精神支配の能力⑦
最新話です。
目を覚ました裕美が最初に見かけたのは、美しい少女の顔だった。
「……起きましたわね?」
鈴の如き澄んだ声色で話しかけられる。宝石と肩を並べる美貌の持ち主は、裕美の隣に座っていた。ベッドに横たわった自分を見下ろしながら、安堵の息を短く吐いている。
裕美が状況を把握しながら、小さく頷く。同じ学園の制服を着ている彼女はそれを静かに受け取った。
「では、お医者様をお呼びしますわ」
彼女が頭の横へと腕を伸ばしてきた。そこにナースコールのボタンがあるのだろう。
横顔を凝視し、裕美が改めて彼女の美しさを実感する。顔立ちだけではなく、立ち振る舞いや雰囲気までもが綺麗に整っていた。全てを統一して高貴な印象を抱かせる。紫色の長髪は渦巻いた独特の髪型をしているが、物語などに出て来る貴族を彷彿させ、とても似合っていた。
(この人は誰だろう? それに…………ここは、病室? 私、倒れたんだっけ…………)
看護師を引き連れた医者はすぐに病室へとやって来た。反応を確かめられている間、裕美は自分の記憶を掘り返す。起きたばかりの脳が瞬く内に回転速度を上げた。
二つ目の薬を飲み、自分は意識を失った。
最後に見ていた光景が微かに脳裏をよぎる。追い払った筈の古崎祐雅が自分へと駆けよっていた。その直後に救急車を呼んでくれたのだろう。
「…………?」
だが、白い個室の壁際で見守っているのは、初対面の女性だけだ。前髪だけがやたらと長い先輩の姿は何処にも見当たらなかった。
白衣を羽織った男性が裕美に向かって微笑んだ。体調は良好、と結果を言い残して病室から去っていく。幾つかの質問もされたが、曖昧に答えてしまった。他の事が気にかかっており、回答に手が付かなかったのだ。
医者と看護師が消え去り、病室はいきなり静寂に満たされた。裕美が少し離れた女性に声をかけようとする。
「……全く、困ったものですわ」
質問を投げかけるより早く、女性は溜息交じりに呟いた。
「私が宿題を提出しに行っている間に、勝手に部室に入って、勝手に倒れるなんて! ……祐雅は一体何を考えておりますのっ?」
ここに居ない人物へと怒りをぶつけている。女生徒の甲高い声音と独特な口調は、裕美のぼんやりとした記憶に引っ掛かった。気絶する直前に似た特徴を耳にした気がするのだ。
ふと、彼女の名前が口から自然に漏れた。
「…………祗蓮……さん…………?」
頼りない発言に女性が反応する。目を開いては、若干見下す様な語勢で肯定した。
「その通りですわ。私は、御京院・アナスタシア・祗蓮。……貴女と同じ第八階級の能力者ですわ」
横顔にかかった髪を指先で掻き上げる。あらゆる仕草に高級感、もといお嬢様らしさが滲み出ていた。学園では中々見かけない、世間離れした人種である。実家が富豪という生徒も幾らか知っているが、性格でさえ顕著に物語っている人は初めてだった。
「私の顔を見て何を笑っていますの? 失礼ですわ」
いつの間にか笑みが浮かんでいた裕美に対し、祗蓮が頬を膨らませる。
「ご、ごめんなさい」
つい祐雅の「ザ・お嬢様」という単語を思い出してしまったのだ。言い得て妙だと共感する。それに吊られて、頬の締りが自然と緩んだらしい。
「…………笑う元気があるならば、もう大丈夫ですわね。祐雅の言い付けもこれで守りましたし、私はそろそろお暇しますわ」
白い壁から背を離して、祗蓮が出口の方へと歩いていく。
(再生……能力の持ち主。そんな人が気絶していた私の傍に居たという事は)
「――あの」
裕美が退室寸前の祗蓮を呼び止めた。威圧的な双眸が振り返る。先程から文句を垂れ流しにしており、機嫌自体は良くないのだろう。
「何ですの?」
裕美が細々とした声で紡ぐ。
「…………看病してくれて、ありがとうございます」
親しみの欠けた語調だったが、祗蓮は眠っていた自分をずっと診ていてくれたのだ。《万物再生》という能力で、いざという時は治そうとしたのだろう。何時間経過しているか掴んではいないが、とにかく感謝を彼女に伝えたかった。
「私は感謝されるような事は何もしておりませんわ。御礼なんて不要ですのよ」
突き放した様な態度は変わらない。けれども、その頬には淡い紅が差していた。
(先輩が私に紹介しようとしてくれたのも……何だか、分かるな)
溢れ返った高貴さの裏に人間らしさを感じ取り、裕美は胸を撫で下ろした。そして祗蓮への好感も持つ。いい人だ。そうした認識の隅で、支配する駒として見なしていた自分に罪悪感が芽生えた。
「祐雅には連絡しておきましたわ。じきに来るでしょう。それまではゆっくりと休んでおいでなさい」
ロール状に束ねられた紫色の髪がなびく。祗蓮は滑らかに病室の扉を開け、音を抑えながら部屋から出ていった。半透明の窓に映っていた人影が飲まれる。数秒が経つ前に、高揚気味の足音が廊下に響いていた。
裕美は長く息を吐く。ベッドに身体を眠らせ、心を落ち着かせた。
「もうこんな時間……」
病室の壁時計は夕方近くを示していた。数時間は眠っていたらしいが、その割には全身に気だるさが残っている。薬の作用がまだ効いているのだろう。裕美は真上から注がれる光を腕で遮り、再び溜息をこぼした。長く、天井に届くぐらいに。
「馬鹿だなあ、私」
自虐めいた笑みが浮かぶ。
「……今さら気づくなんて。……どうせ、何も変えられないのに」
気絶するという結末は、心の何処かで予想が出来ていた。それでも裕美は二つ目の薬を服用した。
怖かったのだ。逃げたかったのだ。
これまでの能力暴走は、正しい意味の暴走ではなかった。無意識に求めていた願望を実現しようと、自分の本能が勝手に手助けしていたのだ。それを裕美に悟らせたのが、能力者という枠組みに囚われない古崎祐雅である。そんな彼を歯牙にかけたくなくて、裕美は身近にあった逃げ道に迷わず踏み入った。
「心配かけちゃったよね、きっと。……流石に愛想も尽かされたかな」
胸に微かな痛みを覚えるが、裕美は唇を強く閉ざして堪えた。明かりを隠す腕のせいで両目に影を感じる。自然と瞳が狭まった。
――こん、こん。
「っ?」
祗蓮が居なくなってから間もない。だが、新たな来訪者が病室の扉をノックしていた。
「…………はい」
向こう側に立っている人物の顔が曖昧に想像出来た。顔を合わせるのは恐かったが、ここで誤魔化すのは不可能だ。焦燥した心意気のまま、上半身を起こした裕美は入室を認めた。
(まずは謝らなきゃ)
白い戸が真横に滑る。裕美だけの世界に第三者が姿を覗かせた。目付きが隠れた先輩に対して、自分から言葉を投げようとする。
「先ぱ………………え?」
裕美の予想は大きく外れた。病室の前に佇んでいたのは、古崎祐雅ではなかったのだ。
「どうして」
動揺した裕美が舌の回りを鈍くする。両目は大きく剥かれ、顔中の筋肉が全て固まっていた。強張った殻の内側では鼓動が暴れている。音響の中心点に手を当てて、少しでも沈めようとその部分の服を強く掴んだ。
扉を除けて病室に入ってきた人物を、裕美は良く知っていた。
忘れる筈もなかった。
ただ、その可能性を失念していたのだ。情報は既に与えられている。けれども、裕美の歪んだ思考は要素を結びつける事はしなかった。だからこそ、裕美は強烈な衝撃を受ける。
「…………久しぶりだな、裕美」
自分の名を男性が呼んだ。
相手は異性なれど、その顔立ちは裕美に面影を重ねていた。柔和そうな輪郭に、少しだけ垂れた目付き。適度に整えられた青い髪が、外見に人柄の丸さを付け加えている。それらは彼と裕美が血縁であると示す明瞭な証拠だった。
わなわなと震えた唇で、裕美が怯えを孕む甘い声音を紡ぐ。
「お父……さん……?」
裕美の病室を訪れた男性の名は、関祢政人。
第八階級の能力者――《精神支配》の使い手ある関祢裕美の、実の父親だった。
「E・D」は今週お休みします。申し訳ありません。




