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精神支配の能力④

最新話です。フラグが立ちまくりです。

「ふぁ~あ」

 古崎祐雅は大きなあくびをした。目尻に浮かんだ涙を放置して、ぼんやりとした瞳で通学路の景色を眺める。学園の制服があちこちで動き回り、祐雅と同じ方角を目指して前進していた。

 朝の登校時間。空には若干の雲が広がり、斑に晴天を彩っている。快晴とは呼べないまでも、雨からは遠い天候だった。

「ねみ……。学校……だるい」

 ぽつり、ぽつり、と不満がこぼれた。

 一面の空を背景とした日光を浴びながらも、祐雅の完全な目覚めは来たしていない。指で目を擦り、ようやく真っ直ぐに背筋を伸ばせる程だ。現在はただ歩いているだけ。祐雅は未だに寝ぼけていた。

 その後ろから、控えめな足音が近づく。たたた、と短い歩幅を駆けさせながら背後へと寄り添った。

「先輩。おはようございます」

 消極的な挨拶が聴こえた。祐雅は振り返り、相手を確かめてから返事をする。

「お、関祢か。おはよ」

 青色の長髪を朝日になびかせ、関祢裕美が祐雅の隣に並んだ。

 昨夜の事からお互いの家が近いと知っている。こうして会うのは不思議でもなかった。むしろ、今までに数回はすれ違っているのだろう。顔を見つけたから話しかけた。ただそれだけの話だった。

「昨日は、ありがとうございました。……私の話を聴いてくれて」

 歩きながら裕美が頭を下げる。頬は淡い赤に染まっていた。陽光に照らされたのでも、熱にうなされている訳でもない。小柄な美少女による、意味深な謝罪。その光景は周囲を通る生徒達の視線を集めた。

「お、おい。俺は何もしてないって。頭を上げてくれ」

 裕美が心から感謝している事は、祐雅にも分かっている。だが、他から向けられた好奇の目がどうしても気恥ずかしい。とにかくこの場ではやめてもらいたかった。

「すいません。私…………迷惑ですよね?」

 健気な後輩も状況を察する。その表情は自虐で潤んでいた。

「ごめんなさい。…………私、気が回らなくて」

 顔を伏せて、謝罪を重ねる。そちらの方が悪い噂を立てられそうだった。焦りが祐雅の胸中に積もっていく。

「いや、いいって。気にすんなよ。これから長い付き合いになるかもしれないんだし。気楽に行こうぜ」

 祐雅は学園への道を進めた。後列になった裕美にも「遅刻しちまう」と促せる。後輩もすぐに頷いてくれた。

「ちょっと急ごうか。……ほら、着いて来いっ」

 駆け足で祐雅が移動していった。裕美もその後ろ姿を追っていく。周辺から集められていた視線も疎らになった。気にする事は、何も無い。背後の裕美を横目で見守りながら、祐雅は一心に学園へと向かった。

「ま、待ってください。先輩!」

 裕美が慌てて歩幅を広げる。独特な甘い声音は通学路を駆け抜けていく。

 ――呼吸の合間を縫って、声が途切れた。

 頬を吊り上げ、唇を開ける。他人の注意が外れた一瞬に裕美が見せたのは、冷たい氷の様な微笑だった。



 数多くの生徒が通っていく廊下の隅。古崎祐雅は支柱に重心を預けながら、一人で携帯端末の画面を眺めていた。

「遅いな」

 今朝の通学にて、祐雅は裕美とある約束を交わした。友好を深める為に、共に昼食を取ろう。それを聞かせた時の表情は忘れられない。照れ臭そうに頬をそめつつも、無言で首を縦に振ったのだ。実に嬉しそうだと、祐雅は思った。

「しかし、急ぎすぎたかな。いきなり昼飯を一緒に食うとか……」

 今になって少しだけ後悔を覚える。仲良くする事を命じられたとはいえ、焦り過ぎた気がするのだ。日常的に異性と関係を深めるのは初めてだ。これまでの相手は年上であり、両方とも特殊な環境下で心を通わせた。

 だが、今回は違う。物騒な事件など起こっていない。

「こういうのは、少しずつ攻略してくもんだよな。関祢は人付き合いとか慣れてなさそうだし。……まあ、吊り橋効果になりそうな事件でも起これば話は別だが」

 言葉に出してから、嫌な予感を抱いた。

「やべ。何かフラグ立てたかも」

 祐雅は慌てて掌で口を塞ぐ。

 ――能力者が跋扈するこの社会にて、能力を悪用する犯罪者は多い。先月も危険思想を持った宗教団体が騒ぎを起こした程だ。本部は既に壊滅しており、残党が蠢いただけの規模である。数人の能力者によって事件は解決した。ただ、そこに負傷者は居なかった訳ではない。

「……あれは……痛かったな」

 脇腹の辺りを擦り、感慨深そうに祐雅が呟く。かく言う己も重傷を負わされた身だった。

(あんなことは二度とごめんだ。俺も能力者とは言え……一般人と変わりないからな)

 後輩を待ちながら思いふける事、数十秒。

「すいません……先輩っ」

 祐雅の元へと裕美が駆けてきた。息を切らし、正面に立つ。到着した途端、両手を自分の膝に置いて休もうとした。時間に遅れていたので焦っていたのだろう。そこまで急がせた事を祐雅は申し訳なく思った。

「いや、そんなに待ってねえよ」

「でも」

 真面目だなぁ、と祐雅はしみじみと痛感する。別に気負う必要はないのだ。己が年上だとしても、ため口は大いに許容していた。既に年上の先輩に無礼を働いている手前、祐雅は関係性に礼儀を求めなかった。

「俺は第一階級だからな。あんまり能力開発とかやんないのさ。単に俺の方が授業は少ないだけだ。……まあ、今もその実験の一部なんだけどな」

 ぽん、と丁度いい場所にある頭に手を乗せる。

「それよりも腹が減ったんだ。学食へ行こうぜ。今日は俺が奢ってやるよ」

「え」

 掌越しに、裕美が驚愕する。首を横に振って断ろうとするが、祐雅の腕力がそれを許さない。若干の力で顔の向きを正面だけに固定させていた。だが、負担がかからない程度には弱めているので、裕美が勢いよく拒絶すれば外れてしまう。

 そうなる前に、祐雅は理由を与えてやった。

「小銭が余ってんだよ。こういう時に使わなきゃ無くなんないのさ。ちょっと財布のダイエットに手伝ってくれ。…………あ、ガリガリになるまでは簡便な?」

 嘘は吐いていない。祐雅個人の諸事情で、幾らかの金銭が財布から溢れてしまっているのだ。二つの事件や、第八階級の更なる開発に協力した経緯による。一人分を奢る余裕は確実に残っていた。

「は…………はい」

 学園の食堂は、専用のカードに代金を入れて会計を済ませる方式だった。定食、麺類、丼類といった固定のメニューは食券で購入出来る。それ以外は日替わりの惣菜が用意されており、カウンターで区切られたキッチンに注文をしながら取っていくのだ。

 奢ると祐雅が言った為に、二人は食券によって昼食を選んでいった。まずは裕美を直方体の食券販売機に並んで、食券を決める。麺類のコーナーから「山菜そば」を選んでいた。表示された料金を祐雅が投入すると、裕美がおずおずとそのボタンを押した。

「んー、ガッツリと食いたいな」

 続いて祐雅がボタンを押し、食券を入手する。空腹が濃い味と満腹感の両方を求めていたので、「カツ丼」にした。黄色い食券を手に持ち、裕美と共に注文に向かった。昼休みの真っ只中。大量の生徒が並んでいる列の最後尾へと進む。

「混んでるな」

「そうですね……。すいません。私が遅れたせいで」

 又もや裕美が落ち込んだ。斜め下に視線を傾け、纏っている雰囲気を重くしていく。

「気にすんなって言っただろ。……混むのは当たり前だ。それで待つ事になるのも全然おかしくない」

 何とかフォローをする。裕美には可愛い笑顔でいて欲しかったのだ。

「ほら、後ろ詰まってるぜ。行こうか」

 背中を押して前へと勧める。食券を提出し、代わりに料理を受け取った。席の回転は思ったより早く、祐雅達はすぐに腰を落ち着ける事が出来た。壁際の少し窮屈な場所であるのは仕方がない。

「いただきまーす」

 祐雅に続いて、裕美も恒例の挨拶を口にする。

「……いただき、ます……」

 小さな唇は連続して、そばをすすった。横に座った祐雅も丼を持ち上げ、カツ丼を一気に頬張っている。一、二分は咀嚼音が流れていた。まずは空腹をしのぐのが優先だった。会話を再開したのは、祐雅が味噌汁を初めて飲んだ直後となる。

「んでさぁ…………これからどうする…………?」

 祐雅が小鉢に入った漬物を食べる。さっぱりとした白菜の漬物で濃い後味を洗いつつ、後輩の返答を待つ。

「どうする…………って」

「俺達の関係だよ。…………理紗先生から何て言われてた? 俺は前と同じ通りにしていろってしか言われてないんだ」

 言ってから、恋人みたいだと祐雅が思う。

前――という祐雅の例題に裕美は瞳を細めていた。話題に述べたつもりの能力者と面識がないのだ。疑問に思うのは当然だった。

「ああ、悪い。関祢は会ってないんだっけ。……じゃあ、あの二人の紹介でもするか?」

「……あの」

 気を利かせたつもりの祐雅だったが、裕美は何故だか顔を険しくしていた。箸を掴んでいた腕を停止させて、凝視してきている。

(あれ? 何か選択肢間違った?)

 思わず祐雅の食欲も詰まってしまった。裕美が一体どの部分を嫌疑しているのか。不明瞭な謎が胸中に積もる。とにかく謝ろう。などと、情けない行動が脳裏をよぎっていた。

「先輩」

 頬が引き攣らない様に勤めながら、祐雅は裕美の言葉に耳を傾けた。



「先輩は…………自分が能力者でいて良かったと…………思っていますか?」



 裕美の質問は予想から遠く離れていた。

「へ? 何だよ、いきなり」

 目をぱちくりと開閉させ、祐雅が天井を仰ぐ。「うーん」と短く唸ってから、顔の位置を降ろした。そして、隣と向き直った。

「半々、かな」

 漬物を口に運んでから、言葉を紡ぐ。

「俺は第一階級(アイン)だからな。能力を持っていても、一般人と殆ど変わらない」

「でも」

「言いたい事は分かるさ。俺のはちょっと特別だ。使い様によっては――大変なことになるかもしれない」

 祐雅は左手を見つめた。その一方で、味噌汁を飲んで喉を潤す。

「……ま、制限が複雑で面倒だからな。条件を満たさないと発動できないし。それ以外の時は無能力者だよ。つか、元々俺自身には何の効果もない能力だし」

 気楽に言い放ち、睨んでいた掌をテーブル上に戻した。

「いいトコもない代わりに、悪いトコもないって感じだよ。それでも能力者だから学院には居るけど」

「そう……ですか」

 裕美が合いの手に落胆した声を返す。

そこで祐雅は思い出した。裕美が「精神支配」という能力を持ったが故、実家との折り合いが悪くなった事を。気にしていない、という返答は流石に無遠慮であった。

「だ、だけどな! 第一階級って事自体も色々大変だぜ! 何せ最低ランクだからな。それはもう、上の奴等からよく馬鹿にされんだよ。ホント、ムカつくぜっ!」

 裕美の機嫌を取り繕おうと、仮初の不満を大きく響かせる。箸の片方を真上に立てて、数が最も小さい「一」を全力で主張した。

 だが、祐雅の行動は間違いだった。

「きっと、一番上の階級が……第八階級なんてあるから、皆が劣等感を持つんですね。そのせいで下の階級を馬鹿にするようになって……先輩が」

「ちくしょー、ネガティブすぎるっ!」

「私のせいで……、本当に、ごめんなさい」

 泣きそうな瞳を伏せた後輩に対し、祐雅の方が涙を流しそうになった。

 デメリットを述べるべきではなかった。状況を好転させるには、もっと素晴らしいメリットが必要になる。祐雅はネット張りに脳内へ検索をかけた。雰囲気を冷ましていく裕美に対して、自分はうんうんと熱気を籠らせながら喉を唸らせる。

「…………いや、待てよ。良いこともあるな」

 語調を一変させた祐雅に裕美が反応した。顔を上げて目線を向い合せ、その中身を訪ねて来る。目の色に光と影が混じっていた。次の一言に期待と不安を秘めている様だった。

 祐雅は少し躊躇いを見せてから、続きを口にする。

「可愛い女の子と知り合える、かな。例えばお前みたいにな」

 箸の先端を裕美に突き付けた。

「…………っ……」

 柔和な頬に紅が差した。

発言した本人も微かな朱色を顔に浮かべる。流石に恥ずかしかった。同時に祐雅は小さな快感も覚える。俺かっけー、といった自己陶酔で笑い出しそうであった。

「心配事があるんだったら、相談に乗るぜ? 可愛い女の子だったらそれだけで助ける価値はある」

「大丈夫、です。変な質問をしてすみません」

 ――それならいい、と祐雅は自然と張っていた肩を落とす。裕美には顔を背けられているが、照れているのを知られたくないのだろう。そうした反応が新鮮で、祐雅にとってはいじらしかった。本当に可愛い奴だな、と印象が深まる。もう少しからかいたい、と悪戯心が騒いでいた。

 けれども、今は優先すべき物が先にある。

「さ、もう昼休みも終わる。さっさと食べっきちまおう」

「……はい」

 裕美が小さく頷いた。そのまま二人は食事を再開させる。

 冷えてしまったカツ丼の器を祐雅は引き寄せた。実際に食べてみると、ほんのりと温かった。濃い味付けも幸いして、箸が進む。残りも僅か。丼を高く持ち上げては、祐雅が口中へと掻きこんでいった。

「ん……?」

 ふと、視界で裕美の行動が目に留まった。飯を噛み潰す最中で、違和感を覚える。制服のポケットから何かを取り出していた。片手に力を込めては、すぐさま飲んでしまう。更にはコップの水も喉に流した。一瞬の事なので、詳細は把握しきれなかった。

 考えられたのは薬だった。裕美は学園の中でも小柄な方である。そこに薬が必要な体質や病が関わっていてもおかしくはない。ただ、それを食事時に尋ねるのは遠慮させられた。

(でも……普通は、食前か食後じゃないか?)

 違和感の根本に辿り着くが、祐雅は深く思慮しなかった。

(まあ、忘れてたんだろ)

 それで納得した。カツ丼を食べ終え、裕美も山菜そばを完食する。トレイごと食堂に返却して、二人は食堂を出ていこうとした。

「あ…………っ」

 途中、裕美が他の生徒を避けて転びそうになる。横へと傾いた細い身体。その肩を祐雅は素早く掴んで引き寄せた。

「大丈夫か?」

「は、はい。…………すいません」

 満腹になったせいか、裕美は焦点が定まっていなかった。眠たそうに視線があちこちを泳いでいる。そば一杯分だけで随分と満ち足りた様だった。

(随分と小食なんだな)

 そう思い、祐雅は人声が敷き詰められた食堂を後にした。裕美もその後ろ姿を小さな歩幅で追っていく。ゴミ箱が設置された出入口を通過し、二人は他愛ない会話と共に昼休みを終えていった。やがて休憩時間を切り上げるチャイムも鳴った。廊下や食堂から次々と生徒の姿も消える。



 ――食堂に置かれていた、盛り上がったゴミ箱の天辺。


 そこには、空になったカプセル錠剤の入れ物が捨てられていた。


ようやく冬休みに入りそうです。執筆、頑張ります!

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