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精神支配の能力⑤

中盤です。裕美と祐雅が食堂で会話を交わし、ある知人に会いに行こうとします。

 ――放課後。祐雅は再び後輩の裕美と待ち合わせをしていた。昼休みの最中に、祐雅の知人を紹介すると約束したのだ。以前の実験で縁を持った女性は、祐雅より一つ上で美術部に所属している。裕美と合流して、直ちにそこへ向かうつもりだった。

「お?」

 祐雅は鞄から音楽と振動を感じ取った。

「ケータイか? ……何だ、祥子さんからか」

 愛用している情報端末の画面には「鈴谷 祥子」という名前が表示されていた。信頼するメイドからの連絡と知り、祐雅は素早く通話ボタンを押す。マイク部分を口元に当て、電話に応じていった。

 ケータイの向こう側から響く、大人びた声色。

『やあ、祐雅君』

「何だよ、祥子さん。まだ学校に居るんだけど」

 彼女も一応は年上なのだが、砕けた口調で会話をしていた。そんな態度に祥子は雄大に返してくれる。

『悪いね。少しでも早く耳に入れてもらいたい話があるんだ。君は、《雪の園》という名前を知っているかい?』

 祐雅が前髪に隠れていた眉を更にひそめた。

「いや、初耳だけど。……それがどうかしたのか?」

『ああ。《雪の園》というのは、総勢が四、五人からなる小規模商会なんだ。そこは悪い噂が色々と絶えなくてね……。違法すれすれの商売を繰り返し、国に目を付けられているんだ』

「例えば?」

『主に秘密裏に開発された薬を扱っている。それらの安全性は確保されているが、その確認で人体実験を行っている節がある。《雪の園》はそうした研究で開発された薬を扱っているんだ』

 予想以上にブラックな事情を秘めていた。人体実験などもっての外だ。祥子の話が事実であれば、表の社会で話題になっていなければおかしい。それなのに祐雅はこの瞬間に初めて名前を聞いた。開発者の方か、《雪の園》の方か分からないが、記憶を操って情報流出を抑制しているのだろう。

(利用するだけ利用して、その記憶は残さない……か。んで、雪の園っていうのはあくまで薬を扱っているだけか? 犯罪から生まれたかもしれない薬を扱っているだけで、犯罪自体には手を染めてないって屁理屈がありそうだな)

 数秒の推測を張り巡らせ、改めて寒気を覚える。しかも、まだ本題を聞いていない。物騒な組織をわざわざ口にしたという事は、関係する問題が自分に近付いているという事だ。

 嫌な予感を激しく覚えながら、祥子による説明を待つ。

『その《雪の園》のリーダー、雪森幸代が学園の周辺で目撃されている』

「うわー、やっぱり」

 額に掌を当て、祐雅が呻く。

『昨日の深夜だ。学園の監視カメラに映っていた。しかも、学園からはそう離れていない』

「げ……。それじゃ結構近くにいるんじゃ」

『ああ。だから、こうして君に電話しているんだ』

 一連の事情を飲み込んでから、改めて周囲を見回す。見慣れた制服姿の生徒達が廊下を歩いていた。時折、教師や用務員が混じっていた。だが、《雪の園》とやらの主導者が居る様には見えない。

 顔も知らないから当然であった。けれども、情報不足を理由に足踏みしていられる事態でもなかった。

『風紀委員には話を通してあるが……如何せん、彼等は生徒限定に権力が強い。外部である雪の園を封じるのは難しいだろう』

「けど、俺にどうしろって言うんだよ?」

 電話口から聞こえる祥子の声が、急に険しくなった。

『何もするな、という事だよ。……言ってしまうが、君はたかだか第一階級。君一人では、一般人と何も変わらない。その癖に厄介事に首を突っ込んでしまう』

「いやいや、好きで突っ込んでる訳じゃないって。単なる巻き込まれ体質だよ。ほら、俺って主人公だし?」


『――冗談にするな』


 凍える様な一言だった。祐雅は祥子の発する雰囲気に呑まれ、発言を止める。

『先月の事を忘れたのか? 君は拳銃で腹を撃たれたんだぞ。あの時は祗蓮君が近くに居たから助かったものの……下手をすれば死んでいたかもしれないんだ。幸運が次も訪れると気安く考えるな。死ぬ時は、誰でも死ぬ。あっけなくね』

 ごくり。警告を刺されて、唾を飲む。

 祐雅の精神に「死」の概念が芽生えていった。意識の根絶にして、生物としての終幕。それは能力が蔓延したこの世界では身近なのだ。祐雅が普段から怯えていないのは、単に絶対数が少ないだけである。視線を変えれば、「死」はいつでも付き添っている。目に見える拳や武器に加え、人知を超越した能力は人身を容易く踏みにじる事が出来た。


「こえーなー」

 それでも、祐雅は己の調子を変えなかった。

「大丈夫だって、祥子さん。危なくなったら、すぐにあんたを頼るよ」

 自称主人公を語る割には、他力本願を主としていた。実際に祐雅は素手での戦闘力が皆無に等しい。戦闘向きの能力者には、自分でも勝てる気がしなかったのだ。


『…………はぁ』


 祥子が溜息を吐いた。張りつめていた緊迫が緩まり、和やかに喋り出す。

『仕方ないなあ、君も』

 諦めた様子だった。大人びたメイドさんの顔が苦笑を浮かべているのを、ありありと想像出来る。祐雅は申し訳なく思った。

「苦労かけるな、祥子さん」

『本当だよ。……いつか慣れてしまうかもしれないけど、慣れさせないでくれよ?』

「はは、努力するさ」

『それをするなと言っているんだよ、私は』

 その言葉を最後に、祥子からの電話は切れた。無機質な電子音が耳元で何度も繰り返される。祐雅は通話を完全に切ってから、深い息を吐いた。

「難しいなあ……」

 ぽつり、と胸の内を口にする。


「何がですか?」


「うわっ?」

 背後から現れた裕美に驚いた。亡霊の如く、気配を全く感じなかった。電話に夢中だったので足音を聴き忘れていたのだろう。

「いや、こっちの話だ。悪いな。放課後も時間を取って」

「い、いえ。私も先輩の先輩に会ってみたいですし……。確か、大富豪のお嬢様なんですよね? その方は」

「あー、うん。一応は俺の先輩で、お嬢様なんだけど」

 どの様に説明するか悩まされた。口ではそう言ったものの、似合う扱いをしていないのが実体であった。祐雅からのタメ口は上等。お嬢様としての身分だって完全に無視し、赴くままに対処をしてしまっていた。

 実際に会えば判明するのだが、単語から出来上がる人物像と本人とのギャップが凄まじいのだ。大富豪の娘としては、せいぜい口調だけが相応しい。「~ですわ」という言葉遣いがせめてもの救いだった。

「あんまり期待しない方がいいかもな」

「?」

 裕美が細い首を曲げて、祐雅を見つめる。

言葉だけではやはり説明が不足していた。後は、彼女自身の目で確かめてもらう他ない。

「相手が金持ちだからって、気負う必要はないってことだ」

 ぽん、と後輩の頭に手を乗せて結論を下す。

「はぁ」

 今一納得した様子ではなかったが、祐雅の触れ合いに黙り込んだ。そのまま頭を撫でてやると小さく頭を引っ込める。思いっきり小動物の様な反応だった。祐雅はそんな仕草に心が温められ、しばらく同じ事を続けた。数分間。人の目線を察した裕美が申告するまで撫でていた。

 教室のある校舎から少し離れた部活棟。構造自体は校舎とあまり変わらないが、規模が少しだけ縮んでいる。目的の美術部は、三階の端に入った広めの部室に割り当てられていた。

「こっちだ」

 入口付近に掲示された案内図にも目を通さず、祐雅は階段を登っていく。裕美もその背後を追った。

 到着すると、祐雅達の前に大きな扉がそびえ立った。風景画と共に「美術部(第二)」というロゴを書かれたポスターが視界に飛び込む。

「第二…………?」

 部活名の隣に小さく刻まれていた文字を見つけ、裕美はぼんやりと口を開けた。印刷された鮮やかなポスターとは違い、明らかに後から書き足されている。しかも線が細くて絵に埋もれていた。

 ――コン、コン。

 祐雅は躊躇なくノックをしていた。そして、中からの返事が聞こえる前に扉を一気に開けた。

「しれーん、居るー?」

 ラフな態度で祐雅は突入した。絵具独特の匂いがすぐに鼻をくすぐる。次に様々な色合いが視覚にちらついた。飾られている絵画達だ。

「ありゃ……いない」

 部室の中央で祐雅がこぼした。その目前には描きかけのキャンバスが置かれているだけだった。

 円状の蛍光灯が上手い具合に差し込んでいる。一組の椅子と未完成な絵画は光に照らされ、傍からは神秘さを帯びていた。

「うわ……」

 絵の中身を目撃した祐雅が口を押さえた。

 その反応に裕美は興味を持ち、こっそりと視線を覗き込ませる。そして祐雅と同じ様に吐いて出そうになった感想を掌で塞ぐ。

「酷いな、相変わらず。何描いてたのか、分かんねえ」

 未完成だった絵画は酷評に晒された。粗雑に乱れた輪郭線に、配分を考えずに塗り込まれた色彩。目の当たりにするだけで疲れる美術品だった。

「まーだ、こんな絵を描いてるのか。全然上達しないなあ。席を立っているってことは…………トイレにでも行ったか?」

 祐雅が壁際に歩み寄り、腰を落ち着ける。手招きをして、裕美も隣の腰かけに座らせた。木で組み立てられた重量のある椅子だ。座っただけで高級感がひしひしと伝わって来る。無駄に高い物を使っている、と祐雅は相も変わらずに思った。

「あの、先輩。ここって、もしかして……」

 裕美が部室で置き去りにされていた一つの絵画を見つめながら、祐雅へと尋ねる。

「ああ。部員は一人しかいないんだよ。んで、そいつが第八階級の能力者、御京院・アナスタシア・祗蓮。実験の協力者の一人でもある」

「何か凄い名前ですね」

「ハーフなんだとさ。髪もあんまり見かけない色をしている。でも、それ以上に髪型が縦ロール気味になってるんだ。そこら辺のキャラづくりは徹底してるぜ。ザ、お嬢様って感じだ」

 その割には絵が下手だけどな、と祐雅は付け加える。部屋の主を評する微かな微笑には親しみが浮き出ていた。

「どんな能力を使うんですか?」

「ん……と、《万物再生》だったかな。とにかく何でも再生する能力だ」

「いわゆる再生能力ですか。それは凄いですね……」

 裕美が言葉を噛みしめ、宙に焦点を当てた。

 この光景を見てどんな想像をしているのだろうか。祗蓮の人格には厄介な面もあるのだが、基本的には積極的で他人には優しい。祐雅がその思いやりに授かっているかというと微妙だが、それは自信の態度が問題だった。怒られているばっかりだが、心から頼むと祐雅を絶対に手伝ってくれる。だが、事情によって人付き合いを避ける傾向にある。そんな祗蓮だからこそ、裕美とは仲良くなってもらいたかった。

「ん……?」

 いつの間にか立ち上がって、連れてきた後輩が部室内の作品を観賞していた。興味がありそうに目を凝らしている。

(早く帰ってこないかな、祗蓮……)

 そう考えながら、祐雅は裕美の背中をぼんやりと見つめていた。

4日後辺りに次話を更新する予定です。

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