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精神支配の能力③

一か月ぶりに更新します。遅くてすいません。

 全力で走っていた裕美の体力が限界を迎える。自分の部屋があるマンションの手前で、徐々にペースを落とした。身体を支える腕は運良く目的の白い壁に支えられる。裕美はうるさい心臓を宥めつつ、息切れを繰り返す声で呟いた。



「引っかかった……!」



 ――やはり、あの人は甘い。私を信用しすぎている。

「これで、あの人は私を見捨てられない、忘れられない、放っておけない。私の過去を聞いたんだ。関わっていないなどと――言わせない」

 裕美は進んで過去を話した。それは祐雅に知ってもらいたかったからだ。しかし、胸中の理由が純粋とは言い難かった。

 息切れが静まり、裕美は目的である能力者の方角を静かに見つめた。

「先輩…………。甘く、考えすぎですよ」

 辛い気持ちをしてまで伝えた昔話。

 そこには若干の偽りが紛れ込んでいた。情緒不安定な一面を晒した自分を、心配してもらう為の策である。異性に甘い祐雅ならば思惑通りに動いてくれる。そう確信した裕美は表情を張り付けて演技をしていた。そして、予想は的中した。

「あ……はは…………。仲直り……って」

 祐雅は優しい言葉をかけてくれた。『いつかお母さんと仲直りできるといいな』と自分を慰めてくれた。その思いやりが意識を高揚させる。酒乱の様な興奮に身を任せ、裕美は星空の真下で身体を舞わせた。

バレエダンスの如き足取りで、大きく歩幅を取る。箍の外れた本心が大声となって夜空に噴出した。


「――無理に決まってるでしょ。お母さんが、家から出ていけって言ったのに……!」


 望んで来た訳ではなかった。

 母親は黙っているだけでもなかった。

 裕美を実家から追いだして、学園へと入れたのは、その母親自身なのだ。

「先輩…………。私、嘘ついちゃいました。本当は悪い後輩なんです。今日の事は、全部ぜーんぶ、嘘。先輩を……正しくは、先輩の能力を手に入れる為。それを知ったら…………、先輩はやっぱり怒っちゃいますよね?」

 誰もいない広場で息を吐く。音のない笑いが、漏れる。

 月華によって小さな影が前方に出来ていた。裕美が動くにつれて、黒い身体は形を変えていく。マンションへ戻ろうとしても付いてきた。光が壁に遮られるまで、裕美の両足から離れない。ようやく影が途切れたのは、素早い足音が階段をかけきった頃だった。


「…………っ」

 目に飛び込んできた光景が、胸の奥を沈めさせる。

 裕美が自室に続く廊下に辿り着くと、人影が出迎えていた。覚えがない、灰色のフードで頭を深く隠した女性だ。身体つきから、学生には見えなかった。しかも不可思議な事に中央で棒立ちになっている。真っ直ぐ向き合ったその姿は石像の様で、心の火照りを消していった。

 ――何をしているのか。

 思考をふやけさせていた感情が取り除かれると、警戒心が騒いだ。女性は丁度、裕美が住んでいる部屋の傍で立ち尽くしていた。もしかしたら隣人に用があるのかもしれない。だが、油断は禁物だと忠告する自分が居る。

「……」

 短く会釈をして、裕美は扉の前へと近づく。鞄から部屋の鍵を取り出そうとする。ちゃり、と金属音が廊下を揺らした。

「関祢、裕美。第八階級の、能力者」

「っ!?」

 短い片言が裕美の耳を駆け抜ける。自分の名前を口にしたのは、間違いなく横で佇んでいた女性である。

「あなたに伝言があります。関祢マサトからです」

 淡々とした女性の声は更なる衝撃を与えた。


「せきね…………まさと……っ? お父さん……!?」


 彼女が口にした人物は、裕美の父親だった。

 先刻まで高鳴っていた胸が激しく震えていく。今度は希望に満ち溢れておらず、不安だけが根本にあった。苦しいと感じて裕美は胸を抑える。上から添えた拳までも振動に吊られそうだ。

「効果の高い薬が見つかった。ぜひ、使って欲しい……と」

 目の前に握られた手が差し伸べられる。彼女は掌を上向きに開き、指で包んでいた物を裕美に見せた。

「これは……」

 それはカプセル錠剤だった。二列と四行で八個ずつまとまった物が、三つ。計二十四個の薬が裕美の手元に渡った。

 相手から受け取った直後、裕美は一思いに距離を空けた。身体を硬直させて、鋭くした目線を突き付ける。

「どうして貴方が父の名前を知っているのですか? どうして、これを私に直接手渡したのですか?」

 部屋には当然の如く郵便入れが備えられている。薬を渡す為だけなら、わざわざ待ち伏せている理由はない。そこまで考えた上で、裕美は得体の知れない彼女を威嚇した。だからこそ、最初の質問を父親について尋ねる事にしたのだ。

「答えて下さい。貴方は何者ですか? メモといった物的証拠を残せない貴方が、どんな経由で父と関わっているのですか?」

「………………」

「黙秘するなら――」

 裕美の双眸が開き、瞳が薄く輝いた。

 精神系統、第八階級である能力《精神支配》の準備が整ったのだ。この目と向き合っただけで、相手は名称通りに精神を支配される。人はあらゆる行動にも、精神を根源に置いている。それを支配し、あまつさえ言動までも意のままに操れるのが、裕美の《精神支配》という能力だった。


「…………ふふっ」


 女性の口元が脈絡なく崩れた。裕美が突然の反応に全身を震わせる。光を伴った視線を受けながら、彼女は語調を変えて話しかけていった。

「分かっているのに白々しい。私が悪人だと思ってる? でも、残念。私は単なる営業者なの。…………あまり、表には出られないけどね」

 妖艶な仕草で彼女は微笑んだ。空の月明かりが、目深なフードの影を濃くしている。暗くなった闇は二つの目を光から守っていた。


 裕美に限らず、精神系の能力は人の目を直視する事が発動条件の大半だ。精神に影響が出やすい距離なのだろう。幾つかの系統に置いて、精神系は一番に範囲的な制限があると言われていた。

 それを踏まえた上で、対策に「両目を隠す」者が多い。だが、必ずしも有効な防御策ではない。精神系の能力は、対象の精神へと作用していく。言い返せば、相手の持つ視覚はほぼ関係が無いのだ。接触や対面といった接近具合は、寧ろ能力者本人の事情だった。


(――だから、この範囲に居る時点で、私の能力からは逃れられない。……なのに)

「貴方のお父さんは、私にとって大事な依頼者ってだけ。比較的に安全な筋で知り合ったから、心配しないで」

「随分と曖昧に返しますね。……私がそれだけで納得すると思いますか?」

 能力維持を示す輝きは、未だに灯っている。これで全てを話せと命令すれば、彼女は裕美に一切の事情を曝け出してくれた。けれども、裕美はそれを実行しない。

(幾らなんでも余裕があり過ぎる! フードで目を隠しているのはフェイント? 他に対策があるというの……!?)

 胸中の焦りが次第に早まる。裕美は自分でも冷静さが欠けていくのが分かった。祐雅を騙した時には幾らでも上っ面を重ねられた筈だ。数数時間前のあどけないフリを再現出来ない。家族を話題に上げられただけで困惑する己を、酷く無様に感じていた。

「あなたは納得するわ。だって、そんな事をしてでも、お父さんはあなたと仲直りをしたがっているんだもの」

 爪が食い込み、小さな拳が一回り縮んだ。裕美の怒りが握力へと注がれていたのだ。

「今更何を……。お母さんの言いなりになっていた癖に」

「怒るのも当然だけどね。人の心なんて、時と場合によって変わってしまうわ。その移ろいやすさを一番知っているのは――貴方でしょ? 精神支配の能力者、さん」

「ぐっ……」

 裕美は言葉に詰まった。反論の余地はあるものの、上手く表現出来なかった。家族との仲が修復されるのは、勿論望ましい。しかし、母親との確執は困難だ。父親が一時的に歩み寄った所で信用を踏み止まってしまう。


(でも、そうやって私が遠ざかっていれば……元通りにもならない)


 疑いは晴れず、逆に曇天の様に胸中で渦巻いていく。家族との関係を直したい。その願いが本心なのかさえ分からなくなった。心から思っている事ならば、父親への疑心は抱かない筈だ。それなのに、裕美は彼女の伝言を飲み込めずにいた。

 否定するのは、人伝えの言葉だからではない。

(きっと、私が…………)

「あなたのお父さんが買ったその薬は、能力の発動を極めて抑制させるもの。つまり、簡単には能力を使えなくさせるの」

 伸びた指先と一声に、裕美の意識は引き戻された。彼女の教示に従って手元の錠剤を見入る。彼女から渡されたカプセル錠剤。その存在が今になって貴重な物と感じられた。これは父親からの贈り物ではないだろうか。そう考えた途端、危険性の有無が裕美にとってどうでもよくなった。


「能力者は自分の精神が高ぶった時に、思わず能力を暴走させやすい。その薬は即効性があるから、危ないと思ったら飲むといいわ」

 小さく頷いてから、裕美は再び錠剤を手で握り締めた。そして、フードの女性へと質問を投げかける。

「これは……能力発動が絶対に抑えられるのですか?」

 学園の購買でも似た様な薬が販売されている。そちらは精神安定剤の様な役割しか持っていなかった。能力暴走の未然防止はあまり防げていない。あくまで予防薬といった体で売り出されている。効き目が同等ならば、裕美が持つ薬は使う必要がなかった。

「用心深いわね……」

 女性は前髪を軽くかき分け、額に手を当てた。

「絶対とは言い切れないけど、効果は保障するわ。実験における能力抑制の成功率は九十パーセント以上。これまでにない結果を出しているわ」

 気さくな口調で彼女は効能を自慢した。セールスマンが商品を勧める様に、滑らかな舌周りが疑いを払おうとしている。

「……それは凄いですね」

 実験における成功例は確かに裕美の心境を変えた。ただし、用心の更なる強化に繋がっている。能力暴走を防ぐ実験をしたと言うが――そんなものは安易に引き起こせない。能力者の精神が不安定にならなければ暴走は起こらないのだ。


(…………精神系の能力で、強制的に能力を暴走させたのかな)


 自身の発想に怖気を覚える。人体実験を軽々とちらつかせた女性は、やはり危険な人物なのだと悟った。

「ああ、そうだ。言い忘れてた。飲んでいい個数は一日に一錠だけ。それ以上の数を飲んだら、安全は保障しないわ」

 取ってつけた警告を、裕美は胸の奥深くに刻み込む。一個以上を口にした際の影響を答えていない。薬の飲用を躊躇う程の害が出るのだろう。

「…………じゃあ、私はそろそろ消えるわね」

 追及を避ける為か。女性は踵を返そうとした。

「待っ――」

 裕美は女性を引き止めようと、自身の能力を発動寸前まで引き出した。瞳の輪郭が光の輪へと置き換わる。間合いも充分に足りていた。後は「行くな」と念じて口に出すだけだ。聴覚から相手の精神を支配し、信用のならない彼女の内面を吐かせる。

 だが、鮮やかな紅色の唇が先に瞬いていた。裕美の思考を読み取ったかの様に、停止の命令を防いでしまう。


「あなたのお父さん、近い内に学園へと来るみたいよ」


 首だけを半分回しては、そう言い残した。

「っ!」

 裕美は驚愕に顔を歪め、指示する予定だった精神状態を白紙へと戻してしまう。

 控えめな足音が遠ざかっていく。女性の姿は段々と小さくなった。隙を突かれ、能力の範囲外に出してしまった。情報を引き出すのは、もう諦めるしかない。

「お父さんが……ここに…………」

 裕美の興味も違う所に向いていた。父親が学園を訪れると言う思いがけない知らせ。それが事実かどうか。様々な推論を重ねては崩し、裕美は真実性を検討していった。

「……あ。そっか」

 ぽつりと呟き、考えるのを止めた。

 携帯電話を取り出し、父親からの連絡が来ていないかを確かめれば良かった。本当に自分へと歩み寄ろうとしているなら、メールぐらいはしてくれる筈だ。裕美は震える手で着信履歴を調べていく。



「………………あった」



 案の定、祐雅と遊んでいた時間帯にメールが届いていた。送り主の名は、関祢政人。見間違え様もなく、裕美の父親だった。

純真な妹系――だと思ったら、腹黒ヤンデレ系でした。しかし、作中では家族関係でぶれやすくなっています。精神面的には撃たれ弱い部分もある。関祢裕美はそんなキャラにしていこうと思います。次の更新も最低でも一ヶ月以内にしたいと思います。

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