第八階級の能力者同士じゃないと面識がないからな。そこで、俺の方から会いに来たんだ」
「それは……お疲れさまです」
「だろ? あの人、俺にばかり無理難題吹っかけてくるんだよ。全くまいるよなっ」
同意を求める少年に少女が困惑した。随分と開放的で人懐っこい性格のようだ。
会話に出てきた教師の名前にも思い当たる節があった。少女の能力研究に一枚噛んでいる人物である。数日前、彼女から様々な質問をされたのは記憶に新しい。
好みのタイプはどんなのか。草食系が良いか、肉食系が良いか、やら。
少女はとにかく元気でいるのが一番嬉しいと答えておいた。首輪で繋いだりするのは性に合っていない、それが少女の本心だった。
ーー何故か、引き攣った笑みを浮かべられたが。
自分が好む犬猫の基準はおかしいのだろうか? そんな疑問が少しだけ生まれたやり取りがあった。
「ああ、悪い。……ちょっと、テンション高すぎたか?」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
少年は唖然とする少女に気を使っていた。
神社という立地の為に少女が人と話す機会は少なく、突然の事態もあり対応が追いつけなかったのだ。開いていた距離を一歩だけ詰め、少女は口元に笑みを浮かべた。
「佐藤さん、その方は私の友達です。悪い人じゃありませんよ」
「くぅ~ん」
名前を呼ばれた犬が少女に視線を向け、頭を低く下げる。喉には未だ納得しかねないといった鳴き声が残っていた。
やがて、犬はしぶしぶと少女の近くに歩いていく。敵意に晒されていた少年が強張っていた双肩を降ろした。
「ふう。いつ噛まれるか心配だったぞ」
「すいません……。佐藤さんはこれでも大人しい方なんですよ。こんな様子は私も初めてです」
少年が眉をひそめる。彼は前髪に隠された焦点を犬に当て、いぶかしげな疑問を発した。
「何で名前が名字なんだよ」
その問いに答えたのは黒髪の巫女だった。
「柴犬だからです」
少女は純白の布越しに胸を張った。
「わん!」
佐藤さん(名前は不明)が同調の意を示す。
「……まあ、本人? 本犬が良いって言うならいいけどさ」
少女の緋色で彩られた袴の近くに座る犬。その親密さには二人の絆が隠されていることを少年は感じた。
第八階級の能力者。それは《学園》で最も強力な使い手であると断言できる。当然、その位置に上り詰められるのは数人しかいない。古びた神社で働く少女は二つの境遇に挟まれつつ、相手への思いやりだけで言葉も交わさずに信頼を結んだのだろう。
一人と一匹の胸中を感じ取る最中、少女による質問がいつの間にか重なっていた。
「それで、貴方も《能力者》なんですよね。どんな《能力》なんですか?」
「え」
微笑で飾られていた少年の表情が不意に固まった。
「俺の、能力?」
「はい。佐藤さんが警戒する位なのですから……とても凄い《能力》なのでしょうねっ」
尊敬と好奇心の眼差しが少年を射抜いた。大きな瞳孔にはまった楕円の漆黒に興味という名の光が瞬いている。
「えーと、戦闘系じゃないから、あまり派手じゃないんだけど」
「私と同じですね! ぜひ、見てみたいですっ」
共通の意趣を受け取った巫女は上半身を前方へ傾けさせた。しまった、と少年の口からこぼれるが、少女の耳は熱中で塞がっている。黒髪の巫女はすっかり観客の体をなしていた。
「その……」
実は、少年は少女と正反対の階級に並んでいた。最弱の第一階級。そんな彼の能力が発動する為の条件は極めて異例であった。ある動作を取らなければ、発動できなかった。
「ん……」
まばらに垂れ下がる髪の隙間に巫女の肉体が飛び込んだ。
少女は通常の女生徒は大きく異なる特徴を持っている。巫女としての神聖さを膨れ上がらせる黒髪。絹の様な黒い毛先は彼女の胸元にまで伸びていた。そんな長髪が乗っかる魅惑的な双丘が、驚異的なサイズを誇っていたのだ。
平均を遥かに上回る外形。目を凝らせば、少年には彼女の胸元に隠れた深い谷間まで視認できた。
ーー少女の目前に一つの掌が差し出される。
「?」
「これが、俺の能力だ」
覚悟を決した戦士の様な顔付きに少年が変貌した。もしかしたら大きな制限がかかっているのかもしれない。少女にとっては必要ない危険を背負ってまで実施して欲しくはなかった。
しかし、第八階級の少女は予想を裏切られる。
少年の拳が大きく開き、握られる。
それの繰り返しが続いた。
「ふえ?」
「発動するのはーーーーここからだっ!」
潔く息を呑んだ少年が叫ぶ。直後、彼は少女に向かって駆け出した。
「ぎゃーーーーーーーー!!」
神社の庭内に悲鳴が響き渡る。周囲の木々に留まっていた鳥達が一斉に飛び立ち、数多くの羽が空を埋めた。
その絶叫は、不穏な気配を感じた佐藤さんが少年の手に噛みついたことによって起こった現象だった……。
今回のヒロインは黒髪ロングの巫女さんです。彼女もチート級の能力を持っています。ぜひ、次作を楽しみにしてください。




